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お姫様は警戒中

「お姫様、もう喋っていいの?」


「いいと思うわ。もうここから離れるのでしょう?」


 メルキゼデクが髭を三つ編みにしながら言う。


「いや、まだしばらくシャクティーキーの民と言っていた方がいいだろう。我らはあの崖を登らねばならんが、それには馬を預かってもらっていた方がいい」


 姫君は口をキリっと結んで黙り込む。イザが崖の方を見ながらメルキゼデクに尋ねた。


「あの崖は切り立っているようだが、登れるだろうか」


「わからんね。とりあえず、行ってみよう」


 歩き出した姫君たちの背中に声がかかった。


「みなさん、どちらへ?」


 振りかえると祭司長が笑顔で立っていた。姫君はなお一層、口元に力を込めた。


「せっかく来れたので、記念にあちこち見て回ろうかと思いましてのう」


 メルキゼデクが答えると、祭司長は眉を開いて、ほがらかな表情を作ってみせた。


「ああ、それなら案内をつけましょう」


「いやいや、お手間をいただかなくとも……」


「モルデカイ、ご案内してさしあげなさい」


 メルキゼデクの言葉を遮って、祭司長は部下を呼びつけた。


 黒い柱の影から現れたのは、黒衣に黒いフードで顔も手足も、肌が見えるところがない小柄な男性だった。深くかぶったフードと口覆いの間から鋭い目だけが、じっと姫君たちを見ていた。

 反りの大きな三日月形の剣を腰にさげているところを見ると、シャクティ―キーが戦闘集団と言われる要因になっている戦士の位の者のようだった。


 モルデカイは無言で一行の前に立ち、歩き出した。祭司長がにこやかに頷き、ついていけと促す。仕方なく、姫君たちはモルデカイの後についていった。

 黒い柱を背にして、崖とは外れた方向に進んでいく。ノワールがイラついた様子でモルデカイに尋ねる。


「どこに行くんだよ。この先になにか面白いものがあるのか?」


 モルデカイは答えることなく黙々と歩き続ける。イザはその後ろ姿を油断なく見つめている。メルキゼデクがモルデカイに声をかけた。


「わしらは怪しまれておるようですのう。祭司長様は巡礼者を信用してはくださらんのかのう」


 やはりモルデカイは答えないが、メルキゼデクは話し続けた。


「わしらは崖に登って、広いシャクティ―キーを一望にしてみたかっただけなんじゃが」


 崖に近づきたいと明かしてしまって大丈夫なのだろうか、イザはひやりとした。もしシャクティーキーの民が黒き魔女の宝物庫のことと、その場所を知っているなら、盗賊と思われてしまうかもしれない。

 だが、危惧するには及ばなかったようで、モルデカイはたんたんと、黙々と進むだけだ。


「そうそ、シャクティーキーには黒き魔女のファンが多いようですのう。こんなことならわしらももう少しポートモリスに留まって、黒き魔女の美貌でも拝んで土産話を持ってくれば良かったかもしれんのう」


 モルデカイがピクリと肩を揺らした。なにか話すのだろうかと姫君は耳をすましたが、囁き声さえも聞こえてはこない。


 灌木の繁みが切れたと思うと、突然広い泉が現れた。一行が案内されてきたのは水場だった。泉の真ん中から清水が湧いていて、波紋が丸く丸く広がり行く様が美しい。巡礼者らしき人たちが何人もその水を汲んでいる。


「おお、わしらも水をわけていただいておこうかのう。よろしいかな」


 メルキゼデクが尋ねてもモルデカイは返事もせず、動きもしない。了承したものと判断して、ノワールとメルキゼデクが水を汲み、荷物にしまい込んだ。

 荷物を担ぎ上げると、モルデカイはまた無言で歩き出した。次に連れてこられたのは厨で、祭りが終わって地元に戻る巡礼者に混ざって食料を分けてもらった。その後、馬房に連れてこられ、馬の世話を済ませた。


「…………」


 馬房から出ようとするモルデカイの前にメルキゼデクが、そうっと進み出た。


「もしかして、わしらに帰れと言いたいのかのう」


 モルデカイが目だけを動かし、さっと辺りを見回した。それ以上、なにも変わった動きはなく、また無言で歩き出す。

 馬を連れていくようにとは言われていないので、とっとと帰れという意味を含ませた移動ではないのかもしれない。メルキゼデクはモルデカイの考えていることが見抜けずに顔をしかめた。

 最後にモルデカイが一行を連れてきたのは元の黒い柱の側の広場だった。祭の片づけはすっかり済んでいて、辺りにはだれもいない。


「これでシャクティーキーの旅は終わりなんですかのう」


 メルキゼデクが聞くと、モルデカイは黙って頷いた。


「おお、やっと意思の疎通ができましたのう」


「真っ直ぐに進まずとも道はある」


 モルデカイが喋ったようだったが、その声は地の底から聞こえたのかと思うほど、ささやかで小さかった。そうであるにも関わらず、モルデカイの言葉はハッとするほど強く伝わってくる。


「口を開くな、聞かれてしまう」


 広場にはだれもいないはずなのにと姫君は不思議に思ったが、言われずとも口を開くつもりはない。黙ったままモルデカイを見つめた。


「東へ行商に行き、その後ポートモリスに帰る隊商がいる。彼らについて行け、崖の近くを通る。そこで別れて崖を登れ」


 ノワールが口を開こうとしたのを、モルデカイはきつい視線で睨んで止めた。その射るような視線に縫いとめられたかのようにノワールは身動きできなくなってしまった。

 モルデカイは黙り込み、踵を返して広場を後にする。後ろ姿を見送っていると、いつの間に現れたのか、数人の黒いフードの者たちが何人かモルデカイの脇に付き、共に歩き出した。

 メルキゼデクは手ぶりで移動しようと三人に伝えて、馬房に向けて歩き出す。


「いやあ、モルデカイどのは、良いお人だったのう」


 妙に明るい大きな声でメルキゼデクが言うと、ノワールも調子を合わて笑顔を作る。


「なかなか親切だったな。やっぱりシャクティーキーには良い人間しかいないんだろうな」


「まさにまさに」


 二人がしきりにシャクティーキーの民を誉めそやすのを、通りすがる黒衣の人たちが聞いて、くすくすと笑っていく。なかにはあからさまに馬鹿にした様子で指を指していく者もいる。

 姫君は、なにを笑っているのだろうかと不思議に思いながら歩き続けた。


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