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お姫様は祭礼中4

 ノワールがむっとした表情で姫君の手を引いてイザをかわして進もうとする。イザは腕を広げてノワールが進むのを阻止して姫君に手を差しだした。


「私と踊ってくれないか」


「だめだ」


 ノワールがキツイ表情で姫君との間に立ちふさがり、イザを睨みつけながら言う。


「あんたはお姫様のことを信じてないんだろ。魔女の手先だと思ってるんだろ。お城からお姫様をさらった犯人の仲間だと思ってるんだろ」


 イザの瞳が揺れた。ぐらりと身体が傾ぐ。今まで澄んでいた瞳に黒い影が差した。


「そうだ、姫君はさらわれて……。私はなぜ君にダンスを申し込んだりなど……」


 姫君はノワールの手を離してイザの手を取った。イザがびくりと震える。その瞳も揺れて、影がかすんだり、濃くなったりを繰り返す。

 ノワールもイザの様子がおかしいことに気づいて、慌てて言った。


「いったん、メルキゼデクのところに戻ろう」


 姫君はノワールにむけて首を横に振ってみせた。背伸びをして両手でイザの頬を包み、真っ直ぐに瞳を覗き込む。姫君の強い視線を浴びて、影はすっと引いて行った。

 イザはぼうぜんと突っ立っている。


「おい、イザ。大丈夫か? なんとか言えよ」


「私は……、いつまで君を疑い続ければいいのだろう」


 ぽつりとイザが呟く。


「君がだれなのか、私にはわからない。だが私は、君を信じたい」


 姫君は静かに頷いた。


 三人は踊りの輪から離れてメルキゼデクの元へ歩いてきた。メルキゼデクは遠くからではあるが様子を見ていて、なにがあったのか、おおよそのところを察していたらしい。


「イザくん。大丈夫かね」


「ああ、もうなんともない。私も呪いにかかっていたのだろうか」


 メルキゼデクは静かに言う。


「君は呪いに巻き込まれているのだよ。彼女とノワールくんの呪いは人に影響を与える。ノワールくんは直接的に人を猫に変えることができる。彼女は自分の名前を忘れたというが、周囲の人も彼女のことを忘れている。イザくんの中からも、彼女の名前が抜き取られているんだよ」


 イザはまた姫君を見つめた。イザの瞳に影がさしそうになったが、ふるりと首を振って、イザは自分でそれを払った。


「私は、もう悩まないことにする。君が名前を取り戻せばすべてがわかるだろう」


 姫君はしっかりと頷いた。




 踊りは深夜まで続いた。人々は踊っては休み、休んでは踊り、酒を飲み、ごちそうを食べ、また踊った。

 姫君たちも飲み物と食べ物を分けてもらい、踊りの輪を眺めながら夕食をとった。賑わいを見ながら、なぜか心はしんと静まった。星がきらめく穏やかな夜だ。


「ねえ、お姫様。名前を取り戻したら、ヘンリー王子と結婚するの?」


 ノワールに聞かれても姫君は黙って踊りの輪を見つめ続けた。

 疲れ果てた人たちが、一人、また一人と輪から抜けて、黒い柱を遠巻きにして座り込む。夜は更けて星は巡り、姫君は座ったまま目を閉じて、うとうとしていた。

 ノワールがそっと姫君の肩を抱き寄せて、自分にもたれかけさせた。姫君の呼吸が寝息に変わる。


「ノワール」


 イザが姫君を起こさないように声を低めて話しかけた。


「お前は呪いがとけたら嬉しいか?」


「なに言ってるんだよ。嬉しいに決まってるだろ」


「彼女を抱きしめることができなくなっても、いいのか」


 ぽつりと呟いたイザの言葉に、ノワールは黙り込んだ。しばらくして、今度はノワールがイザに尋ねた。


「イザはお姫様の呪いが解けなければいいと思ってるのか?」


 ノワールの問いにイザはしばらく黙っていたが、静かに首を横に振った。


「そんなことを考えても仕方がない。姫君を取り戻すために、彼女には記憶を取り戻してもらわなければならないのだ」


 二人は姫君を挟んで座ったまま、黙り込んだ。

 夜明け前の空が寸刻だけ、より深く濃い黒に染まる。祭司長が黒い柱に近づき、両手を差し伸べた。人々が立ち上がり柱を取り囲む。ノワールが姫君を起こして、一行も柱の近くに寄っていった。


「黒き神がお帰りになる。その道は神の道。皆かしずいて目を瞑り、祈ろう」


 人々が頭を下げて目を瞑っても、姫君たちはしっかりと目を開いてなにが起きるのか見つめていた。

 遠くの岩山の稜線が白く染まったと見る間に、空が白々と明るくなる。山の頂上の岩の切れ目から光がひとすじ差してきて、黒い柱に当たった。黒い柱の影が長く伸びる。姫君はその影の行く先を目で追った。


 灌木の繁みの向こうに見える、遠く離れた崖の上にある大岩に影が達したと思うと、山の陰から日が昇った。空は一気に明るくなり、黒い柱の影は短く縮んでしまった。


「あの場所か」


 イザの囁き声に、メルキゼデクはこっそりと頷いた。


 シャクティーキーの民が祭の片づけを始めた。姫君もドレスを着替え、一行に合流する。


「行きましょう」


 姫君は力強く言った。


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