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お姫様は祭礼中2

シャクティーキーの民は皆、黒い服を着ているが、その形は様々だ。ハギル風のものもあり、ポートモリス風のものもあり、どこの国のものかわからない見たことのない服もあり、そしてアスレイトのものだとはっきりわかる服を着た人もいた。

 イザはもの問いたげに姫君を見たが、姫君は口を開かず、表情も変えずに、ただじっと人々を見ている。


  あちらこちらから続々と集まってきていた人たちの礼拝が落ち着いてきた。人々は柱のまわりに集まり、静かになにかを待っている。

 姫君たちが来たのとは別の方向から、黒ヤギを連れた人の列がやってきた。二人で一匹のヤギを連れている。ヤギは黒い衣装を着せられ、角を黒く染められていた。


 柱の周りの祭壇に一匹ずつヤギが連れられて行く。ヤギたちは大人しく祭壇に上る。

 姫君たちを歓迎してくれた、祭司長らしき禿頭の男性が祭壇を一つずつ巡って、ヤギの額に手を当てていく。ヤギはころんと横になり、大人しく頭を垂れる。


 すべてのヤギが転がったところに、大きな肉切り刀を携えた大柄な男たちが祭壇の数だけやってきた。それぞれの祭壇に一人ずつ刀をかまえて立つ。

 場はしんと静まって、咳ひとつ聞こえてこない。男たちが刀を振り上げると、人々の目がギラリと光った。まるで目の前に欲望を掻きたてるなにかがあるかのように、祭壇を見つめる。


 音もなく刀が振りおろされ、ヤギの首が跳ね飛び、鮮血が散った。わあっと歓声があがる。人々が手を叩き、口々に祝いの言葉を述べ、祭壇に押し寄せる。ヤギの首から迸る真っ赤な血を両手に受けて顔に塗りたくる。


「邪教め……」


 イザが眉を顰めて憎々しげに呟く。ノワールがヤギの生き血の臭いに舌なめずりをする。姫君は、ただ真っ直ぐに、すべてを見つめていた。

 顔を血で真っ赤に染めた人々は口々に歌いながら、黒い柱を中心に踊りだした。黒い衣に赤い顔、狂ったようなステップで、なんとも異様な光景だった。


「さあ、あなたがたもどうぞ」


 祭司長がヤギの血を溜めた桶をもって一行に近づいてきた。差しだされた桶の中身を、ノワールが指先ですくって舐めた。あまりにも強い臭いと刺激に身を震わせる。

 イザは断ろうと口を開きかけたが、お姫様が進み出て、血を掬いとり、両頬になすりつけた。

 それにならってメルキゼデクも血を塗り、あご髭まで赤く染まる。イザはかなり逡巡したが、ギリっと奥歯を噛みしめて、ヤギの血を掬った。その手を顔まで持っていくのにも、かなりの時間を要した。

 だが、姫君に目をやり、彼女の真っ赤に染められた頬を見て、自分の手に顔を擦り付けた。


 顔中を赤く染めたイザを、祭司長がにこやかに見つめる。姫君が嫌がるノワールの鼻筋に血を塗ってやっていると、踊りの輪から抜け出してきた娘たちが祭司長の腕に抱きついた。


「長様、ご一緒に踊ってください」


「だめよ、長様は私と踊るの!」


 数人の娘にたかられて、祭司長は優しく娘たちの頬を撫でながら言う。


「今日は君たちにはお役目があるでしょう。もうすぐ日が落ちる。行って、準備をなさい」


 娘たちは「はーい」と言いつつ、しぶしぶと去って行った。祭司長は姫君に向き直る。


「どうです、あなたも神の花嫁になってみませんか」


 姫君がぱちくりと瞬きをすると、祭司長は娘たちの後ろ姿を指し示した。


「年頃の娘たちが神の花嫁として登場し、祭りはクライマックスを迎えます。花嫁と踊ったものには幸運がおとずれる。ぜひ、あなたも皆に幸運を授けてあげてください」


 姫君は黙ったまま頷いた。イザはあやしい儀式を見たすぐ後のこと、心配で止めたくて仕方がないのだが、めったなことも口に出せず、いらいらと足を踏みかえた。ノワールはのんきに姫君の真っ赤な頬を眺めている。

 祭司長は、にこりと笑うと、姫君を手招いた。


「どうぞ、こちらへ。花嫁たちの支度室へご案内しましょう。ああ、ご同行の方は、どうぞあちらでお待ちください」


 指さされたのは酒が用意された一角で、多くの人が立ったまま飲み食している。


「いやだ、俺も行く」


 ノワールが姫君の隣に立つと、祭司長が苦笑した。


「男性が近づいたら、花嫁たちが驚いてしまいます。どうぞ、お待ちください」


 さらに言いつのろうとしたノワールの肩をメルキゼデクが叩いた。


「ノワールくん、無理を言っちゃいかんよ。わしらは酒でもいただこうじゃないかね」


 メルキゼデクに食ってかかろうと振り返ったノワールは、メルキゼデクが妙に真面目な顔をしているのを見て、黙り込んだ。


「それでは、花嫁をご案内しましょう」


 祭司長が姫君の背中に手を回して歩き去ろうとするのを、イザが慌てて追いかける。メルキゼデクが勢いよくイザの外套を掴み、引きずり倒してしまった。

 イザは受け身を取って地面に手をつくと、すぐに立ちあがり、メルキゼデクを睨みつける。


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