表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/88

お姫様は祭礼中1

「黒き神が聞き入れてくれるっていうなら、呪いを解いてほしいもんだけどね」


 ノワールがぼそりと言うと、メルキゼデクが同意して頷いた。


「あとは、黒き魔女を止めてくれれば完璧だがね」


「今、黒き魔女って言った?」


 突然、後ろから大声で呼びかけられて、一行はぎょっとして振り返った。


「ねえねえ、黒き魔女の話をしていた?」


 三歳くらいの女の子が目をキラキラ輝かせ、たどたどしい口調でメルキゼデクに話しかけた。


「いや……、うーん、まあ、その……」


「黒き魔女が復活したんだって! 知ってる? 黒き魔女がみんなを幸せにしてくれるんだよ!」


 遠くから小走りに駆けてきた黒衣の女性が女の子をつかまえて、あわてた様子で頭を下げた。


「すみません、うちの子がご迷惑をかけて」


 メルキゼデクが好々爺という雰囲気をかもしだして女性に対する。


「いやいや、迷惑などと、とんでもないですぞ。かわいらしいお嬢ちゃんだ。かしこいことが目を見たらわかる」


 女の子は褒められたことが嬉しいようで、ニイっと笑う。女性は恐縮して愛想笑いを浮かべると、子どもの手を引っぱった。


「ほら、お祈りに行くよ」


「やだ! 黒き魔女のお話聞くの!」


「黒き魔女?」


 女性はいぶかし気に一行を眺めた。黒衣でもなく、服装もバラバラ、旅を続けて疲れが出たままのけだるい表情だ。女性はそっと我が子の前に進み出た。

 メルキゼデクはそんなことには気づかなかったという素振りで会話を進める。


「われわれは、ポートモリスから来たのですじゃ。あそこは黒き魔女の力で占められておりましてな」


 女性の表情がパッと明るくなった。


「まあ、ポートモリスから。それなら、黒き魔女を間近でご覧になりました?」


「いやいや、とてもとても。わしらなどでは、そんなことはありませんなあ」


 女性が「そうですよねえ」と微笑む。この話がしたくて、うずうずしていた様子だ。


「でも、黒き魔女の偉業の話はご存じなんじゃありません?」


「偉業ですかな」


「ええ。黒き神の御力でポートモリスを手中に収めたと。黒き神のためにポートモリスをシャクティ―キーに捧げる日も近いとか」


「それは知らなんだ。わしらは黒き魔女がポートモリスに来たのと入れ違いで出発しましてな。残念ながら耳に入っておらんですわ」


 女性は、がっかりした様子で、それでも話をやめる気はないようだった。


「ポートモリスはこの辺りでは一番の軍事力があるでしょう。シャクティ―キーの力になったら、ますます黒き神がお喜びになるでしょうね」


 メルキゼデクは目を丸くして驚いた風を装う。


「なんと、黒き神は軍事力をお望みとな」


「それはそうですよ。力はとても大切なものですもの。富も、若さも、美貌も、黒き神がすべて収めるべきでしょ。そして、私たちにくださるんですもの。たくさんたくさん集めてもらわなきゃ」


 黒い柱の方から男性が「おーい」と呼びかけ、女性は慌てて子どもの手を引いて行ってしまった。見ていると、親子三人は丁寧に祭壇に祈りを捧げている。祈るべきことが多いのか、時間をかけて柱をめぐっていた。


「富も、若さも、美貌も、力もくださいよってお祈りしてるんだろな」


 ノワールが言うと、イザが溜め息を吐いた。


「あそこまで欲望をあらわにされると、いっそすがすがしい」


「お姫様はどう思う……っと、話せないんだったね」


 姫君は神妙な表情で頷いた。メルキゼデクが白髭を撫でながら「郷に入れば郷に従えじゃ。わしらも強欲になって、馬房など借りようか」と歩き出した。


 イザとノワールを連れて馬を連れに行くメルキゼデクの後ろ姿を眺めているお姫様に、巡礼者らしき老人が近づいてきた。


「お嬢さん、コインを少し恵んでくれませんか。旅の途中で強盗にあって、命以外のものを何もかも取られてしまったのですよ」


 姫君は静かに首を横に振った。


「そう言わずに、銅貨1枚でもいいんです」


 姫君はまた首を振る。老人は急に眉を吊り上げて怒鳴る。


「強欲な小娘め! 富を独り占めか! そんな良い服と良い外套があるのに、まだ足りないって言うのか! 恥を知れ!」


 姫君は、また黙って首を横に振る。老人は地面に唾を吐いて行ってしまった。


「大丈夫か!」


 揉め事に気づいて走って来たイザが、姫君の顔を覗きこむ。姫君は、こっくりと頷いた。はーっと、深く息を吐いたイザが頭を下げる。


「すまない。気づくのが遅れて怖い目にあわせてしまった」


 遅れて走って来たノワールが姫君の手を取る。


「お姫様、なにかされなかった?」


 姫君は二人に微笑みかけて、無事だと伝えた。馬たちを連れてゆっくりとやって来たメルキゼデクが姫君の無事を確認してフムフムと頷く。


「お姫様を一人にしない方がいいようだね。イザくん、ノワールくん。どちらかが必ずお姫様と行動を共にするようにしよう」


 ノワールが姫君の右手をぎゅっと握る。


「大丈夫、ずっと一緒にいるから」


 イザが無言でそっと移動して、姫君の左側に寄り添う。メルキゼデクは微笑んで、馬たちを連れて歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ