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お姫様は沈黙中

 荷物を馬の背に積み終え、ビャクシンたちに手を振り、一行はシャクティ―キー目指して出発した。

 クレオパに教えてもらった獣道は、知らなければだれにも見つけられないだろうと思われる、本当にわかりにくい道だった。一本の大きな針葉樹の枝の影に沿って少し歩くと、離れたところからでは見えなかった道が急に見えるようになる。


 踏み慣らされた道は獣道とはいうものの、人が多く往来しているようで、靴の跡らしい窪みもある。

 その道をたどると、にょっきりと高く生えている針葉樹を目印にしながら進んでいるようだということがわかる。行く手にはいつも、次の目印になる木が見えている。

 木から木へと飛び移る、気ままなリスになったような気分で、姫君は行程を楽しんでいた。しばらく行くと道の先は岩だらけになっていった。


 突然、大きな岩の陰から黒衣の男が飛び出して、馬の前に立ちふさがった。馬が驚き急停止する。岩陰から次々と黒い男たちが駆けだしてきて、一行はすっかり囲まれてしまった。


「なにものだ!」


 イザが声を張ると、先頭に飛び出してきた男が、手をつきだした。なにかを寄こせと言っているような姿勢だ。


「強盗か」


 短剣に手をかけたイザの外套の裾を姫君が引っぱって止める。姫君は服の中から黒い石を引っ張り出して男に見えるように前に突き出した。

 男が黙ったまま頷くと、黒衣の男たちは包囲を解き、一行を通した。

 しばらく進んで、男たちに声が聞こえないだろうと判断してから、イザが口を開いた。


「彼らがシャクティーキーの民か」


 メルキゼデクが頷く。


「そうだろうね。黒き神を信奉するものは、黒き衣をまとう」


 姫君にべったりと寄りかかったまま、ノワールがのんびりと言う。


「なんだか、簡単に通してくれたよな。黒い石なんかどこにでもありそうなのに。ねえ、お姫様」


 姫君は黙ったまま頷いた。


「あれ、石は服の中に入れちゃったの? もう出しっぱなしにしていてもいいんじゃない?」


 姫君は、また頷く。服の中に隠した石をごそごそと取り出していると、メルキゼデクが振り返った。


「もしかして、黙り込む練習をしているのかね?」


 姫君は頷く。


「黙っておくのは、答えられない時だけでいいと思うがね」


 姫君は首を横に振る。


「お姫様、もう喋らないつもり?」


 ノワールが聞くと、姫君は頷く。メルキゼデクも頷いて前を向く。


「イザ、これから以降、お姫様は口を開かない。話ができないと思っておいておくれ」


 後ろからの伝達にイザは簡単に「わかった」と答えた。


 ぽつりぽつりと立っていた針葉樹は次第に姿を消した。代わりに大きな岩がごろごろと転がっている斜面を下る。

 斜面には人の手が入っているようで、徐々に道はしっかりと踏み固められたものになった。平らな地面に、わざと傾斜のある道を掘っているので、天井のないトンネルに下りていくような様子だ。

 進んでいくごとに道の両脇の壁が高くなり、その壁が頭上を越えた頃、上から人声が降ってきた。


「止まれ」


 静かな口調だったが、有無を言わせぬ迫力がある。馬を止めて見上げると、黒衣の男たちが数人、槍を手に壁の上から姫君たちを見下ろしていた。


「見せろ」


 姫君は石を掲げてみせた。


「何の用だ」


 姫君は黙って頷く。


「口がきけないのか」


 また頷く。メルキゼデクが姫君に代わって口を開いた。


「祭壇にぬかずくために旅をしてきましたんじゃ」


 クレオパのような口調で、メルキゼデクは続ける。


「この娘が黒き神の恵みを、身をもって教えてくれましてのう。我らもぜひ祈らせて欲しいと思いましたんじゃ」


 黒衣の男たちは無言のまま、姫君たちを見下ろし続ける。いつ上から槍が降ってきてもおかしくない状況では、短剣ではどうにもならない。イザは焦る気持ちが顔に出ないように、平静を装った。

 恐ろしく張りつめた時間が過ぎていく。ノワールはいつでも黒い靄を吐きだせるようにと口を開く準備をしている。


 黒衣の男がふいに動き、顎を動かして進めと指示を出した。一気に緊張が解ける。イザは馬の首を前に向けて進みだした。

 下っていた斜面は途中から上りになり、道はまた平らに戻りつつある。


「あれは関所だったのだろうね」


 メルキゼデクがぽつりと呟く。


「あの一か所だけかどうかわからない。まだ気を抜くわけには……」


 イザが言葉を切った。完全に平らになった道の先に、大きな黒い柱が立っていた。遠目に人影が見て取れる。かなりの人数がいることがわかる。全員が黒い衣をまとっていた。


 その中の一人が、近づいていく姫君たちに気づき、側にいる他のものに伝えている。多くの視線を受けて姫君は緊張し、胸の黒い石をぎゅっと握りしめた。


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