お姫様は昼食中
「さて」
クレオパが呟いて立ち上がる。
「腹がへったんじゃないじゃろうか。昼食にしよう」
この集落の長老であろうに、クレオパは自ら先頭に立って働き始めた。てきぱきと手分けして食事の用意が進む。
テーブルの地図が片付けられ、手早く食器が配られる。数多くの小さめの壺が卓上に並び、お茶が注がれ、焼きたての薄いパンが配られる。
準備が終わるとクレオパが一つの壺から砂糖漬けの果物を皆の皿に配った。
「さあ、始めよう」
皆、口々に食べ物への感謝を唱えて果物を食べ始めた。姫君はビャクシンの礼儀正しさに感心して、自分も神への感謝を唱えてから、果物を口に入れた。
「酸っぱい!」
あまりの酸っぱさに涙がにじむ。初めて見る真っ赤な果物は、砂糖がまぶされた美味しそうな見た目に反して、暴力的なまでに酸っぱかった。
「この酸味が我々ビャクシンには必要なものなのじゃよ。止まらず行き行く我々は、なかなか野菜を食べる機会に恵まれないのでな」
食卓には野菜がほとんどない。長期保存できる根もの野菜を蒸したものが少量あるだけだ。
「パンも、君たちが食べているものとは少し違うじゃろ」
確かに、ビャクシンが焼いたパンは姫君が知っている丸い形はしていない。平たく、小さく、薄く、四角に切り分けられた見た目は焼き菓子のようだ。
「我々は移動しながら食事を作るじゃろ、パンもその時々に焼くんじゃ。じゃから、雨の日はパンなしのこともある」
ノワールが果物の皿を、そっとイザに押しつけながらクレオパに尋ねた。
「別に焼きたてじゃなくても、硬いパンを持って歩けばいいんじゃないの?」
「短い距離なら、そうすることもある。しかし、我々は一生、歩き続けるのじゃ。一生、硬いパンは、ごめんこうむる」
「ふうん。そういうものなの」
イザが果物の皿をノワールに押し戻しながら言う。
「お前はパンを食べないから知らんのだろうが、硬いパンは乾燥していて食べにくいのだ。好き嫌いせず、もっといろいろなものを食べるべきだぞ」
「冗談言うなよ。ネコに果物食べさせるやつが、どこにいるんだよ」
「ここにいる」
真面目なイザの答えを聞いたビャクシン一同がどっと笑う。
クレオパが涙を流しながら立ち上がり、わざわざ移動してイザの肩をバンバン叩いた。
「真面目一辺倒かと思ったが、面白い男じゃな、君は! 気に入った! ビャクシンになりたい時は、いつでも受け入れるぞ」
「ああ……、それは……。ありがとう」
なんと返事したものか困りながらもお礼を言ったイザの肩を、クレオパはまたバンバン叩いて大笑いした。
なごやかな昼食は、にぎやかに進んだ。
「大変、世話になった」
メルキゼデクが腰を曲げて礼を言うと、クレオパも同じ姿勢をとって礼を受けた。
「我々はもうすぐ出発じゃ。君たちとまた会うのはいつになるかわからぬが、その時までに冗談をたくさん仕入れておくぞい。たとえば、こんなようなやつじゃ。コップに入った水を……」
メルキゼデクはそれだけで吹きだした。コップのことは知っている話のようで、思い出し笑いらしい。
「勘弁してくれい! 満腹なのに腹が痛くなる!」
げらげら笑い続けるメルキゼデクを満足げに見ながら、クレオパはイザの背中を叩く。
「イザ、君も面白さに磨きをかけておくのじゃぞ」
自分が面白いことをしたという自覚がまったくないイザは複雑な表情をしたが、素直に「わかった」と返事をした。
メルキゼデクが他のビャクシンとも挨拶をしている間に、ノワールとイザは馬の準備をしに先に洞窟を出た。姫君もなにか手伝えないかと後に続く。
姫君がついてきていることに気づいたイザが歩みをゆるめた。姫君はイザの隣に並んで歩く。
「君は」
イザが前を見たままぽつりと言った。
「私の世界に君はいないと言ったが、私の中に、君はいる。君は大切な……、その……」
口ごもるイザを見上げて、姫君は次の言葉を待った。イザの頬が赤い。イザはそれを隠すように口元を手で覆って言葉を探している。
「な、仲間だ。そう。私たちは大切な仲間だろう」
姫君は嬉しそうに、にっこりと笑う。
「ありがとう、私を信頼してくれて」
イザはその笑顔を見て、ますます顔を赤くした。
「れ、礼を言われることではない。それに、信頼というか、私が言いたいのは……」
「おい、イザ。なにやってんだよ」
先に馬の世話を始めているノワールがのんびり歩くイザに呼びかけた。イザは真っ赤な顔をお姫様に見られないように背けると「すぐ行く」と返事をして走っていってしまった。
イザがなにを言おうとしていたのかと姫君は首をかしげたが、いつかまた聞く機会もあるだろうと、自分も馬の世話に参加した。