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お姫様は不在中

 しばらく無言の時を楽しんだ後、お茶のお代わりも飲み干したメルキゼデクが会話を続ける。


「さて、シャクティーキーはこのところ、どんな塩梅だろうかね」


 クレオパはまた黙って頷くと、近くにいた女性に目配せをした。女性は小部屋に入っていき、一枚の大きな紙を持って戻ってきた。


「勢力を増しておるな。領地も、ほれ、これだけ広がっとるよ」


 紙には詳細な地図が書きこまれている。山や川、くぼ地もよくわかる素晴らしい地図だった。鳥が空から見たようなその地図によると、シャクティーキーは岩山をまるまる三つ、領地にしているらしいことがわかる。

 イザが身を乗りだして息を飲んだ。


「これは……! シャクティーキーの民は、いったいどれほど増えているのだ」


「領地ばかりは広いがね、この辺りに住んでいる者は、そう居らんよ」


 姫君は地図上の稜線を指でたどりながら尋ねる。


「住んでいる者は、ということは、ここに住んでいない方もシャクティーキーの民と呼ばれるということですか?」


「そうじゃ。シャクティ―キーというのは『黒き神を信奉する』という意味の古い言葉じゃ」


 ノワールが不思議そうに呟く。


「神って、ただ、あるだけのものなんだろ。そんなものを大事にして、なにが面白いんだ?」


 クレオパが答える。


「黒き神は信じるものに富をもたらすとされておるのじゃ。ただし、黒き神を信奉せぬありとある生き物には破滅をもたらすとも言われておる」


「自分だけ儲けようなんて、ずるいね」


 あまり興味がない様子でお茶を舐めるノワールに、イザが眉を顰める。


「ずるいどころの話ではない。危険な神だ。それを信奉するものが増え続けているとは恐ろしいことだぞ」


「いいじゃないか、アスレイトが平和だったら」


「それでは黒き神と同じだわ、ノワール」


 姫君が静かにノワールの目を見る。


「アスレイトだけ平和だなんて、それはずるだわ。ずるをして生きて、それを幸せなことだと、私は思えない」


 ノワールの金色の瞳は真っ直ぐに姫君を見返す。


「俺はお姫様が幸せなら、それでいいんだ。お姫様がしたいことになら、いつでも賛成するよ」


 姫君はノワールの手を取り微笑んだ。

 見つめあう二人をちらちらと横目で見ているイザを面白そうに眺めてから、メルキゼデクがクレオパに尋ねる。


「シャクティーキーに無事に入りたいのだが、どこから行くのが良かろうね」


「ふむ。今ならどこからでも大丈夫じゃろ。なにしろやつら、ビャクシンの集落が焼け落ちたと思っておるからの。物見がしっかり報告しておって、この辺は警備が手薄になっとるぞい」


 我に返ったイザが口を開く。


「そうだ。なぜ、あなたたちは火をかけられるようなことになったのだ」


「口封じのためじゃな。黒き魔女が宝物庫の秘密を守るために仕向けたことじゃろう」


「宝物庫? 金銀財宝でも持ってるの、黒き魔女って」


 クレオパがノワールの言葉を笑う。


「そうじゃなあ、宝物庫と言ったら金銀財宝、その通りじゃ。けれども黒き魔女がそんなものを隠してはおらんじゃろう。遠見でも宝物庫の中は見通せなかったが、場所はばっちり見て取ったのじゃ。聞いておくれ」


 クレオパはもう一度、遠見するかのように目をつぶった。


「シャクティーキーの祭壇から、黒き神の指し示す方へ進み、崖を上れ。そこに見えない宝物庫がある」


「黒き神が指し示す方とは、どちらの方角ですか?」


「知らんよ」


「遠見なさったのではないのですか」


「わしはね、遠見というより遠耳なんじゃよ。音が聞こえるように知ることが出来るのじゃ。だから、目を開いている時のように感じることはできないのじゃよ」


 ノワールが目を閉じてみて「よくわからないな」と言うと、クレオパは大声で笑った。


「君ならわかるじゃろ。猫の目で人を見て、今は人として人を見ておる。全然違うのじゃないかね」


「ああ、そういうことか」


「どういうことなの、ノワール」


「うーん。言葉では難しいな。なるほど、クレオパが説明できないのが、なんとなくわかった。あのね、お姫様。猫の時の俺と、今の俺ではできることが違うだろ? 猫の俺には扉は開けられない。けど、呪いで人間にされたら開けられた」


 姫君は黙って頷く。


「そのかわり、今の俺では狭いところをすり抜けたりできないんだ。触れている世界が違う。世界はひとつじゃないんだ」


 イザが首をかしげる。


「もうちょっと、わかりやすく説明してもらえないか」


 ノワールが困って「うーん」と唸っていると、今度は姫君が答えた。


「イザは、私が名前を失くす前には私を知っていたの。イザの世界に、私はいたんだわ。でも、今のイザの世界には私はいない。そういうことじゃないかしら」


 イザは口ごもってしまったが、理解はできたようで小さく頷いた。


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