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お姫様は火事の最中

 その集落は、炎に包まれていた。あちらこちらで木材が燃え落ちる音が響く。イザが馬を下りて、大声で呼ばわる。


「だれかいないか! 火の中に取り残されていないか!」


 しかし、その声は炎の勢いに飲まれてすぐに消えてしまう。姫君も馬を下りようとしたがノワールが抱きとめて放さない。イザは大股に戻ってきてメルキゼデクに声をかけた。


「メルキゼデク、人がいないか手分けして村の中を探そう」


「いや、その必要はないようだ」


 メルキゼデクは燃え盛る建物に近づくと、炎の中に手を突っ込んだ。建物を撫でまわし、炭化した木材をつかみ取る。


「なにをしている!」


 慌ててメルキゼデクの肩を引いて炎から遠ざけたイザは、ぽかんと口を開けた。メルキゼデクの手は火傷もしないどころか、炭を触ったはずの手は汚れてもいない。そして、手に握っているのは一枚の紙だった。


「幻だよ。ビャクシンの得意技でね。とくに炎とは相性がいい。どれどれ」


 メルキゼデクは幻の炎の中から引っ張り出した紙を広げて読みだした。


「なるほど。冬ごもりのための集落なのだね。ここは捨てて、南へ移動する予定だと書いてあるよ」


 姫君が尋ねる。


「それは置き手紙なのかしら」


「そうだね」


「だれにあてた手紙なの?」


「ここを頼りに冬ごもりに来るものがいるらしい。さて。そろそろ幻も晴れるころかな」


 メルキゼデクが置手紙を元に戻していると、燃えているはずの家々が溶けるように消えていく。後には置手紙が張り付けられた木が一本だけ。建物が建っていた片鱗すらない。


「なんだ、これは。なぜ更地なのだ」


 うろたえているイザの背中にノワールがのんびりと声をかける。


「全部、幻だったんじゃないの」


 イザが振り返る。


「全部とは?」


「もともとここにはなにもなくて、幻の小屋をいくつも建ててたんじゃないの?」


「なんのためにそんなことを」


 メルキゼデクが髭を撫でながら言う。


「ここはカモフラージュなのだろうね。先ほどのような輩を警戒して」


 ノワールが「カモフラージュってなに」と言いながらも、その答えは聞かずに言葉を続けた。


「人間の臭いがほとんどしない。ここに人は住んでないよ」


 姫君がきょろきょろと、なにかを探しているのに気づいて、イザが尋ねる。


「なにかあったのか」


「事情を知っていそうなだれかがいないかと思って」


「今の会話を聞いていなかったのか。ここに人はいなかったのだと」


 ノワールが呆れたように言う。


「イザ、忘れたのか? お姫様は動物と話ができるんだって」


「いたわ」


 姫君が近くの木の上を指さす。一羽のカラスが枝にとまって一行を見下ろしていた。姫君が大きな声でカラスに尋ねる。


「このあたりに人間がいるか、知らないかしら」


「教えたらなにをくれる?」


 姫君は首をかしげて少し考えた。


「パンはどう?」


 カラスも首をかしげて考えてから答えた。


「まあ、いいいや。人間なら、あの岩山の洞窟にいるよ。毎年、冬になるとやってくる。暖かくなったから、そろそろいなくなるころだよ」


 バサリと羽音を鳴らして、カラスが下りてきた。姫君は自分の荷物からパンを取り出して、カラスに向けて放ってやる。


「ありがとう、助かったわ」


 カラスは目顔で頷いて飛び去った。カラスが言った岩山はすぐ目と鼻の先にあり、洞窟らしき影も見えている。


「さて、行こうかね」


 メルキゼデクが言って、馬の首を岩山の方に向ける。イザも戻ってきて馬に乗り、移動を始めた。


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