お姫様は乗馬中3
ポートモリスから来た時には荒れ地を通ったが、ビャクシンの集落に向かう道は踏み慣らされていて、人の往来があることがわかった。馬は穏やかに進み、行程がはかどる。岩ばかりだった山も、次第に緑が増えてきた。寒い国特有の針葉樹は高く太く苔むしていて、この辺りに人が住み、手をいれたのは最近なのだろうと思われた。
馬三頭を一列に連ねて進む。姫君とノワールが乗った馬は言っていた通りがんばってくれて、予想よりはるかに早く予定地につけそうだった。
姫君は感謝の気持ちをこめて、たびたび馬の首を撫でてやる。馬はそのたびに嬉しそうに「そんなに気をつかわなくていいよ」と、いなないた。
突然、イザが馬を止めた。
「どうしたの、イザ?」
「静かに」
耳を澄ませているイザにならって、姫君も耳に手をあててみた。姫君にはなにも聞き取れなかったが、メルキゼデクは音を拾えたようだ。来た方を振り返り、遠くを見ている。
「騎馬だね。それも大勢」
「ああ。道をそれて身を隠そう。こっちだ」
イザに先導されて巨木の陰に移動する。まもなく、姫君にも馬の足音が聞こえてきた。かなり急いでいるようで、あっという間に近づいてくる。
木の陰からそっと覗いてみると、ポートモリスの鎧をつけた兵が一個隊、速駆けに通り過ぎていった。それを見たイザが首をひねる。
「ポートモリス軍がどうしてこんなところへ? 戦支度に忙しいだろうに、人を割く余裕があるのか?」
メルキゼデクも首をひねる。
「さて。ポートモリスの国境警備だろうかね。それにしては向かう方角が違うが。この先にビャクシンの集落以外のものがあるのかね」
「どうする、このまま進んで先ほどの兵に出会えば、ただで済むとは思えない。後続の連隊が来ないとも限らない」
「そうさな。しかし進んでみるしか手はないような」
イザとメルキゼデクが話し合っていると、ノワールが顔を空に向けた。
「鳥の声が聞こえないか」
皆そろって顔を上げると、確かに、大量の鳥が一斉に鳴きかわしているようだった。
「ポートモリスで、メルキゼデクの家に火をかけられた時みたいじゃないか」
ノワールの言葉に緊張した姫君は、よくよく鳥の声を聞こうと耳をすませた。しかし混乱しているらしい鳥たちの言葉は聞き取りづらい。もっと近づかねば、なにが起きたのか、わかりそうもなかった。
「行きましょう。ここにいても始まらないわ。なにかあった時は、あった時。その時に対応しましょう」
イザが渋い表情ながらも頷く。一行は道には戻らず、木の陰をたどるようにしながら動くことにした。
しばしもしないうちに、鳥の群れが飛んできた。口々になにかを鳴きかわしている。
「たいへん、ポートモリスの兵が人家に火をかけたと言っているわ」
「ビャクシンの集落か!」
姫君はイザに頷いてみせる。
「兵は火をかけてすぐ、こちらに戻ってきていると。隠れましょう」
木の陰に身を隠して、また耳を澄ませる。鳥は逃げ去ってしまい、なんの音も聞こえないはずなのに、行く手から不穏な空気が漂ってきている気がする。
しばらくじっと身をひそめていると、ポートモリスの兵がやってきた。姫君たちに気づくこともなく通り過ぎたが、どことなく嫌な感じを残していった。
姫君はメルキゼデクに視線をやったが、いつもと変わらぬ平静な様子だ。
「メルキゼデク、急いだほうがいいのではないかしら。ビャクシンたちが心配だわ」
「そうさね。では、気をつけながら進もうか」
やはりのんびりした答えに拍子抜けしたが、イザは黙々と進みだした。
木の陰をたどっていると、風向きが変わり、前方からきな臭い風が吹いてきた。
「これは、かなり焼けているのではないか?」
焦った口調のイザとは真逆にノワールがのんびりと言う。
「ポートモリスのやつらは火事が好きなんだろうな」
「冗談を言っている場合か! 怪我人が出ているかもしれない、急ごう」
イザが振り返って様子を見ると、姫君とノワールを乗せた馬も速足できちんとついてくる。仲間の安全を確認して、急ぎ先へ進んだ。