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お姫様はお喋り中

 裁きの間から出た姫君は、恰幅の良い中年のメイドに連れられて、裏庭沿いの建物に向かった。

 木造の建物は姫君にとって初めて見る興味深い存在だ。壁も窓枠も木だけで倒れないなんてすごいと感心した。

 三階建ての使用人宿舎は、城の内部に入ることができない庭師や下働きのメイドなどが寝起きするところで、皆が働いている、この昼間はしんと静かで仄暗い。


「ねえねえ」


 上の方から声が聞こえて建物の入り口で立ち止まり、屋根を見上げた。開いている窓を探してみたが、どこもきっちりと閉ざされている。


「ねえねえ、こっちだよ」


 声を追って顔を動かすと、屋根の上で羽をくつろげている小鳥が姫君をじっと見つめていた。


「お姫様、名前を失くしちゃったんだってね」


「まあ、小鳥がしゃべってるわ」


 驚きのあまりそれ以上の言葉が出てこず、ぽつりと呟いた姫君を、前を歩いていたメイドが怒鳴りつけた。


「ぶつぶつ言ってないでさっさと来な! まったく、どうしてあたしが姫様をさらったやつの世話なんか……」


 メイドは愚痴を漏らしながらのしのしと大股で廊下を進んでいく。姫君が慌てて後を追おうとすると、小鳥がまたしゃべりかけた。


「お姫様、黒き魔女のところへ行くんだってね」


 姫君はぴたりと足を止めた。


「なんで知っているの?」


「鳥は物知りなんだよ。空の上から、なーんでも見てるからね」


「でも、裁きの間に窓はなかったわ。見えていなかったんじゃない?」


 小鳥は「ちぇ」と小さく鳴いて羽繕いを始めた。


「ねえ、見ていなかったのにどうやって知ったの?」


「知ーらない」


「鳥は物知りなんじゃないの?」


「だれがそんなこと言ったの? 小鳥なんてなんにも知らないに決まってるじゃない」


 姫君はがっかりと肩を落とした。


「残念だわ。いろいろ教えてもらいたいことがあったのに」


 小鳥はぴくりと首を震わすと、一直線に姫君の肩目指して飛んできた。


「なになに、なんでも教えてあげるよ」


「本当? 呪いの解き方も知っている?」


「さあ、どうだろうねー」


「あんた! いい加減にしてよ!」


 廊下を戻ってきたメイドの突然の大声に驚いて、小鳥は外に飛び出していってしまい、その小さな姿はすぐに見えなくなった。

 後を追おうとする姫君の腕を、メイドがぐいっと引っ張った。


「逃げようったって、そうはいかないよ。騎士様方があんたを見張ってるんだからね。悪あがきしてもむださ。さあ、来るんだよ!」


 痛いほど引っぱられて姫君は諦め、大人しくメイドの後について部屋に入った。壁一面の棚に衣服が詰め込まれている。どうやら使用人たちの制服を管理している部屋のようだ。

 メイドは無言で積み重なった服の中から一枚のシャツとスカートを引っ張り出して姫君の足元に放って寄こした。


「さっさと着替えな」


 姫君は拾い上げた衣服を両手で広げて観察した。ブラウスもスカートも焦げ茶に染めてある、かなり厚手の木綿生地だ。ブラウスのボタンは木製で大きく、姫君のドレスについている貝や金属でできた繊細なものとは違い、頑丈そうだ。

 ボタンを触って研究しようとしたのだが、メイドがものすごい目で睨んでいることに気づき、慌てて着替えた。


 囚人用のごわごわした服に比べると、とても快適だった。くるぶしまで覆うドレスとは違い、スカート丈が足の見える長さしかないのが少し不安ではあったが、城外の女性の服装としては普通なのだろう。

 メイドが靴も投げてよこす。生まれて初めて裸足で歩き、足の裏を擦りむいていた姫君には、これほど嬉しいものはない。いそいそと足を入れてみる。少し大きかったがクッションがしっかりときいて足が楽になった。


「そのゴミみたいな服はあそこの屑箱に捨てな」


 姫君は指さされた箱に囚人服を入れ、メイドが無言のまま開けたドアをくぐる。


「まったく王様もお人が良いよ。服を与えて、お金を与えて、お付きの騎士様まで与えて。まるでお姫様待遇じゃないか」


 建物を出てもメイドはずっと文句を言い続けている。


「こんな娘、黒き魔女の手先に決まってるよ。黒き魔女と会って普通でいられる人間なんていやしないんだから。睨まれた者は、みーんな狂っちまうんだって、子どもでも知ってるよ」


 メイドから衛兵に引き渡された姫君が歩くと、皆がその姿を眉を顰めて見つめた。姫君はその視線を気にするでもなく、皆の様子を観察する。

 植込みの手入れをしている老庭師は、大きなハサミを持ったまま振りかえっている。その弟子らしい小さな男の子が駆け寄ってこようとして叱られた。


 城の裏手には食糧貯蔵庫や小さなハーブ園、表の城門を通ることができない身分の者のための三種類の門などがある。

 一つは中流貴族用の馬車がゆうゆうと通れる門。もう一つは荷馬車用のやや狭い門。最後の一つは罪人を裁判のために連れてくるための鉄鋲が打たれた暗い色をした木製の門だ。裁きの間で見た扉と似ている。

 姫君は世の中には皆に喜ばれない人間がいるということを初めて知った。厳めしい門は他人を拒絶する人の心のようだった。


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