お姫様は乗馬中2
ヨキが貸してくれた馬は四頭だったが、姫君は一人で乗馬できないので、またイザの馬に共に乗っていくことになった。
姫君を抱き上げて馬に乗せようとしているイザを、ノワールがじっと見ている。その視線に気づいた姫君が尋ねた。
「ノワール、なにを見ているの?」
「今度は俺がお姫様と馬に乗る」
イザが厳しい表情を見せた。
「初心者に共乗りは無理だ。大人しく一人で乗れ」
「馬は大丈夫だって言ってる。初心者二人でも無事に送り届けてくれるって」
イザは馬を見た。馬はもの言いたげにイザをじっと見つめ返した。目力だけで説得されかねないと、イザはさっと眼をそらした。
「馬を制するのは馬上の人間だ。馬になにかあった時に対応できなければどうしようもない」
反論しようとしたノワールより先にメルキゼデクが声を上げた。
「いや、なかなか良い案だ。これから向かう先は戦闘国家と言われるシャクティーキー。なにかあれば一番に動いてもらいたいのは、イザくんだ。彼女を乗せていては存分に動くことができないのではないかな」
「それは、一理ある。だが、二人を背に乗せた馬の手綱をノワールに任せるのは……」
「私が二頭とも手綱を取ろう。進みは遅くなるが、安全第一と考えるとそれがいいのではないだろうか」
イザはしばらく無言で考えてから、馬上の姫君を見上げた。
「君はどう思う?」
姫君はノワールの馬と目を合わせた。馬はぶるるといななく。
「私はあの馬の言葉を信じるわ」
「なんと言っているのだ」
「ノワールのことが大好きだから、絶対に守るって」
イザはなんとも言い様のない情けない顔をして、姫君を馬から下ろした。ノワールは上機嫌で姫君を馬上に引き上げる。
「よろしく、お姫様」
「よろしくね、ノワール」
仲睦まじく微笑みあう二人に背を向けて、イザが不機嫌な低い声で「出発する」と宣言した。
ハギルからシャクティーキーへは整備された道は通じていない。もとは立派な石畳の道があったのだが、シャクティーキーが脅威的な存在になったと判断したヨキが破壊し、石垣を築き塞いだと聞いた。
ヨキによると「道はポートモリスとの国境近くに住んでいるビャクシンに聞け、獣道を知っているだろう」ということだった。
「国境のビャクシンたちをメルキゼデクは知っているの?」
姫君が尋ねると、メルキゼデクは首を横に振った。
「定住するビャクシンはあまりいないので、いれば噂が広がろうものだが、聞いたことがない。なにかわけあって動けないのかもしれないね」
「そのわけが解決していたら、もういなくなっていたりするのかしら」
「可能性はある」
ノワールが姫君の肩にあずけていた頭を上げる。
「そしたら、どうやって道を探すんだ?」
「さて。その時はその時。変わらずいてくれることを祈ろう」
姫君は服の中に隠している黒い丸い石を押さえて、旅の無事を祈った。