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お姫様は提案中

「それでも、無理なものは無理なんだよ。やつらと会話してもだまされるだけさ」


「なら、私がだましてあげようか」


 コルバンが明るくいなないた。


「魔物をペットにしたいんでしょ、王様は。私を狩ろうとしたときも、決して弓を当てようとはしなかった。怪我をさせる気はなかったのよね、たぶん。大事にしてくれるなら、魔物のふりして側にいてやってもいいわ」


 思いがけない提案に姫君の顔に笑みが広がる。


「コルバン、本当に?」


「うん。私、鹿の仲間もいないから、どこに行くのも自由なのよね。でも、檻に入れたり、首に縄をつけたりしたら蹴りつけてやるからって、よーく王様に言ってよね」


「わかったわ。必ず、約束するわ」


「あ!」


 ハンナが突然、大きな声を出した。


「どうしたんだい、ハンナ」


 ハンナはそっとナーナから身を引いた。二人の間に薄い隙間が空く。


「ごめんなさい、おばあちゃん」


「なにを謝ってるんだい?」


「私、森におばあちゃんが住んでいるって話しちゃったの」


「この子たちに?」


「うん。だれにも言わないって約束したのに、ごめんなさい」


 小さく小さくなろうとしているかのように背中を丸めたハンナの頭に、ナーナはそっと手を置いた。


「ハンナは立派な薬師だ。助けが必要な人に、必要なものを渡してやれる。この子たちには、コルバンが必要だった。ここにたどり着くことが必要だったんだよ」


「じゃあ、私は話しても大丈夫だったの?」


「ああ。話すべき人を、ハンナは間違えなかったよ」


 パッと笑顔になったハンナは、ナーナに抱きついた。ナーナはハンナの頭を優しく撫でてやる。


「さあさあ、それじゃあ森の際まで送っていこう。早く行かないと、夜になってしまうよ」


 ナーナに急き立てられて一行は立ち上がった。


 よく眠っているメルキゼデクをイザが背負い、森の中を歩きだす。ハンナは片手でナーナの左手を、もう片手で姫君の右手を握って上機嫌で歩いくノワールとコルバンは並んでゆっくりとついていく。

 姫君は明るいハンナとは裏腹に考えに沈んでいたが、ふと顔を上げるとナーナに尋ねた。


「ナーナ、黒き魔女は黒き神のもとから来たのよね。そこに、人もいけるのかしら」


「おやおや。物騒なことを考えるねえ」


「私たちは黒き魔女を止めなければならない。でも、あまりにも黒き魔女のことを知らなさすぎると思うんです。彼女になにができるのか、彼女が魔力を取り戻したらどうなるのか」


 姫君はその未来を想像したのか暗く沈んだ表情になった。


「でも、黒き神のことを知ったら、そんなこともわかるかもしれない。黒き魔女を止める方法も見つかるかもしれないでしょう」


 ナーナは渋い顔で口を閉ざしてしまった。姫君がどう説得しようか考えていると、ノワールが口を開いた。


「俺は呪いを解きたい。その方法を黒き魔女以外に知ってるやつが、黒き神の世界とやらにいるんじゃないか?」


「呪いを解く方法か……。それなら黒き神のもとへ行かなくても、シャクティーキーに行けばいい」


 イザが驚いて立ち止まる。


「シャクティーキーのような危険な地に向かうなど、無理だ。軍隊でも動かさなければ近づくことさえできない」


 姫君が小首をかしげて尋ねる。


「イザはシャクティ―キーというところを知っているの?」


「まがまがしい古き神を信仰する者たちが集まって作った集落……。集落というより、規模にしたら一国に匹敵する軍事力を持っている。名前も忘れられた古き神を信仰しない者を、シャクティ―キーの民は無差別に襲うという話だ」


 ナーナが気楽な世間話でもしている様子で頷く。


「その、名前を忘れられた神というのが、黒き神さ。シャクティ―キーに住まうやつらが、最も黒き神のことに詳しいだろうね」


 姫君はしっかりとした視線をナーナに向けた。


「行きます。そこで呪いについて教えてもらって来ます」


 イザが静かな声音で言う。


「無理だ。シャクティ―キーの民は残忍で、なおかつ手練れの兵を持っている。見つかれば、ただではすまない」


「見つからなければいいのじゃない?」


「軍隊にも匹敵する歩哨を置いているという話だ。どうやっても侵入は難しいと」


 ナーナがポケットからいくつかのものを掴みだした。それを両手でごそごそと漁って、一つのものを姫君に差し出した。


「これを持ってお行き」


 姫君に黒く丸い石を手渡す。一か所に穴が開けられ、長い黒紐が通してある。手に持つとずしりと重かった。


「シャクティーキーの証だよ。首から下げてごらん。そう」


 姫君が言われた通り首に黒い石を下げると、ちょうど胸の真ん中に石が収まった。丸みが人間の体に吸い付くようにできているのか、収まりがいい。重さが嘘のように消え、ただ、紐だけを首にかけているような不思議な感触だった。


「人数分はないがね、シャクティーキーに入りたい者を紹介しに来たと言えば、まあ、通ることはできるだろう。その後は口八丁でなんとかするしかないねえ」


「口八丁。嘘をつくということですか?」


 姫君の真っ直ぐな視線は、そんなことは自分にはできないという不安に揺れていた。ナーナは笑ってその瞳を見つめる。


「嘘なんかつく必要はないさ。沈黙を守る。あんたなら、それだけでいい」


 それがなんのことかわからなかったが、姫君は沈黙の練習として黙って頷いた。


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