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お姫様は戦闘中2

 先ほどよりずっと低い声で白い獣は鳴いた。


「おお、お前は話が好きか? さあ、話をしよう。話をしよう」


 魔物は獣の方に首を回して姫君たちから注意がそれた。その隙にノワールがメルキゼデクを肩にかつぎあげて木陰に隠れる。イザも姫君とハンナを連れてもっと離れようとしたのだが、姫君は動かない。


「私が話さないと。あの子が捕まってしまう」


「だめだ。せっかく魔物の気がそれたんだ。今のうちに隠れて対策を練るべきだ」


「あの子は、私たちのために囮になってくれたの。それを捨ててはいけないわ」


 イザは騎士として、身を挺して助けようとしてくれている獣に加勢するか、自分たちの無事を優先するか迷った。

 その時、魔物はひづめを打ち鳴らし、獣に飛びかかった。ノワールが黒い靄を吐き出して魔物の視界を奪う。隙をついて獣はひらりと身をかわした。

 魔物は木にぶつかり、止まった。蛇の頭を振って靄を払う。


「……話をしようか。話を……。話は嫌いか。話は……、それなら、追いかけっこをしよう」


 魔物は縮んでいく靄を視線で追い、ノワールを見つけた。そちらに向かって駆け出そうとした後ろ足に、忍び寄っていたイザが短剣を突き刺す。

 ノワールの方に集中していた蛇の頭がぐるりと後ろを向き、イザに襲いかかった。


「止まれ!」


 雷が落ちたかと思うほどの轟音。びりびりと空気を震わす音が声だと気づくまでに、数瞬の時を要した。


「止まれ、レビヤタン」


 魔物の動きがピタリと止まる。


「己のいるべき場所へ帰れ、レビヤタン」


 見えないなにかに縛り上げられたかのように、魔物はギリギリと身を縮めた。極限まで縮まった胴体が伸びるかと見えたとたん、魔物の姿は消えた。後には痛いほどの静寂が広がる。


「大丈夫かい、ハンナ」


 静寂の中に深く響く声がした。白い獣の後方の木の陰から一人の老婆が姿を現した。


「おばあちゃん!」


 ハンナが駆けだして、老婆に抱きつく。


「おお、よしよし。怖かったねえ。よくがんばったね、えらいよ」


 泣きじゃくるハンナを抱きしめて背中を撫でてやりながら、老婆は「よしよし、えらいよ」と繰り返す。


 小柄な老婆だ。姫君の背丈の半分ほどしかないのではなかろうか。真っ白な長い髪を二つにわけて三つ編みにして垂らしている。ハギル独特の厚手の茶色の服と、黒い外套を身に着けている。大きな鷲鼻が顔の大部分であり、目も口も耳も小さい。


 先ほどの大きな低い声がこの老婆のものだとも思えなかったが、ハンナにかけている優しい声は確かに、先ほどと同じもののようにも聞こえる。


「おばあちゃあん、怖かった、怖かったの」


「大丈夫、ハンナはおばあちゃんが守ってあげるからね」


 ハンナが喋ることができるようになると、涙を拭いて鼻をかんでやりながら、老婆はメルキゼデクに、ほとんど閉じている目を向けた。


「おや、ビャクシンかね」


 魔物に吹き飛ばされた時にどこか傷めたらしいメルキゼデクは木にもたれたまま頷いた。


「こっちは……、まあいいか。とりあえず怪我人はビャクシンだけだね。治療しよう。うちへおいで」


 そう言って老婆はハンナの背中を優しく押して歩き始めた。

 ノワールとイザがメルキゼデクに肩を貸して、姫君が荷物を抱えて老婆について歩いていく。


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