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お姫様は出立中

「あなたたち、森に行くの?」


 囁き声に辺りを見回すと、一軒の小屋の陰に隠れるようにして十歳くらいの女の子が顔をのぞかせていた。おそるおそる話しかけている風情だが、瞳は好奇心で輝いている。


「ええ。これから行きたいのだけど、どこにあるかわからないの。あなた、知っている?」


「知ってるわ。私も連れて行ってくれるなら、教えてあげる」


 イザがすかさず口を出した。


「だめだ。危険なところなのだ。子供を連れてはいけない」


 少女はむうっと眉を顰める。


「じゃあ、教えてあげない」


 そう言って、ぷいっと視線をそらしてしまった。


「イザは女性の扱いが下手だよな」


 ノワールの言葉にイザはムッとして反論する。


「女性の扱いとは失礼な言い草だ。女性には礼節をもって接するのが当然で……」


「レディじゃなけりゃ、礼節もいらないんだよな」


「どんな女性でも変わりはない」


 ノワールはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「それなら、女性の話はきちんと聞くのが礼節に足る行動だと思うが、どうだろうな」


 イザは口ごもり、ノワールを睨んだが、ノワールはニヤニヤと笑い続ける。イザが視線を少女に向けると、少女はますます遠くを見やった。困り顔で少女に近づくと、イザは片膝を付いて目線を合わせた。


「先ほどはすまなかった。話を遮ってしまい、申し訳ない。だが、本当に危険なのだ。魔物が出るようなところに女性は連れていけない」


「あのお姉ちゃんは行くんでしょ」


 少女が姫君を指さす。姫君はこくりと頷いた。旅の仲間は少女を説得する味方にはなってくれない。イザは頭を抱えたくなるような気持ちで少女に真摯に話し続ける。


「彼女には、どうしても行かねばならない理由があるのだ」


「私にもあるもん」


「どんな理由だろうか」


 少女は急に涙目になってイザを見つめる。


「森にしかない薬草が必要なの。薬草がなかったら病気のお母さんが死んじゃう。もう今夜にも危ない状態なの」


 予期せぬ重い身の上話に、イザは怯み、メルキゼデクを振り仰いだ。


「メルキゼデク、あなたの医術でなんとかならないだろうか」


「薬もなにも持ってはいないよ。なにせ、突然、逃げ出してきたんだからね。この街の医術師に診てもらうのが一番だよ」


 少女は今度はメルキゼデクに訴える。


「医術師さんが、もうだめだって言ったの。魔物が森の表近くまで出てくるようになったからだれも薬草を取りに行けなくて。医術師さんも薬がなくてどうしようもないの」


 少女の目からは今にも涙が溢れそうだ。イザはぎゅっと唇を引き結んだ。


「わかった。一緒に行こう。君のことは私が守る」


 少女はぱっと笑顔になると、イザに抱きついた。


「嬉しい! 王子様みたい! すてき! じゃあ、ちょっと待っててね」


 少女はスカートをひるがえして小屋に駆け込んでいった。


「モテるじゃないか、イザ」


 ノワールに言われて、イザは困惑をあらわにした表情のまま立ち上がる。


「王子様みたいだなどと、恐れ多いことだ」


 イザと少女のやり取りを微笑まし気に眺めていた姫君は、イザが本気で困った様子なのを見て笑いがこみあがるのを必死でこらえた。


「お待たせ!」


 少女は大きなバスケットを抱えて戻ってきた。


「これいっぱいに薬草を摘まなくちゃ。さあ、行きましょ」


 右腕にバスケットをさげて、左手でイザの手をとり、少女は歩き出した。イザは戸惑いながらも引かれるままに進んでいく。姫君たちも後に続いた。


 少女は機嫌よくイザを見上げる。


「ねえ、あなた名前はなんていうの?」


「イザだ」


「イザ。私はハンナ。よろしくね!」


「ああ、よろしくお願いする。彼らを紹介しよう。髭の男性が……」


「そんなことより、イザ! イザってなにをしてる人? どうしてヨキ様の館に招かれたの? もしかしてお菓子屋さん?」


「お菓子屋? なぜそう思う?」


「だって、ヨキ様は駄菓子がお好きなの。いつも私達にもくださるのよ。とっても優しいの」


「残念ながら、私はお菓子屋ではない」


「待って、当ててみせるわ。そうねー、じゃあねー、木こりさん?」


「違う」


「そう、じゃあ、医術師……、じゃなさそうね」


「違う」


「じゃあねえ……」


 正解が出そうにない無邪気な問答を見ながら、姫君はメルキゼデクに尋ねた。


「駄菓子というのは、あの方が下さった甘い飲み物のことかしら」


「そうそう。それだけじゃないがね。子供でも買える安価な菓子のことを駄菓子と呼ぶんだよ」


「私は食べたことがなかったわ」


「王侯貴族は普通は食べるまいよ」


「では、ヨキは普通ではないのかしら」


「変わり者だろうねえ」


 姫君は深く頷く。


「普通でないのなら、私と同じね」


「お姫様みたいに呪われてはいないけどね」


 ノワールが口を尖らせて言った。


「どうしたの、ノワール。ごきげんななめ?」


 猫をあやすような口ぶりの姫君に、ノワールの頬がゆるむ。


「ごきげんはいいよ。お姫様と一緒に歩けるからね。ただ、あのヨキって王様をあんまり信用しない方がいい」


「どうして?」


 ノワールは少し考えてメルキゼデクを見た。


「俺には勘だとしか言えないけど、メルキゼデクはどう思った?」


 メルキゼデクは三つ編みの白髭を撫でながらニコニコと笑う。


「あれだけ若くして近隣諸国から恐れられる王なのだから、少しばかり変わっていてもおかしくはないだろうね。それより、ノワールくんの心配はお姫様を気に入ったという王の言葉……」


「し、知らないよ! そんなこと関係ないね!」


 真っ赤になったノワールを放っておいて、メルキゼデクは姫君に向き直る。


「確かに、少し用心した方がいい人物だとは思ったね。はたして素直に約束を守ってくれるのかどうか」


 姫君は首をかしげて考えてみた。魔物を手なずけることができたとして、その魔物だけを取り上げられて姫君たちは丸裸で追い出される。そんなことがないとは言いきれない。


 姫君は、城にいる時には人から裏切られることがあるのだとは考えたこともなかった。だが今は、人は怨みを抱く暗い心や、人を傷つけても得をしたいと思う欲望などを持っていることを知っている。

 ヨキには一見、そのような負のイメージはないようにも思えた。しかし、どこか貪欲さと抜け目のなさがあることも事実だ。


 だが、彼が言った戦士という言葉は、ある種の誇りが彼の中に存在することを姫君に感じさせた。


「考えていても仕方ないわ。やってみなければわからない。約束を守ってもらえなかったら、その時はその時でなんとかしましょう」


 メルキゼデクは目を細めて弟子のミーアを見るような視線を姫君に向けた。


「臨機応変。それこそ人生を身軽に生きるための秘術だねえ」


 姫君は楽しそうに微笑んで軽やかに歩いていく。


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