お姫様は赤面中
「魔物を説得できるか」
「やります」
イザとノワールがなにか言おうとしているのをメルキゼデクがそっと押しとどめた。
「話ができるのなら、必ず心は通じます。私は黒き魔女を止めるためなら、なんでもします」
姫君のきっぱりとした言葉に、ヨキは満足げに頷いた。
「なかなかいい目をしてるじゃないか。気合いの入った女は嫌いじゃない。まあ、死なずに帰ってこいよ」
ヨキは手を振り、出ていくようにと言外に示し、もう姫君には注意も払わない。老爺が魔物についてヨキを叱りだしたので、手持ち無沙汰な姫君達は建物から外へ出た。
「なんなんだ、この国の王様は。変なやつ」
ノワールが館を振り返りながら呟く。イザも同意して頷いた。
「礼儀のなっていない男だ。この国の国民は苦労するのではないだろうか」
「お姫様、飲み物かぶっちゃったけど、大丈夫だった?」
「平気よ」
姫君の顔を覗きこむノワールに頷いてみせて、姫君は歩き出した。後について歩きながらメルキゼデクが言う。
「本当に魔物とおしゃべりしにいくのかな?」
「ええ。そうしないと戦争を止めることはできないわ。黒き魔女を止めるより先に、ポートモリスを止めなくては」
ノワールがぶらぶらと歩きながらイザに尋ねる。
「ポートモリスの兵士がさ、アスレイトから宣戦布告があったって言ってたけど、アスレイトって戦争できるくらい強いの?」
イザは一瞬、むっとした顔をしたが、すぐに視線をそらして小声で答えた。
「正直なところ、ポートモリス軍に戦をしかけるような軍事力はわが国にはない。そもそも国王陛下は戦などを好むお方ではない。宣戦布告など、なにかの間違いだ」
「酒場で聞いた噂だがね。アスレイトの兵士が一個小隊、お城へあがっていったそうだよ。なんでもアスレイトがポートモリスに奇襲をかけようとしているのを知らせに来たと」
メルキゼデクの話にノワールは呆れた様子で「なんだそりゃ」と呟く。
「アスレイトが奇襲だなどと! それこそありえない。わが軍はそのような汚いことはしない!」
ノワールが呆れ顔でイザに言う。
「いや、問題はそこじゃないだろ、イザ。奇襲をかけようとしてる国から兵士がやって来て『奇襲をかけますよ』なんて言ってるのが変だっていうの」
「あ」
姫君が立ち止まって振り返った。
「隊長様ではないかしら、封印の塔でお別れしてしまった。あの方たちはポートモリスに向かったのですもの。もし、黒き魔女がおかしなことを言うように仕向ければ」
イザがぎゅっと眉根を寄せた厳しい顔になる。
「黒き魔女め……、騎士の忠誠を弄び祖国に弓引くような行為を強いるなどとは、決して許せない」
「隊長様たちは、どうなさっているのかしら。ポートモリス軍にくわわったのかしら」
メルキゼデクに尋ねると、三つ編みにした白髭を振ってみせながら答える。
「捕虜にされたらしいね。どこかに閉じ込められているのだろう」
「牢かしら」
「さあて。黒き魔女の口利きで、ある程度の居室はもらえているかもしれぬが」
「黒き魔女にそんな親切心があるとは思えないね。早く助けてやらないと、戦争に利用されるんじゃない?」
ノワールの言葉に、さらに危機感を覚えた姫君は早足になる。
「急ぎましょう。不浄の森へ」
「お姫様」
「なに、ノワール」
振り返った姫君にノワールは困ったような笑顔を向けた。
「不浄の森ってどこにあるか、知ってる?」
「……知らないわ」
何度目かの同じ失敗に、姫君は赤くなり、顔を伏せた。