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お姫様は聴聞中

 目を丸くしている姫君に、ヨキは手を振って「座れ」と指示した。だが部屋の中に、イスはヨキのもの一つしかない。姫君は小首をかしげて考えてから床に座り込んだ。ヨキは楽し気にそれを眺める。


「黒き魔女の年齢がいくつだと思っているんだ。魔女が子をなしたのは何百年も昔のことだ」


「ですが、黒き魔女はとても若いように見えました」


 ヨキは片眉を上げて姫君に聞く。


「黒き魔女に会ったのか」


「はい」


「それなのに生きているのか」


「黒き魔女は、人を殺すなどという野蛮なことはしないと言いました」


 眉間にしわを寄せたヨキが部屋のすみにいる兵士に「ジジイを呼べ」と命じ、兵士は建物から出ていった。


 姫君は手に持ったままのカップを床に置くと、つくづくとヨキを観察した。年齢は姫君やイザより十歳ほど上だろう。

 戦士かそれ以外しかこの国にはいないと言ったが、ヨキは確実に戦士だった。大柄な肉体は鍛えあげられていることが一目でわかる。動くための筋肉だけでできたとわかる俊敏さがある。細く鋭い目で睨まれれば身動きできなくなる者も多いだろう。

 ヨキは姫君に見られていることなど意に介さず、退屈そうに宙を見ている。


「ヨキ様、お呼びですか」


 兵士が開けた扉を抜けて老爺が入ってきた。骨と皮だけで肉はないのではないかと思うほどやせ細り、頭髪もなく、分厚い布の中にくるまった枯れ木のようにも見える。

 老爺は姫君たちには目もくれず、ヨキの側に歩み寄った。


「呼んだから来たのだろう」


「まあ、そうとも言えますな。ですが、その前にわしは宅を出ておりましたぞ」


 ヨキは、すうっと老爺から視線をそらした。老爺はその視線を追うように移動した。ヨキはまた視線を移す。


「また魔物を狩ろうとなさったそうですな。やつらは放っておくのが一番と何度申し上げればおわかりいただけるのか。今や魔物は力を失い……」


「黒き魔女が現れたそうだ」


 椅子に深く沈みこんでくつろいだ様子のヨキの言葉に、老爺は目を見開いた。


「今、なんと?」


「詳しいことは、そこの女に聞けばいい」


 老爺はぐるりと目玉を動かして姫君を見た。外見だけでなく心の底まで見透かされそうなきつい視線だった。


「なにを知っている?」


「黒き魔女は私に呪いをかけました。私は名前をなくし、このノワールは猫から人間にされました。他にも多くの人が呪われて自分を失っています」


「それは間違いなく黒き魔女だったのか?」


「封印の塔はからっぽで、姿を消していた黒き魔女は戻ってきて、私と、このイザを塔に封じ込めました」


 老爺はじろりと一同を睨み据えた。


「それで、なぜ呪われし者がここにいる」


 メルキゼデクが進み出て答える。


「ハギルの王に危急の事態をお知らせにまいりました」


 ヨキが姿勢を変えてメルキゼデクに向き合う。


「危急の事態とは?」


「黒き魔女の策略でアスレイトとポートモリスの間で戦争が起きようとしています」


「ハッ」


 ヨキはさも楽しそうに笑う。


「それは好都合だ。両国が疲弊したところに兵を出せば、労せずして両国とも手中に収められるじゃないか。素晴らしい知らせだ。礼を言おう」


「黒き魔女がしかけた争いです。狙いは魔女自身が魔力を取り戻すこと」


 ぴくりとヨキの眉が動いた。


「黒き魔女が魔力を得れば、この世に暗黒が戻ってくるでしょう。魔女の子孫とおっしゃるなら、詳しいのではないですかな。魔の国について」


 ヨキは怪訝な表情で隣に立つ老爺を見上げる。


「なんだ、魔の国とは」


 老爺はあらぬ方を見てとぼけた声を出す。


「さて。なんでしたかのう。年寄ると、なにもかも忘れますでのう」


 ヨキは小さく舌打ちする。


「ビャクシン。魔の国とは?」


 ヨキに促されてメルキゼデクは言葉を継ぐ。


「黒き魔女の祖国、魔物の生まれし荒野です。すべての悪しきものがそこから生まれ、またこの世の悪はそこへ返ると言われております」


「それはおとぎ話のたぐいだな。ごまかさず本当のことを言え」


 メルキゼデクを強い視線で睨みながら、ヨキはイスに深く腰掛け足を組んだ。尊大な態度にも見えるが、ヨキが持つ知性が彼を優雅な貴公子のようにも見せていた。


「少々、うかがってもよろしいでしょうかな」


 メルキゼデクの言葉を厭うこともなく、ヨキは先を促す。


「なんだ」


「この国には不浄の森と呼ばれる場所があるとか」


 ヨキはメルキゼデクを鼻で笑う。


「不浄、よその国ではそう言うのか。あれは宝の森だ」


 老爺がヨキを叱責する。


「ヨキ様! またそのような世迷言をおっしゃいますか! 魔物がもたらすのは破壊と恐怖のみですぞ」


「破壊、恐怖、そんなものはどこにでもある。動物にとっては人間も魔物と同じく脅威だろう、矢を向けられれば逃げまどう」


 ヨキの言葉に老爺は黙り込む。


「だが、その破壊と恐怖を人間が動物に向けなければどうだ。恐怖の代わりに愛情を注いでやれば動物は人間に富をもたらす」


「魔物を馴らすことなど出来ませぬ! なんど言ったらおわかりか!」


 ヨキはうんざりだということを表情で示してから、メルキゼデクに問う。


「で? 不浄の森がどうしたって?」


「魔の国の入り口が、不浄の森であるやもしれぬと申し上げたかったのです。魔の国は魔女たちの住処。魔力に満ち溢れた場所です」


 メルキゼデクの言葉にヨキが目を細めて笑う。


「本当なら宝の山が我が国にあるようなものだ。黒き魔女の魔力などより、よっぽど強大な力が手に入るんじゃないか」


 老爺がまた小言を繰りだそうとしたのをヨキが手を上げて遮る。


「ビャクシン。お前たちはアスレイトとポートモリスの戦争を止めてほしいと願い出るつもりだろうが、俺はそんなことに興味はない。だが、ひとつ提案がある」


 身を乗りだすようにして、ヨキは機嫌よさげに微笑みかけた。


「魔物を手なずけてみせろ。そうすればハギルは兵を出そう。黒き魔女が加担している国を止めようじゃないか。どうだ、魔物の言葉がわかる娘」


 姫君は呼ばれて真っ直ぐにヨキを見つめた。


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