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お姫様はおやつ中

 青年が言った館というのは、木造の武骨な建物だった。屋根が大きく、高々と尖るような鋭角をしている。窓は小さく、壁はずいぶん厚そうだ。姫君たちがたどり着いた時にはすでに青年は館の中に入ってしまったのか、姿が見えなかった。

 館と言われる大きな建物の周囲には同じような作りの、やや小ぶりな建物が何棟も立っているが、人影は少なく閑散としている。


 兵士に連れられて館に入ると、外観からは想像できないほど明るく広かった。屋根が高いために実際の床面積よりも広々と感じるようだ。

 部屋の中央に炉が切られており、火がたかれている。その炎を、壁に何枚もかけられた鏡が反射しているためにとても明るい。

 炎を挟んだ部屋の向こう、大きな皮張りの肘掛椅子に青年が腰かけていた。姫君たちが入っていっても手にしたカップの中の飲み物から目を上げようとはしない。

 姫君たちを連れてきた兵士もなにも言わず、黙って立っている。

 青年は唐突に深いため息をついた。


「またハズレだ」


 兵士は黙って頭を下げた。頷く代わりなのだろう。


「ハズレとは、なんのことでしょうか」


 姫君はカップの中を覗いてみたくてうずうずしながら聞いてみた。


「これだ」


 青年は側に置いてある箱の中から小さな紙包みを取り出すと、立ち上がり近づいてきた。そのあまりにも気さくな雰囲気に、姫君は青年が長年の友人ででもあったかのような感覚を抱いた。


「買い占めたのだが、当たらない」


 青年が見せたのは子ども向けの駄菓子だった。姫君は初めて見るその包みがなにかわからず首をかしげた。


「そうか、知らぬか。こうやって遊ぶものだ」


 青年は手にしたカップに紙包みの中の黒い塊を入れた。塊が溶けていき、もともと入っていた黒い液体がより一層黒く染まる。ぷくぷくと小さな泡を作りながら溶けきって、甘い匂いが立ちのぼった。青年はまたため息を吐く。


「またハズレだ。俺は子どもの頃から一度も当たったことがない。飲むか?」


 青年はカップをひょいと持ち上げて姫君に尋ねた。


「よろしいのですか?」


「ああ。俺はもう飲み飽きた」


 青年は兵士に「ほどいてやれ」と命じて、自由になった姫君にカップを手渡した。姫君は臭いを嗅いでみてから口をつけた。


「甘い……!」


 歯が溶けるかと思うほどに甘いが、どこか香ばしさもあり、美味しい飲み物だった。


「美味しいです」


 青年は笑顔で頷く。


「お前たちも飲むか」


 兵士に手ぶりでロープをほどくように指示を出してから、駄菓子が入った箱を持ってきた。

「好きなものを選べ。当たりが出たら望みを聞いてやらんでもない」


 イザもノワールも警戒して動かなかったが、メルキゼデクは「ではでは」と言って、ひょいと手を出した。

 青年は部屋の奥の戸棚からカップを取り出し、炉にかけてあるケトルから湯を注いで持ってきた。メルキゼデクは深く頭を下げて受け取ると、紙包みの中身を湯に入れた。泡が立つだけで、姫君の飲み物と何も変わらない。


「お前たちも好きなものを選べ」


 青年に言われてイザはメルキゼデクを眺めた。メルキゼデクは口髭を黒く汚しながら飲み物を楽しんでいる。戸惑いながら紙包みを取ったイザとノワールにもカップが渡された。

 ノワールが紙包みの中身をカップに開けると、中から白い球が現れた。それは水分を吸って大きく膨らむ。カップから半分ほど飛び出して白い球は膨らむのをやめた。


「おお! 当たったな」


 ノワールは今にもカップを放り出しそうなほど、臭いに顔をしかめている。


「なんだよ、この臭い。気持ち悪い」


「ハハ、お前は甘いものがダメなのか。もったいない。当たりは素晴らしく美味しいと聞くぞ。食べてみないのか」


 青年に聞かれてノワールは両手を遠くに突き出して臭いを避けながら首を横に振った。


「じゃあ、捨てるか」


 残念そうな青年に姫君が言う。


「私、食べてみたいです」


「おお、そうか」


 青年は嬉しそうにノワールの手からカップを取り上げると、姫君が持っているものと取り換えた。


「どうぞ」


 いやに丁寧な口調ですすめる青年からカップを受けとり、白い球に口をつける。途端に球はパンと高い音をたてて弾けた。姫君は頭から黒い液体をかぶり、驚きの余り動けなくなってしまった。


「ハッハハハハハ! 引っかかったな!」


 青年は腹を抱えてゲラゲラ笑う。ノワールは姫君に飛びつき、青年から引きはがす。メルキゼデクが手巾で姫君を拭いてやった。イザが一歩進み出て青年を叱りつける。


「女性に恥をかかせて笑うとはなにごとだ! 礼儀を知らないのか!」


 青年はニヤニヤ笑いながらイザをじろりと眺める。


「お前、そんな恰好をしているがハギルの者ではないな。ビャクシンでもない。騎士だな? どこの国だ?」


 イザは黙り込んで青年を睨む。青年は機嫌よさげに、イザのきつい視線を受け止める。


「そうか、礼儀正しくせねばな。名前を問う時は自らが名乗らねば」


 青年は背筋を伸ばすと、深々と頭を下げた。そばにいた兵士があわてて揃って頭を下げる。


「ハギルの王、ヨキでございます、騎士殿。お見知りおきください」


 ぎょっとしたイザはアスレイトの騎士流の最敬礼を返した。


「知らぬこととはいえ、ご無礼いたしました。私はアスレイト王国親衛隊所属……」


「お前は馬鹿だな」


 顔を上げたヨキは、先ほどまでの親密さが嘘のように冷たく言い放った。


「俺が正直に名乗っていると思ったのか。たとえそうだとしても、今ここで身分をさらけだすのは危険だということくらい考えつかなかったのか」


 イザがなにか口にする前に姫君が言う。


「馬鹿ではありません。イザはいつでも正直で礼儀正しいのです。それが騎士というもの。あなたも王であるとおっしゃるのであればご存じのはず」


 ヨキは片頬を上げて皮肉を込めて笑ってみせる。


「我が国に騎士などという生白いものはいない。いるのは戦士か、それ以外かだ。ところで、じい様はビャクシンだそうだな。そこのお前は何者だ」


 ヨキはノワールを顎で指す。


「猫だ」


「なるほど」


 軽い相槌が返ってきたことに驚いてノワールは目を丸くする。


「信じるのか?」


「そんな猫の目をした人間はいないだろう。どうせ黒き魔女に呪われたのだろう」


 ノワールは髪の毛を逆立てそうなほど警戒心をあらわにして姫君の前に立ちふさがる。


「なんでそんなことが分かる! お前、黒き魔女のことを知っているな!」


「ああ。知ってるさ、もちろん。なにせ、黒き魔女は俺の祖先だからな」


 ヨキはさも楽しそうに笑うと、ひじ掛け椅子に戻っていった。


「あなたは黒き魔女の子どもなのですか?」


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