お姫様は連行中
「お前たちはそのまま動かぬように」
兵士はメルキゼデクの両手を背に回させると、ロープで手早く縛り上げた。後の三人は放っておいて見張るだけだ。
もう一人の兵士が消えた方角から人声が聞こえてきた。
「獲物はどこへ行った?」
青年のものらしい凛と通る声だ。兵士は慌てた様子で馬をどけて道を開けた。姿を現したのは黒馬にまたがった堂々とした体躯の青年だった。髪を短く刈り込んでいて、浅黒い肌と相まって、一見、粗野にも見えるが、黒い瞳は知性にあふれている。青年は無造作に姫君たちの方に馬を進める。兵士が慌てて側に駆け寄った。
「その者たちの詮議はすんでおりません、武器を持っているやもしれません」
「かまわん。下がっていろ」
青年は四人を見下ろしてじっくりと観察してからメルキゼデクに尋ねた。
「森番より先にここにいたらしいな。獲物はどこへ行った? 猟犬はなぜここにとどまっている」
メルキゼデクは後ろ手に縛られたまま、深々と頭を下げた。
「はい、不思議な白い獣はここから北の方へ駆けていきました。この犬たちは私どもを見つけて怪しみ、ここにとどまりました」
青年は声を上げて馬鹿にしたように笑った。
「犬が怪しみとどまったとは、まるで犬の気持ちがわかるような言い様じゃないか」
「わかります。私が犬たちにここにとどまるようにお願いしたのです」
姫君が毅然と胸を張って言う。青年は姫君に視線を移し、鼻で笑った。
「犬の言葉がわかるというのか。では、その白犬がなんと言っているか、言ってみろ」
白犬は黙って息をしているだけで言葉を発してはいない。姫君は犬に「なにか話してみて」と言ってみた。
白犬は森番を見上げてクーンと鳴いた。姫君はその言葉を翻訳して聞かせる。
「この女は怪しい、と言いました」
青年は声を上げて笑った。腹をかかえて長いこと笑い続ける青年を、姫君は不思議そうに見つめる。
「自分で自分を怪しいと言うか。なかなか素直じゃないか」
青年はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それなら、俺の獲物がなんと言っていたかもわかるのか?」
「私は魔物じゃない。そう言いました」
青年の笑いがすっと消えた。
「女、なにものだ。あの獣のことをなにか知っているのか」
姫君は真っ直ぐに青年に向かう。
「私はなにも知りません。彼女の言葉を聞いただけです」
「彼女、あの獣は雌だったのか?」
「はい」
青年は顎に手を当ててしばらく考えると、メルキゼデクに向かって言った。
「なにが目的でここに来た」
メルキゼデクが答えるより早く姫君が口を開く。
「黒き魔女を追ってきました」
「黒き魔女だと?」
青年の表情が険しいものに変わる。
「お前たちは、いったい何者だ」
メルキゼデクが姫君の前に割りこみ、頭を下げる。
「この娘が無礼な口をきき申し訳ありません、私どもは……」
「そこの娘に聞いている」
青年は弓に矢をつがえて姫君に向けた。イザが駆けだし姫君に近づこうとするのを、兵士が捕まえ地面に取り押さえた。
「娘、答えろ」
ノワールが飛び出しそうな気配を感じて、それを手で制してから姫君は答えた。
「私は何者でもありません」
意外な返事に、青年は動きを止めた。
「私は黒き魔女の呪いにあい、名前を取られてしまいました。みんなが私のことを忘れ、私自身も私のことを知りません。だから黒き魔女を探しています。私を取り返すために」
「にわかには信じられんな」
そう言いながらも青年は弓を下ろした。
「全員取り押さえろ。館に連れていく」
青年は馬を返すと森を抜けていった。姫君たちはロープをかけられ、兵士たちに引きずられるようにして青年の後を追った。