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お姫様は逃亡中2

 イザとメルキゼデクが追い付いてきたころには、きな臭さが漂いだしていた。姿を消していたミーアが戻ってきて「います」と短くメルキゼデクに報告する。


「火は?」


「広がっています。大樹は燃やさないように大気の精霊と契約済です」


「えらいぞ」


 メルキゼデクに頭を撫でられ、ミーアは嬉しそうに目を細めた。


「では、行きましょうかの」


 繁みを掻き分けて歩き出したメルキゼデクの背中にイザが呼びかける。


「行くとは、どこへ?」


「東、鳥はそう言っていたのでしょう。そちらへ行き、炎を避けましょう」


 一行は土地勘のあるメルキゼデクに続いて足音を忍ばせて進んだ。しばらくすると背後から炎が燃える音と、煙の臭いが追い付いてきた。ミーアが立ち止まり、大樹を見上げていることに気づき、イザが隣に立った。


「申し訳ない、私のせいで巻きこむことになってしまった」


 ミーアは硬い表情でイザを振り仰ぐ。


「大丈夫です。大樹は燃えません。私たちはいつでも戻って来られますから」


 無理して作った笑顔を浮かべるミーアに、先に歩いていっていた姫君が戻ってきて手を差し伸べる。


「ミーア」


 その柔らかさにすがりつくようにミーアは両手で姫君の手を握った。


 追手を警戒してイザが最後尾につき、足早に東に向かう。


「メルキゼデク、東にはなにがあるんだ?」


 ノワールが尋ねると、メルキゼデクはチラリと振り返り、押し黙ってしまった。


「なにか良くないことがあるのでしょうか」


 ミーアと手をつないで小走りについていく姫君の息は少しあがってきている。


「国境があるのだよ。鳥たちは空を飛んで超えていけるが、私たちは。さて、どうしたものかな」


「どうして鳥たちは東へ逃げたのでしょう」


「わからぬ。わからぬが、黒き魔女の力が鳥たちを恐れさせているのやもしれない」


 姫君は夜空を見上げた。炎に驚いた鳥たちが次々に飛び立ったようで、大群が遠く高いところを飛んでいく。国中の鳥がみんな逃げ出したのかと思うほどの数だ。

 そのものすごい羽音のおかげで、道沿いの建物から多くの人が出てきて空を見上げている。鳥を追うように東に向かう人も多い。身を隠さずに道を行っても安全そうだった。

 だが、メルキゼデクは道をそれ、民家の裏手へ回った。


「ダニエルさん、いるかね?」


 裏木戸を叩いて声をかけると、恐る恐るといった様子で戸が薄く開いた。その隙間からふっくらした中年の女性が顔をのぞかせた。メルキゼデクを見止めると勢いよくドアを開け、駆け出してきた。


「メルキゼデク先生! ああ、いったいどうなってるんですか、この大騒ぎはなんなんですか?」


 かなりおびえているらしい女性の腕を撫でてやりながら、メルキゼデクは落ち着いた声で手短に説明する。


「城から衛兵がやってきてね、家に火をかけられてしまったよ」


「そんな! 大丈夫なんですか?」


「もちろん、私もミーアもぴんぴんしているよ。ただ、ご主人と約束していた薬を用意できなかったんだがね」


「そんなこと、どうでもいいですよ。でも、なんだって兵隊が先生に逆らうんですか。先生は城付きの魔術師なのに」


 城付きという言葉を聞いて、イザの表情が硬くなった。追手と同じ、ポートモリスに忠実な人物なのではないかと警戒する。


「私はもう城付きではないんだよ。解雇されてね。なにやら新しく女の魔術師が雇われたとかで……、待てよ。まさか、女の魔術師とは」


 メルキゼデクは姫君と視線を合わせた。姫君は頷いてみせ、イザが答える。


「きっと黒き魔女だ。ヘンリー王子の馬車に乗っているのを見た」


 側で聞いていた女性が「ひっ!」と小さく叫んだ。


「黒き魔女! まさか、封印が解けたっていうの?」


 メルキゼデクは静かに頷く。


「この国に危機が迫っておる。戦争などしている場合じゃないのだ」


 女性は震えながらも頷くと、木戸を大きく開いて一行を室内に招いた。戸を入ってすぐの部屋は台所で、かまどや水甕があり、天井から干し果物や干し肉がぶらさがっている。

 台所を抜け、暖かな蝋燭の灯りに照らされた部屋に、街中で出会った中年の男性がいた。窓から外の様子をうかがっている。一行が入ってきた足音に振り向き、目を丸くした。


「先生、大人数で、まあ。まさかこの騒動に先生が関わってるんですか?」


「大当たりだ。ダニエルさん、ひとつ頼まれて欲しいんだが。この騎士さんに目立たない服を準備してもらえないだろうか」


 ダニエルはイザの姿をざっと観察すると、なにか納得したようで表情を引き締めた。


「ええ、お安い御用ですよ。ポートモリス風の服を、すぐに……」


「いや、ハギルの服があれば助かるのだが」


「ハギル? まさかハギルに行くつもりですか」


「そうなのだ。私たちは兵に追われていてね、ちょっと姿をくらましたいのだ」


「しかし、ハギルは国境を開いてはくれませんよ」


 メルキゼデクは秘密を教えるいたずらっこのように小さく笑ってダニエルの耳に口を近づけた。


「こっそり忍びこむよ。沼を抜けるつもりだ」


 ダニエルの顔が青ざめた。


「まさか、魔女の沼を……」


 顔色の悪いダニエルにメルキゼデクは明るく笑いかける。


「噂ほど悪いところじゃないんだよ。ただ少し、人の悪い魔女がいるだけでね」


 ダニエルはまだなにか言いたそうだったが、口をつぐんで奥の部屋に入っていった。ダニエルの妻も動きだし、台所で食料を布袋に包んでいる。


「申し訳ない、なにもかも世話になってしまって」


 イザが深々とメルキゼデクに頭を下げる。


「なんのなんの。黒き魔女のことを知らせてくれた使者を助けるのは当然のこと。この国の危機を知ることができて世話になっているのは私らのほうだ」


 ダニエルが何枚かの服をかかえて戻ってきて、イザに羊の毛で編まれた厚手の服を手渡した。


「隣の部屋で着替えてください。みなさんも、外套を持っていかないと、ハギルはまだ冬ですから」


 イザは着替えに行き、姫君たちはそれぞれ外套を受けとった。円形の皮に穴が開いているだけの簡単な作りだ。姫君は試しに穴に頭を入れてみた。身体がすっぽりと包まれてとても温かい。


 ダニエルの妻がいくつかの布袋をテーブルに乗せた。


「これを持っていってください。三日分くらいしかないけど、足りるかしら。ああ、水袋も二つしかないから、どうしよう。なにか代わりになるようなものは……」


「いやいや、奥方。これだけしていただいて、十分だよ。ありがとう」


 メルキゼデクは優しく微笑む。


 イザが戻ってきてダニエルに丁寧に頭をさげ、一行は裏木戸から外へ出た。鳥の群れは通り過ぎたようで、空は星が見えるほどにすっきりと晴れていた。それでもまだ街道のほうからは人声がする。


「先生、沼に行くなら馬道より獣道の方がいい。この季節ならまだ熊も出ないだろうから」


 ダニエルの助言に従って、メルキゼデクは建物の裏手から裏手と暗いところを辿りながら、街のはずれに向かい、城壁に近づいていく。


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