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お姫様は逃亡中

「まさか……。本当に君は姫君なのか? 私は……、いや、どうしても信じられない」


 イザは震える声で聞く。姫君はにっこりとイザに笑いかけた。


「いいの。呼び方なんてどうでもいいのよ。イザが私のことを忘れたのなら、新しく友だちになりましょう」


 姫君の明るさが真実を語っているなによりの証拠だと思えて、イザはうろたえた。


「君は、それでいいのか? 自分がなにものか、もっと強く訴えなくても」


「私は私なのよ。それ以上でもそれ以下でもない。そして、私はまだ私を探しているところ。だから、一緒に行ってくれる? 黒き魔女のところへ」


 彼女が姫君なのではないかとイザの理性は考えるのだが、どうしても納得することができない。本当に彼女を信用していいのだろうか、関わっていないで独自で姫君を探した方がいいのではないのか。

 様々に悩ましく黙り込んでいると、ノワールが大あくびをした。メルキゼデクがイザの肩を優しくたたく。


「とにかく今日は休みなさい。疲れていたら考えも回らない。ミーア、彼女をお部屋にご案内してあげなさい。イザくん、ノワールくん、どうぞこちらへ」


 メルキゼデクは二人を連れて洞の奥へ進んでいく。


「お姉様、こちらです」


 ミーアが嬉しそうに姫君の手を引く。洞の奥へ十歩ほど進み、明かりが届きにくくなったところで、ミーアは指先に灯りをともした。


「先ほどの魔法ね」


「これは魔法ではないんですよ、お姉様」


「では、なんと呼べばいいのかしら」


 小首をかしげた姫君を「かわいい……」と言ってしばらく見つめてから、ミーアは答えた。


「精霊術というのです。この世にあふれる精霊の力を借りて、人間の力ではできない様々なことを助けてもらうんです」


「では、今はどんな精霊の助けを借りているの?」


「闇の精霊です」


 お姫様はまた首をかしげる。


「光が灯っているのに、助けてくれているのは闇の精霊なの?」


「はい。闇の精霊に、少しだけ夜を間借りしているのです。この指先から距離をとってもらうようにお願いしたのですよ」


 姫君は感心してミーアの光る指先に触れた。心なしかひんやりと冷たいようだ。まるで指先から熱が逃げて行っているように感じる。


「もしかして、闇は暖かいものなのかしら」


 姫君の言葉に、ミーアは満面の笑みを浮かべた。


「すごい、お姉様! どうしてわかったんですか?」


 褒めてもらった姫君は、はにかんで笑う。


「夜、眠りに落ちる一瞬、その幸せな気持ちを思い出したの。あれが闇が持つ力なのかしら、と思って」


 ミーアはますます興奮した様子で、姫君の両手をとって元気よく何度も頷いた。


「そうなんです! 闇はけして怖いだけのものじゃないんです! 嬉しい、お姉さまがわかっていてくださって。ああ、もう、本当にどうしてお姉様はこんなに素敵なのかしら」


 そう言って抱きついたミーアは、メルキゼデクが戻ってくるまで姫君を離してくれなかった。




 空気を震わせる大音声に驚いて姫君は飛び起きた。どうやら何百羽もの鳥が一斉に飛び立ったようだった。鳥たちが口々に叫んでいる声が洞中に響く。


「逃げろ!」


「火が来るぞ!」


「逃げろ! 早く! 東へ!」


 姫君は急いで通路に飛び出した。洞の中はミーアの精霊術のおかげで仄明るい。イザとノワールが通路の奥から駆け寄ってきていた。


「大丈夫か?」


 問うイザに頷いて見せて、姫君は洞の出口に向かおうとした。が、そちらからメルキゼデクが足早にやって来た。


「兵が火をつけたようだ。アスレイト王国の騎士を捕虜にしたいのだろう」


「鳥たちが東へ逃げろと言っているわ」


 メルキゼデクが目を大きく開いた。


「鳥の言葉がわかるのかね」


「ええ。急いだほうが良さそう」


「師匠、裏の洞を開けました」


 通路の奥からミーアの声がして、一気に明るくなった。目がくらんで姫君は目をつぶり、よろめいた。


「お姫様、大丈夫?」


「ありがとう、ノワール」


 ノワールが、しっかりと姫君を抱きとめる。金の糸のように細くなった猫の目で通路の先を見据えて、ノワールは姫君の肩を抱いたまま急ぎ足に進みだした。

 通路は奥に行くほど狭くなっている。最奥には小柄なミーアでも身をかがめないと通れないような穴が開いていた。


「足元に気を付けて」


 先に外に出たミーアに続いてイザが穴をくぐり姫君の手を取る。洞の外に階段はなく、ミーアが木の幹の凹凸をうまく利用して這い下りているのが見えた。民家の二階程度の高さはある。

 イザが姫君の顔を覗きこんだ。


「下りられそうか」


「わからないわ。木登りの経験がないもの」


 困り顔の姫君を、ノワールがひょいと抱きかかえる。


「お姫様、しっかりつかまって」


 ノワールは一瞬の躊躇もなく、真下にある繁みにむかって飛び降りた。姫君はノワールの首にすがりついて声も出せない。

 姫君をかばいつつ繁みに突っ込んで小枝をクッションにしながら着地する。ノワールの腕の中で、姫君は鼓動が激しすぎて心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど動揺していた。


「歩ける?」


 尋ねられて姫君は黙ったまま何度も頷いた。ショックが大きく、口を引き結んだままだ。ノワールは姫君を安心させようと、微笑んで姫君の頬を撫でた。


「大丈夫。俺が守るから」


 姫君はノワールの金の瞳を見上げて、彼の手に自分の手をそっと重ねた。


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