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お姫様は討論中

「魔法というものを、見たことはあるかね。だれかが魔法を使うところを」


「黒き魔女が呪いをかけた時に初めて見ました」


 姫君の答えにイザとノワールも無言で同意する。メルキゼデクは指を一本立てると、その先に炎を燃やしてみせた。


「まあ、すごいわ」


 炎は勢いを増し、メルキゼデクの髭をチリチリと焼く。メルキゼデクは大きく口を開けて炎を飲み込んだ。


「じいさん! そんなもの飲んだら……!」


 驚いたノワールが叫び、イザは持っていた布巾を放り出しメルキゼデクに駆け寄る。


「大丈夫。今のはただの目くらまし、子どもだましだよ」


 ほっと息をついて姫君は尋ねる。


「それは、魔法ではないのですか?」


 メルキゼデクはゆっくりと首を横に振る。チリチリになったはずの髭は元の通り、白くきれいだ。


「練習すればだれでもできることだよ。いつか教えてあげよう。魔術師というと、みんなにはできない、特別なことができるのだと思われているね。空を飛ぶことができるとか、竜を作り出せるとか。そういったおとぎ話がたくさんある」


 姫君も幼いころから魔術師が大活躍するおとぎ話を何話も聞いて育ってきた。だが、城付きの魔術師が魔法を使うところは見たことがなかった。


「もしかしたら、この世界のどこかには、そういった研究をしている魔術師もいるかもしれん。だが多くの魔術師は、魔法は使わんのだよ」


「なぜですか?」


 メルキゼデクの目は孫を見つめる祖父のように優しい。


「魔法とは、人を殺めるための死の力だからだよ」


 姫君はぱちくりと瞬きをする。


「魔法を使った人が死んでしまうのでしょうか」


「そういった類の魔法もある。自分の命を賭して大勢の命を奪うものもね。だが大抵は自分は無事でいて、だれかを消し去るおぞましいものだよ」


 姫君は目の前の善良そうな老人がだれかを殺めるところを想像しようとしたが、どうにもイメージが湧かない。

 隣に座るミーアを見てみると、先ほどまでとはまったく違った厳しい顔つきでメルキゼデクを見つめている。一気に三十も四十も年を取ってしまったかのように、生きることに疲れ果てた老婆のようにも見えた。


「魔術師は仄暗いものを抱えた人間でなければ、なれないのだ。あるいは仄暗いものを持つものが、なんとかこの世界で生きていくためにかぶる仮面のようなもの」


 メルキゼデクはにこりと笑う。


「さて。そんな魔法を使うと、なにが起きるか。もちろん、魔法を受けたものは死んでしまう」


「でも、私は死にませんでした」


「俺もだ。ちょっと変化はあったけどな」


 姫君とノワールに頷きを返して、メルキゼデクは言葉を続けた。


「黒き魔女は人を殺さない。それが彼女のこだわりだ。しかし、彼女がしていることは、もっと冷たく残酷なことだよ。彼女は生き物の居場所を奪う」


「居場所?」


「暖かな家、抱きしめてくれる家族、信頼できる仲間。そういったものをすべて奪い去り、裸のまま世界に放り出すのだ」


 姫君は自分自身のことを考える。名前を失くしてから、城から出ねばならず、よく知っているはずの城のだれもが自分を信用してくれず、この世界のなにもかもわからないまま放り出された。


「そうして流浪する者になる。黒き魔女は人がもがき苦しむことを望むのだ。失くしたものを取り戻そうと自分を追ってくる者たちの愚かさを笑って楽しんでおるのだよ」


 ノワールが金色の目を細めて宙を睨む。


「なんだか腹立つな。なあ、もう黒き魔女なんか放っておかないか」


 イザはノワールに厳しい表情を見せる。


「なにを言うんだ。我々は姫君を救い出さねばならないのだ。そのためには彼女の記憶を取り戻すしか……」


「なにを救い出すと言ったのかな?」


 メルキゼデクがイザの言葉を遮って、耳に手を当てて尋ねた。イザは事情を説明するためメルキゼデクに向き合う。


「アスレイト王国に黒き魔女が現れ、アスレイトの姫君を攫っていったのだ。その際、黒き魔女の呪いを受けたこちらの女性が居合わせ……」


「彼女が姫君じゃないのかね?」


 またイザの言葉を邪魔して、メルキゼデクが尋ねた。イザは黙り込んで、メルキゼデクの言ったことをしばらく考えてから口を開いた。


「今、なんと?」


「名前を失くした彼女が、姫君なんじゃないのかね?」


 イザは眉根を寄せて、奇妙なものを見るような視線をメルキゼデクに向けた。


「私は幼いころから姫君を存じ上げているが、こちらの女性は姫君とは似ても似つかない……」


「しかし、ノワールくんは彼女のことをお姫様と呼んでいるようだが」


 ノワールはお茶をすすりながら「そうだよ」と軽く答える。


「お前、いつから彼女のことを『お姫様』と呼んでいた?」


「産まれた時からさ。猫だった時も、人間にされてからも、ずっとだ」


 厳しいイザの表情に困惑が混じる。


「いや、だが、私は姫君のことを」


 メルキゼデクがまたイザの言葉を遮る。


「イザくんが知っている姫君とは、どういう方なのかね。髪の色は? 目の色は? どんな声で、どんなことが好きなのかね?」


 そんなことは幼な友だちのイザには、わかりきったことだった。だが、いくら思い出そうとしても、姫君のぼんやりとしたイメージすら湧いてこない。姫君との思い出も、すっかり消えていた。


「名前を失くすとは、こういうことだよ。わかったかな」


 姫君は深く頷いた。


 呆然とするイザを放っておいて、ノワールが「お茶もっと飲みたい」とミーアにコップを突き出した。ミーアは先ほどの暗い表情が嘘だったかのような無邪気な笑顔でノワールにお茶を注いでやる。


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