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お姫様は思案中

 ポートモリス兵の追求からなんとか言い逃れた姫君たちは、それ以上目立たないようにと、北側の城壁から離れた。


「イザ、ノワール、行きましょう」


 姫君は南に向かってずんずん歩く。


「お姫様、行くって、どこへ?」


 ノワールが呼びかけても姫君は足を止めない。


「決まっているわ。黒き魔女のところ、ヘンリー王子様のところへよ」


「黒き魔女がどこへ行ったのか、お姫様は知ってるの?」


 姫君は、はたと立ち止まった。うなだれてゆっくりと振り返る。


「知らないわ。ああ、本当に私はだめ。なにも考えていないんだわ」


 悲し気な姫君にイザが優しい言葉をかける。


「呪いにかけられることなど人生にそうあることではない。うまく対処できずとも仕方のないことだ」


 自分が幼な友達だったということを忘れてしまっていても、イザが気遣ってくれたことが嬉しくて、姫君は小さく微笑んだ。やる気も少し回復したようで、再び道の先に視線を向けることができた。


「黒き魔女とヘンリー王子様がどこへ行ったのか、調べなくてはならないわね」


 姫君の視線の先を追って、イザは頷く。


「衛兵に聞けばすぐわかるのだろうが、もう私たちには情報をくれないだろう」


「それどころか、今度こそ捕まっちまうと思うぜ」


 ノワールがあくびしながら言う。


「今日は諦めないか。もう日も暮れる。あてどなく出発するには俺たちは疲れすぎだと思うね」


 ノワールを愛する馬が「ぶるる」と同意する。


「馬たちも、なにか食べないといけないわね。どこかで馬用の食料は買えるのかしら」


 姫君に聞かれて、イザは街の中心部に目をやる。


「宿屋に行けば馬を預かってくれるし、エサも準備があるだろう。我々も睡眠をとらなければならない、宿を探そう。それと、衛兵が言っていたこの国の危機のことも調べた方がいいだろう。黒き魔女のこと以外にこの国になにが起きているのか」


 イザの言葉に頷いて、姫君たちは大通りを進む。建物から漏れてくる明かりで街の様子を見ることができた。日が暮れて暗くなった通りに人気は少ない。石畳の道はところどころ欠けていて、整備が頻繁には行われていないことがわかる。建物もどこかすすけていて、街全体が物寂しい。店屋の看板を掲げているのに明かりのない建物も多い。


 姫君にとって街というものは王城を出る時に見たアスレイトの城下町と、このポートモリスの街並みだけだ。だが二つを比べても、ポートモリスは富栄えている国とは言えない気がした。街にも国にもいろいろな種類があるものだと感心する。

 馬を引いて先を歩くイザについていきながら、自国のことに思いを馳せていた姫君は、ふと思いつきノワールに尋ねた。


「ノワールはどうして私のことを忘れなかったのかしら」


「とつぜん、どうしたの」


 ノワールは並んで歩く姫君の顔を覗きこむ。金色の猫の瞳は夜明かりのもと、瞳孔が大きく丸く、昼間見るよりもかわいらしい。姫君はどこかホッとする気持ちを覚えながら、考えていることを話す。


「呪いと一口に言っても、いろいろ種類があるのだわ、と思ったの。私は名前を失くす呪い。ノワールは人間になってしまう呪い。ノワールの呪いに触れた人間は、逆に猫になったでしょう」


 ノワールは腕を組んで考え込む。


「そう言えば、俺が呪われた時。あの封印の塔で騎士たちは黒き魔女に従いたくなる魔法をかけられたんだよな。突然、人が変わったみたいにうつろな表情になって不気味だったよ」


「黒き魔女は魔法で他にもっとなにかできるのか、知っている人はいないかしら」


 姫君は小走りでイザに近づいて彼を見上げた。


「ねえ、イザ。黒き魔女のことに詳しい人に心当たりはない?」


 イザは首をひねり少し考えてから言った。


「退魔戦争で黒き魔女と戦った者であれば詳しくもあるだろう。国に戻れば心当たりは幾人もいるが、このポートモリスでは知り合いもいない。一度、国に戻り体勢を立て直すのがいいのかもしれない」


「そうなのね。あら、でも国境は封鎖されるって言われたわ。私たち、帰れるかしら」


「わからない……。ああ、宿がある。行こう」


 三階建てのレンガ造りの建物に宿屋であることを示す、丸い板に帽子の絵が描かれた看板がかかっている。

 その隣に、やはり木製の酒瓶を描いた看板も並んでいる。酒場も兼ねた宿屋であることがわかり、イザは軽く眉を顰めた。歩調もゆるんだため、いぶかしんだ姫君が尋ねる。


「どうしたの?」


「酒場に女性を入らせるのは気が引ける。他の宿を探した方がいいかもしれない」


「女性が入ると、なにか不都合があるのかしら」


 イザは完全に立ち止まり、姫君を観察するように見下ろした。夜目にもきらめく金色の髪も、暗闇にも染まらない白い肌も、愛らしい笑顔も、美しい顔立ちも、なにもかもが心配の元だった。


「酔客の姿は見せたいものではないし、女性には聞かせられないような猥雑な話も飛び交う。やはり、他をあたろう」


 宿を通り過ぎようとするイザの服の裾を、姫君が引っぱる。


「私はここがいいわ。どんなことも見聞きしてみたいの。街の外に貧しい人たちがいることを知らなかったように、私には知らないこと、知るべきことがたくさんあると思うの」


「しかし……」


 イザの言葉を遮ってノワールが後ろから姫君の耳をふさぐ。


「聞かせたくない話になったら、こうすりゃいいんじゃないか?」


 ふざけているのか真剣なのかわからないノワールの態度に、イザは眉根を寄せた。


「ずっとそうしているわけにはいかないだろう」


「じゃあ、私が自分で耳をふさぐわ」


 ノワールの手を押さえるようにして姫君は自分の耳をふさぐ。イザはあきれてため息をつく。


「そんなことをしても聞こえているではないか。まあ、いい。そう言うなら、ここにしよう。なにかあれば私が対処すればいいのだから」


 姫君は嬉しそうに笑って宿屋に足を向けた。


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