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お姫様は勉強中

 強盗たちが蓄えていた食料の中から分け前を少しもらい、酒の空き瓶に井戸水を汲んで馬の背に積み込む。イザとノワールが出発準備をしている間に、姫君は元強盗の猫達に近づいた。

 猫たちのために食べやすいように食料を床に置いてやってから、優しく話しかける。


「あなたたちも呪いにかかってしまって大変だと思うのだけど。今の私ではなにもしてあげられないの。黒き魔女の企みを止めたら、またここに来るから、その時まで待っていてくださいね」


 大小の猫たちは、お行儀よく座って黙っていた。


「お姫様、出発するってさ」


 ぶすくれたノワールに呼ばれて、姫君は外へ出る。


「どうしたの、ノワール。なにか怒っているの?」


「怒っちゃいないけどね。イザの強引さに、辟易はしてるね」


「強引さ?」


 二人が建物の裏手に回ると、すっかり準備をととのえた二頭の馬と、その手綱をとったイザが待ち構えていた。


「どうしたの、イザ。そんなに怖い顔をして」


 イザは眉間に皺が寄った不機嫌な表情で、姫君に頷いてみせ、ノワールに話しかけた。


「覚悟は決まったか」


 ノワールは無言で近づいていくと、イザから手綱をひったくった。身軽にひょいと馬の背中に飛び乗ると、ますますぶすくれてしまう。猫の姿だったら、せわしなく馬の背を尻尾で叩いているだろうと思われた。


「ノワールったら、馬が嫌いなのね」


「イザに強制的に乗せられなかったら、一生乗るつもりなんかなかったさ」


 ノワールの言いざまに馬が「ブルル」と声をあげた。


「まあ」


 ころころと笑いだした姫君に、イザが不思議そうに尋ねる。


「なにか、おかしなことがあっただろうか」


「この馬は猫が大好きだって。片思いで悲しいって言ったのよ」


「そうか。いつか思いあえるといいな」


 イザは馬の首を軽くたたいてやった。


 姫君を抱き上げて馬に乗せ、イザも軽やかに騎乗して、一行は出発した。

 乗馬が初めてなノワールには手綱さばきは無理なこと。ただ馬にまたがっているだけだ。

 そのため、ノワールを愛する馬が勝手にイザの馬の後をついていくといった状態なので、速駆けはできない。傍からは、ゆっくりと乗馬を楽しんでいるようにも見えるだろう。


 姫君はだんだんと気が焦ってくるのを感じた。

 ゆっくりと言っても、人が歩くスピードとは比べ物にならないほど速い。森や畑を横目に見ながらぐんぐんと進む。

 いくつかの村や町を通り過ぎる。だんだんと街の規模は大きくなり、国の中心部に近づいているのがわかった。

 途中で一度、休憩をとっただけで進み続け、夕日が赤く照るころにポートモリスの城壁に辿りついた。




 ポートモリスの王城には城壁が二つある。

 一つは王城のすぐ近く、城をぐるりと取り囲むもの。もう一つは城下町の真ん中で街を南北に二分するもの。


 北の山脈を天然の要塞として設計されたポートモリスの王都は、最北に王城を置き、南に向かうにしたがってどんどんと貧しい暮らしの者たちの住処に近づいていく。


 南からやってきた姫君は、まず最初に最貧民の暮らしを目の当たりにすることになった。

 道のわきに木の板を置いて角に棒を四本立て、その先にぼろ布を取り付け、雨よけにする。それがこの辺りの住民の典型的な住処だった。辺り一面、茶色く汚れた布が波のように広がっている。


 姫君はその不思議な風景のことをイザに尋ねてみた。


「ねえ、イザ。この人たちは、なぜ外で寝転んでいるの?」


 イザはしばらく口をつぐんだまま迷った様子を見せたが、貧民街を抜け、粗末ながらも屋根と壁のある民家が増えたころ、低い声でそっと呟いた。


「彼らは貧しく、家を持たない。仕事もないものが多いのだろう。なにもできることがなく、寝るしかないのだ」


「家を持たない? それで外で眠るの? 雨が降ったらどうするのかしら」


「そのために雨よけの布があっただろう」


 姫は驚きすぎて次の言葉がでてこなかった。薄っぺらな布たった一枚で、はたして雨がしのげるのだろうか。もし雪が降ったら、いや、冬の寒さをどうやって乗り切るのだろうか。

 考えこんでいると、イザが不思議そうに言う。


「本当に君はなにも知らないのだな。いったい、どういう場所で育ってきたら、そのようになるのだ」


 姫君はイザを見上げた。どういう場所と言われたら、あなたのすぐ側でと答えたかった。だが、その言葉は、もしかしたら間違いなのかもしれない。


 姫君はなにも知らない。一緒に育ってきたと思っていたイザは、様々なことを知っているというのに。

 城の中のことや騎士としての仕事以外にも、隣国の様子も、平民の暮らし方も、罪悪や貧困というものが世の中には存在するのだということも知っている。


 姫君は自分が嫁ぐはずだった隣国のことを知ろうともしなかったことに気づいた。ハンサムな王子の花嫁になるという夢のような状況に浮わついた頭では、これから自分が赴く場所のことを勉強すべきだと思いつくこともできなかった。世の中というものを自分は知らないのだと自覚もしていなかったのだ。自分が無知であることに今初めて気づいた。


 しっかりしなくては。姫君はぎゅっと唇を結ぶ。

 私は黒き魔女を止めるために、もっと知るべきなのだ。見たことすべてを知り、考えるのだ。

 姫君は決意を胸に、しっかりと前を向いた。


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