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仮想世界のフォークロア  作者: 黒川零次&同居人
8/15

◇アリーナ戦

 あの日以来、ヴェセルにこりごりになってまともに勉強しているかと言えば、そうではないのが俺たちだ。

 俺と雅也は()アリーナに入り浸っていた。

 それも人の試合を眺めるのではなく出場する側として。

 この仮想空間……サーバーは対人戦専門。

 毎日毎日対戦競技が行われていて、それは個人対個人、個人対団体、団体対団体。電子体対電子体、電子体対擬装体、擬装体対擬装体。様々な組み合わせだ。

 ちなみに俺のエントリーナンバーはA0009981。AはAからZまでのランクの一番下のA。数字部分は空いているナンバーがエントリーのたびに勝手に振られる。

 試合開始は三時間後、それでもって迷子。

 分かることと言えばここはアリーナの端。建物の外……というか戦闘エリアとを仕切るグレートウォールの隣というべきか? だってあの壁……というか壁の形をした建物というか……とにかくデカい。

 もちろんデカくてもとくに問題はない、仮想空間だから瞬間移動じみたムーブプロセスという移動方法がある。これは移動先の座標データがあれば問題ないわけで、迷子な相棒に問題がある。

 いくら端とはいえ人が多い、この場合は個人の座標を識別しづらいという……。


「……まぁ、別に合流できなくてもいいんだけど」


 問題があるとすれば三時間もどうやって過ごすかだ。

 俺としては人の試合を見るだけでも十分だが、今回は出場する側ということもあって妙な高ぶりがある。

 一人だとなにをしでかすか……俺より相棒の雅也が。

 女好き、このアリーナには男性だけでなく女性も多数。

 ならば?

 ある程度展開が読めそうでもある。

 下手にナンパして警備員呼ばれて出場停止とか出場停止とか出場停止がとても困る。

 まあ、もしもそうなったときは俺は他人ということで。


「チッ、迷った……? 冗談じゃねえ」


 なんて声に振り向けば、不愛想なあの男子寮生だった。

 片手にはヴェセルらしきもののホログラムフィギュアを持っている。


「あ、あのー……」


 明らかに苛立っていて声を掛けるのが怖いが、振り向いたときに目が合ってしまっている以上は立ち去るのもなんかなぁ……と思い声を掛けた。


「なんだ、いま機嫌悪いから後にしろ」

「……すみません」


 謝る以外に何がある? 正しい選択は無言で立ち去るの方だったようだ。

 と、視線を落とせばホロフィギュアがよく見えた。


「あっ、それってあの有名なミディエイターって機体じゃないですか」


 言うとすぐに実体化を解いてストレージにしまい込んだのか消失のエフェクトとともに消えてしまった。


「もしかしてあなたもヴェセルに興味が」

「……ッ」


 舌打ちが聞こえた。

 青筋まではないがイライラオーラがすごい。


「ヴェセルとシェルの区別くらいきちっとしろ。ヴェセルは仮想での機動兵器の総称で乗り込むタイプ、いまお前がヴェセルって言ってるのはシェルの方だ。シェルは人を変換して兵器にしているものだ、覚えておけ」

「は、はいっ!」


 なんだろう、すごく怖い。


「ああくそっ」


 どかっと座り込むと生えている雑草を掴んで地面ごと毟り取ってどこかに放り投げた。


あとりのやつはステルスで……通話拒否までしやがって……」

「もしかして誰かお探しで?」

「出場予定の相方が迷子だ。あと予定では十分で出番だっつうのに」

「その鴉さんっていうのは?」

大烏レイヴンの……言っても分からんな。晃花学園の一年生、今年の四月から二年生で……来たか」


 彼が視線を何もない場所に向けると、そこにムーブプロセスのエフェクトが発生して学生服を来た女子が現れた。黒を基調に赤の刺繍が施された学生服、桜都学園の白と菫とは反対のカラーだ。

 さらに言えば大昔の先輩たちのおかげで学園同士の仲はいまにも戦争を始めそうなくらいに悪い。


「待った?」


 明らかに遅れてきてその一言。

 彼が返した言葉は、


「フラン」


 それだけ。

 その瞬間、鴉さんの背後に小柄な少年が現れて足をかけて組み伏せて関節技を――


「タップ! タップゥ!! 痛いっ折れる!」

「折っていいよね?」


 凄まじいことになって、目をそむけたくなるがなんというかこれは……。


「フランシス、折るのは試合の後に。鴉もそれでいいな?」

「良くないよぉ!?」

「だったら終わった後に自力で逃げろ、いいな?」

「…………。」


 そして涙目で俺の方へと助けを求めてくるが、あのフランシスと呼ばれた男の子は容赦なく技をかけてきそうだからなぁ。

 助けない。試合前に余計なケガはしたくない。


「フラン、そろそろ待機所に移動するぞ」

「はーい」


 フランが鴉を巻き込んでムーブプロセスで移動していく。


「アリーナはZ-04だ。見たければ来るといい」


 そういって彼もムーブしていく。

 去り際にメールで転移先の座標を送り付けてくるあたり、見に来いってことなんだろう。

 ……って、Z? 最高ランク!?

 急いでムーブプロセスを起動して飛んでみると、高い場所のいい席に転送された。

 ちょうど今の試合が終わったところらしく、鋼鉄のフィールドは凹みだらけで未だに燃え続ける炎とデリートされていない薬莢や破壊された兵器の残骸が散らばっていた。

 高ランクになるほど制限時間は伸びてフィールドの広さや障害物が増えていく。

 しかし高ランクともなると競技者の実力も機体性能も段違い、制限時間は伸びても試合時間は短くなりやすい。


『フィールドリフレッシュ……

 オブジェクトリロケーション……

 エントリーナンバー、A0000610、A0080013、Z0000956

 エントリーナンバー、Z0000121、Z0000021、Z0000055

 試合開始三分前です』


 アナウンスと共にフィールドに六人の男女が姿を現す。


『ブラントイーグル、スコール

 ヴァンガードホーク、フランシス

 シャドウレイヴン、アトリ

 レギュレーションチェック、パイロットデータの認証が終了しました

 続いて――』


 処理が進んでいく中、観客席にもウィンドウが表示されていく。

 アリーナの広さは一つのフィールドがキロメートル単位で構築されている。当然のように一つの場所からすべてが見えるわけではないので、ルール違反監視も兼ねた追尾カメラが捉えた映像と音声が転送されてくる。


「今年もあまりいい人材はいないようだ」

「そうですね……まあ、今回の目的は彼の戦闘を見ることですし、そちらの方はよろしいのでは?」


 隣に目を向けると軍服姿のおじさんたちがいた。

 そういえばアリーナで名を上げると傭兵斡旋協会、MMAから声がかかることがあるらしい。

 俺はそういう方向に行きたくはないけど。


『さて……レギュレーションには引っかからなかったか』

『なんだぁ? Aランクじゃねえか。ここはガキの遊びじゃねえんだよ』

『うるさい、黙れ』

『しかも時代遅れの第一世代ファーストか。何しにきやがった?』

『そちらこそ、機体を使うのではなく使われている風にしか見えないんだけど?』


 回線経由の罵りあいが観客席中に響き渡る。

 普通こういうのはマナーの悪い者同士か、ちょっと調子に乗り始めた低ランクがやることだ。

 ……それにしても上のランクに限ってはチームに一人いれば後はどれだけランクが低くても出場できるのって……。


『第三十二組、試合開始まで……5、4、3、2――』


 カウントダウンと共に人が鋼鉄の巨人に変換されていく。

 あの不愛想な男子がいるチームは黒をベースに血のような赤が目立つ。

 対して相手側は市販されている……それでも学生程度では会員料すら払えないほどいいショップで売られているもので、最新機種ばかりだ。

 戦闘用プログラムとアイテムの限定的な使用解除。

 そして、試合開始の合図と共に武装が展開された。

 青いエフェクトに包まれてブラントイーグル、スコールの背面に巨大なランチャーユニットが顕現する。

 ……あれ? 見た限りは軽量機……なんで大型機向けのユニットが使える?


『FOX1』


 さらっと発せられた言葉、それに続く大量の射出音。

 マイクロミサイルの嵐だ。小型で飛距離もダメージも少ないが数が多い。

 相手側のチームを見ると慌てる様子もなくブースターを使って散開しながらチャフの詰まった弾を打ち上げていく。


「なるほど、スモークか」

「見たところ無誘導ですね、いつも通りのやり口ですか」

「新しいものを出すといっていたが……まさかそれもなのか」


 隣から聞こえてくる声が気になる。

 ミサイルの軌道を追ってみれば確かに敵機を追尾しているようにも見えるが、事前に動きを予測してプログラムしていたような動きにも見えてくる。

 ものの数秒でミサイルは燃料を使い尽したのか重力に引き摺られて地面に落ち、そして大量の煙を吐き出し始めた。


『コンタクト』

『あ? いつの間――』


 煙に覆われた映像とぶつかり合う音が響き、シグナルが一つ消えた。


『終わらせるか』


 開始地点でミサイルを撃った体勢のまま棒立ちだったスコールが次の兵装を展開した。

 ランチャーユニットが消失して、長い筒の形をしたものが新たに背中に顕現する。

 上向きに六つ、下向きに二つ……これはそうだ、レイアちゃんが使っていたウィングユニット。

 確かこれも高出力だから中型機以上じゃないとエネルギー不足で使えないはず。

 そもそも規格が違うから処理の関係上接続すらできないはずだ。

 一瞬の青白い煌き。その瞬間に姿が消えていた。

 表示された瞬間移動速度は音速を遥かに超えている。


『VOBか!? ルール違反だ! そんなものは』

『ヴァリアブルオブジェクトの使用は禁止されなかった。つまり違反ではないということだ。ま、知識だけはあるようだな、サード』

『ふざけるな! 時代遅れのポンコツが!』


 話し声が続く間にもう一つ、シグナルが消えた。

 これで相手チームは残り一人。


「ほぅ、あれを出してきたか」

「可変型の接続機構ですか。これはまた……」

「古臭い、か? 確かにかなり昔に開発はされたが処理が重すぎて組み込めなかったようだが……軽量化しおったか」

「確か現状ではあの傭兵集団……フェンリルに組み込まれていますね。あれのおかげで兵装の換装に時間も場所も要らないと……嫌なシステムです」


 フェンリル?

 それを聞いてレイアちゃんが言っていた「全ての武装プラグインに対応した万能機」という言葉が思い出される。

 RC-fenrir、俺の機体もなのか。

 組み込まれているのか。

 なんて考えていた短い間に試合が終わっていた。

 煙でなんにも見えなかった。

 最初のミサイルは回避のハイマニューバに期待したけど、そこから後の煙で全部隠されたのがなぁ……残念だ。



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