◇悔い
「影秋くーん、ごはんまだですかぁー」
「待ってくださいよ。まだお湯が沸いてないんですから」
一分ごとの催促。
そんなにすぐ用意できるわけないだろ。
俺は一人さびしく、共用の台所で夕飯の準備をしている。
料理スキルなんてない俺は完全にレトルトオンリーで準備している。
でも、ほかの人も同じようだから別にいいだろう。
インスタント味噌汁、パックの白飯、冷凍の惣菜を温めて。
「ふぅ・・・、なんであれだけの人数用意するのに一人なんだか」
手を止めるとあの殺し合いが思い出される。
思い出すな、あれは忘れるんだ。
無理やり別のことを考えようとすればこの寮のこと、レイアがPMCと関係を持っていたこと、などが気になってくる。
家具がそのままで、放置された部屋。
少ない男子寮生。
こんなところには不釣り合いな設備。
「ごはんまだぁ?」
「まーだーでーす」
やめてほしい、ほんとに一分ごとの催促はやめてほしい。
でも、もうできたから。
「よう、ほかの人たちがうるさくってな。手伝うぜ」
「わるいな・・・はぁ」
「まだ気にしてるのか?」
「ああ、お前はどうなんだ?」
「俺も、な」
話を切り上げて、夕飯を運ぶ。
雅也も気にはなっているようだが・・・。
でも、あいつは何もなかった、そうかんがえることができて、そうするのが雅也の流儀だ。
なんでも、度重なる女好きが原因の失敗を忘れるために編み出したスキルだとか。
大きなお盆に夕飯を乗せて、大広間に運んで配膳して。
・・・なんで俺ら二人でやらないかんのだ。
それにしても今日はやけに人数が少ないな。
まだ部活やってるのか、それとも春休み目前で片付けがあるのか。
「ほい、姐さん」
「ごくろー、雅君」
なんだろう、いつの間に距離を縮めたんだ? こいつらは。
まあ、すっかり馴染んでるってことでいいか。
テレビのリモコンをとって、適当にチャンネルを変える。
ここでは先輩が優先して使える、なんて法律は存在しないのだ。
『仮想空間でのゲーム、いわゆるVRMMOに熱中し、インターネット上に引き籠もる若者が増えています。
これは今までの、単に部屋に引き籠もるのと比べ――』
耳に痛いニュースだな。
『18歳未満のインターネットの使用をせいげ――』
『教育目的のネットしようくらいしか認め――』
ほんとうに耳に痛いニュースだ。
俺からネットを奪ったら何も残らないぞ。
連鎖的にすべてが崩壊してしまうのだぞ。
・・・ダメ人間じゃないか。
箸をとって、茶碗を持ち上げて、そこで眼前のハザードが目に入った。
うむ、これも変わってないんだよなぁ・・・。
桐姉ぇはねこまんま状態にして口に運んでいる。
もうこれはオートミールとかお粥とかでいいんじゃないか?
『先ほど入った情報です。先日の学生によるハッキングですが、実行犯の学生がつい先ほど、全員逮捕されました』
・・・おい。
って、あれ?
部屋がやけに静かになって、振り向くと全員がピタッと静止してこっちを見ていた。
正確にはテレビの画面を。
「あーらら」
鈴那がそう呟いて、他の寮生が若干暗くなった。
そしてレイアと鈴那が立ち上がってこっちに来た。
「さて、桐恵。ちょうどいいからお説教しましょうか。この人たちに」
「わたしもいいたいことがある」
・・・心当たりはもうありまくりです。
「部屋からアレを持ち出したね?」
「・・・すみませんでした」
三人から手が伸びた。
ゴツン、ゴツン、ポコンと。
きつい二発とぽこんと軽い一撃。
何をやったか、俺はよくわかっているので心にずきんとくる。
そして俺はポケットに入れっぱなしの記憶装置を出した。
「私からは、勝手に持って行ったことへのお説教。だから、いい」
「寮長としては、泥棒は即刻強制退去処分」
・・・マジですか!? もう次の寮はないよ。
「と、言いたいところだけど、今回は許そう」
「えっ? いいんですか」
「代わりにレイアちゃんの我儘を聞くこと!」
「はい」
そしてレイアのほうを向く。
「後でわたしの部屋に来ること、以上」
◇◇◇
207号室。
ネームプレートにはレイアと書かれている。
俺はその部屋を軽くノックして、返事を聞き届けてからドアを開けた。
「・・・汚いな、この部屋」
「第一声がそれ? 普通女子の部屋に入ったら」
「うわー、はじめてだなー、おんなのこのへやー」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・これでいいんだよね?」
頷いたのを確認してから部屋に入った。
部屋の中は見るからに模造品ではない刃物や銃器、グレネードや弾丸に高性能パソコンまで置かれていた。
「これって、オノ・センダイの最新型!?」
「・・・何のネタ?」
「いや、なんでもないよ」
ちょっとふざけてみたけど、見たところ一切メーカーのロゴとかが入れられていない。
指示された場所に腰を下ろすにも、どうも落着けない。
女子の部屋に男女が二人っきり、だからというわけではない。
周りに散らばっているものが怖い。
鞘に入ってない刃物。スペツナズ・ナイフ。
明らかに装填済みの銃。1911。
ごろんと転がっているハンドグレネード。パイナップル。
いくらミリオタの男子だってここまではどうやっても揃えられないはずだ。
そもそもこの国の法律では鉄砲とか持ってちゃいけないはずでは・・・?
と、いうか。鉄砲の前になんでこの部屋には床に魔法陣のようなものまであるのだろう。
レイアは魔法少女に憧れをもつような様子ではないようだけど。
中二病・・・もないな。
「えーと・・・な、何の用?」
「まず、わたし達が作った戦闘用ツール『シェル』を勝手に使ったこと」
「ほんと、ごめん」
「謝らなくていい。あれは桐恵が君に渡したいって言ってたからいい」
「そ、そうなんだ」
そういえば、昔、桐姉ぇはシミュラクラを作るって言ってたし・・・。
「それでね、その機体、君専用にカスタマイズしようって思うんだけど、どう?」
「どうって言われても・・・」
「一応あの機体は全ての武装に対応した万能機なの」
「武装・・・ほんとにあれは戦闘用の・・・?」
「まあ、そこらの機体よりは強いよ。学習プログラムがあるから使用者に合わせて処理を調節するし、仮想戦争用兵器、衛星群を使用できるし、通常の携行兵器じゃ壊せない”構造体”自体の破壊も可能だし」
「ちょっと待って! それって思い切り法律違反なんじゃ・・・」
「そうだね。それがどうかした?」
さも当然のことのように言ってくる。
そもそも部屋にあんなものがある時点でそこらへんの感覚がおかしいのだろうか。
ま、これ以上は聞くだけ無駄だな。
「いや、なんでもない。それより、さっきのカスタマイズってここで?」
「いいや、ここでやったら一日かかるから、他所でやる」
・・・え? 今この子は何て言った?
「いちにち・・・?」
「うん、一日」
「早すぎない?」
「遅いほうだよ、専属のウィザードは一時間で終わらせるし」
・・・信じられん。
外装を取り換えるだけでも、インストールし直したほうが早いって言われるのが普通なのに。
それに公式記録じゃ一番早いウィザードでも一週間はかかるって書いてあったけど・・・。
「まえにも聞いたけど、レイアってもしかしてウィザード?」
「魔法使いの意味じゃないなら、そう呼ばれることはあるよ」
「・・・・・・」
俺はその後、カスタマイズの約束をして雅也の部屋に行った。
にしてもほんとにウィザードだったとは・・・・・・。
◇◇◇
翌朝。
「あーねみー・・・」
昨日は寝ていない。
徹夜でずっとネットサーフィンをしていた。
といってもただ波に乗って遊んでいたわけじゃない。
「なんか分かった・・・ふぁああ」
本当に眠たい。
「ぜーんぜん。ニュースにも掲示板にも見当たらない」
昨日の連中のことをずっと調べていた。
人を殺めた。
やらなければやられていたとはいえ、その罪悪感がずっと心に伸し掛かっている。
血が飛び散るでもなく、死体が残るでもないが、あの感覚はずっと残っている。
「お、ログがあったぞ」
「見せてくれ」
雅也から昨日のアクセス記録を転送してもらう。
ずらっと表示されるデータのやり取りの履歴。
順番に追っていくと・・・
「あった、ここに機体番号がある」
「つってもあのタイプは沢山出回っているから機体番号から持ち主はわからないだろ」
「・・・だよな」
二人そろって畳に倒れるように寝転がった。
「「はぁぁ・・・」」
そこで、コンコンとドアがノックされた。
「朝ごはん」
桐姉ぇだ。まともに起きてくるのは珍しいことだ・・・?
ってもうそんな時間!?
窓の外を見ればとっくに明るくなって太陽が顔を見せている。
「お、おはようっ・・・桐姉ぇ・・・」
「・・・なにやってるの?」
・・・まずい。
部屋に男二人で、女性が入ってきたと同時に焦った。
これは変に疑いをかけられるパターンだ。
「ちょっと調べ物を・・・」
「おい、アキ!」
なんでここで焦るかな・・・余計にまずいことになるだろうが。
「あやしぃ・・・」
仕方ないか。ここで変に取り繕ってもレイアあたりからバレるだろうし。
「機体番号から持ち主って調べられないかな?」
こうなったら素直に聞いてしまうのが一番だ。
あとで怒られよう。
「送って」
ログの機体番号にブックマークを付けて転送する。
それと同時に桐姉ぇが目を閉じた。
心臓を締め付けられるような緊張がある。
でもこれは俺たちがやったこと。
だから・・・。
「見つけた」
データが転送されてくる。
すぐにそれを受け取って表示する。
視野には詳しい個人情報が現れた。
「・・・死んで、ない? 生きてる、あいつ生きてるよ!」
「マジか!」
俺たちは二人そろって安堵した。
「変なこと、してないよね?」
「・・・う、うん」
「ほんとうに?」
「も、もちろん」
「じゃあ、これ以上は聞かない」
別のことで心が痛む。
ごめんなさい、姉さん。
追求せず、叱責せず、静かに部屋を出ていくその姿が、俺には何よりも応えた。
ふと視野に表示したままの情報に意識が向いた。
殺人犯。
犯罪歴の欄にそう書かれていた。
それも一人二人じゃない。
何十人もだ。
俺はそうならなくてホッとする。
でも、こんなやつを生かしておいていいのか?
そんな疑問が湧いてくる。
「なあ・・・アキ」
「これで、よかったのかな・・・」
「あんまり考えんな、あとは警察かPMCがなんとかするだろ」
「そうだな・・・」
「ああ、もうあんなことは俺だって嫌だからな」
こうして俺たちは朝から陰鬱な気分で登校するのだった。