◇その罪の行くさきは
「さーて、これでいいかな?」
しっかりと埃を拭き取って換気もして、散らかっていた雑誌類も片づけた。
我ながらよくやったと思う。
こんなのは年末の大掃除くらいにしかしない。
というか、どれほど放っておいたらこんなに埃が積もるんだか・・・。
まあ、家具とかが最初からあって買わなくていいってだけあってこの寮の暮らしはいいんじゃないだろうかな。
「よう! おはよう」
「そっちはどうだった?」
すでに着替えを済ませた雅也がノックもなしに入ってくる。
何もやましいことをしていないからいいものの、もしやってたら気まずくなるからノックくらいはして欲しいものだ。
「俺のほうも簡単に掃除はしたさ。それよりも朝飯だ、行こうぜ」
「ああ」
部屋から出て大広間へ向かう。
すでに食べ終えたほかの寮生(主に女子)がきゃあきゃあ言いながら出て行っていた。
中に入れば、桐姉ぇがだらーんと座布団を並べて寝ていた。
・・・この人、学園に行く気はあるのだろうか? 着替えてすらない。
「さっさと食っちまおう、時間がない」
「そうだな」
俺たちの分と思わしきものが置いてあるところに座って食べ始める。
いいなぁ、味噌汁に白飯に焼き魚。
どこででも見る一般的な朝のメニュー。
若干冷めてるのがあれだけど。
さっと食べ終えて、
「桐姉ぇ起きて。そろそろ出ないと遅刻するよ」
「・・・・・・くぅ」
「おーい」
「単位と出席日数は稼いだぁ・・・・・・くぅ」
「寝るな!」
「うるさぃぃ・・・・・・」
起き上がりもせずに再び寝息を立て始めやがった。
単位と出席日数が稼げたらもう行かない。
学生としてそれはどうなのか?
もちろんだめだ。
学園から呼び出しが来る。
後々の就職でこの欠席はなんだとかあんだとか聞かれるに決まって……あ、この人もう仕事あったんだ。
「はは、行こうぜ。アキ」
「そうだな」
こうして桐姉ぇを放ったらかしで寮の玄関を出た。
いや、ホントに大丈夫かな? このまま放っておいて一緒の寮なんだから・・・とか言われないよな?
・・・心配だ。
「あ、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
寮の門の前では鈴那がみんなを送り出していた。
・・・あれ? 制服がばらばら。
ってことはいろんな学校、学園の生徒が住んでるのか。
・・・そんな寮は初めてなんだが。
朝っぱらからちょっと問題があったけど気にせず登校。
いつもの見慣れたグラウンドでは、昨日の人たちが今日もボールを追い回していた。
「あれ、昨日の女の子だよな」
「そうだな」
「なあ、雅也、単位足りてるか?」
「もちろん」
ならまだ余裕があるな。
学園の授業は選択式。
出なければ単位がもらえない。
まあ、そんな感じだから桐姉ぇみたいなのがたまにいるわけで・・・。
「あー。いいよなー。かわゆい女の子は我ら共通の宝石だよなぁ」
「変態かてめえは」
鼻の下を伸ばし切って女の子たちを見ている。
そのうちピノキオみたいに伸びるんじゃねえか?
まあ伸びたら叩き折ってやるが。
「それにしてもさ、あの寮って何があったのかな?」
「どうせ同じなんじゃねえか? 俺たちのところとさ」
「なんか違う気がするけど・・・卒業生のやることは同じか・・・」
・・・いや、それでいいのか卒業生。
卒業してすぐに人生棒に振ってムショ暮らしは如何なものかと。
「それでさ・・・」
不意に雅也が俺のポケットに手を入れてくる。
「おい」
「昨日のって、アレか?」
「だろうな」
昨日のアレ。
そのまんま部屋に戻すには監視がついて戻すに戻せず。
俺の部屋に置いておくのもあれだったもんで、つい持ってきてしまったのだ。
「中身、見るか?」
「見ようぜ。もしかしたらさ、通販で流出品を買っただけってこともあるだろうし」
グラウンド脇の土手に座ってコネクタを開く。
ケーブルを引っ張り出して記憶装置に接続。
視界に記憶装置の中の情報が次々に表示される。
なんだこれ?
・・・まさか、電子擬装体?
「おい、なんだよ中身は?」
「インストーラーだ」
「へっ?」
「電子擬装体のインストーラーだ!」
「マジかよ・・・で、機体はなんだ?」
「・・・なんだろう、色々くっついてて何かわからないや。こんなの見たことないぞ」
メーカーの名前、情報、署名は一切なし。
この時点で正規品じゃないのは確定だな。
視界に投影された情報をスクロールしていっても、なければいけないはずの情報が一切ない。
一旦ウィンドウをすべて閉じてファイル名を見る。
「RC-Fenrir? なんだこれ?」
「聞いたこともねえぞ。ちょっと待て検索してみる」
雅也が目を閉じて、ネットにアクセスを開始した。
それにしても何だろう。
電子擬装体はいくら優秀なプログラマでも作るのには数か月かかるぞ。
「ダメだ、なにもヒットしない」
「中になにかあるかもしれない」
記憶装置のより深いレイヤのフォルダを選択。
【アクセス権限がありません。内部データを閲覧する場合、インストールして下さい】
「ダメか。中身はインストールしろだとさ」
さて、どうするか。
見るなと言われちゃ見たくなる。
「見なかったふりで戻す・・・なんてしないよな? アキ」
「・・・まずいだろうけど、やるか。インストールしても、アンインストールしてしまえばバレはしないだろうさ」
憧れの巨大ロボ、今日この日以外に何時入手できようか。
今日を逃せば次はない。
そんな気がして、罪悪感なんて忘れ去ってセットアップを開始した。
頭の中でコマンドを組み立てて、ケーブルを通して記憶装置に命令を送る。
『ソフトウェアのインストールを準備中・・・』
視界にそんなメッセージが表示され、セットアップウィザードが自動で作業を行い始める。
この時代、人の脳内はパソコンのハードドライブと同じような感じで、特定のソフトをインストールして使うことができる。
ただ、そういうことができるってことはウイルスもあるってことだから気を付ける必要があるんだけど。
『WARNING: This software is not certified by the regular.
Also, the use of the software・・・・・・』
ほらきた。
署名も何もない怪しげなものはセキュリティに引っかかるのが定石だ。
だが、今の俺は――
「承諾!」
危ない、なんて考えは生憎持ち合わせていなかった。
『インストールを開始:終了予測時間 0』
『インストール終了』
えっ? 一瞬?
電子擬装体は結構な容量あるはずなんだけど……。
あまりの速さ、あっけなさに茫然とした。
「・・・おい? なんか異常があったか?」
「いや・・・なんかあっけなく終わったなと」
「異常はないんだな? だったら次は俺が」
俺は首筋からケーブルを抜いて、次は雅也が接続する。
「・・・・・・」
そのまま、固まった。
恐らくは律儀に警告文を読んでいるのだろう。
「・・・終わったな。本当にインストールされたんだよな? ウイルスなんかじゃ・・・ないよな?」
「寮の設備からして、ないとは言えないけど・・・・・・大丈夫じゃないか?」
さすがにそれはないと願いたい。
もしそうだったら俺のプライバシーがなくなる。
「そうか、じゃあ!」
「ああ、やることは一つだ!」
グラウンド横の草の上に寝転がって、目を閉じる。
高速アクセスポイントを検索、ID認証完了、ログイン。
意識は即座に電脳の世界へと飛び込む。
瞬間、俺たちは仮想世界のグラウンドで起き上がった。
「ここは・・・」
「桜都の仮想訓練施設だよな」
さっと、使用予約のリストを手元に呼び出して確認する。
「誰も予約入れてないぞ」
「ようし、さっそく始めるか!」
互いに頷きあって、頭の中のチップに起動しろと命令を送り込む。
『初期セットアップ・スタート。
システムフォーマット・スタート』
視界に数えきれないほどのウィンドウが表示されて次々にプロセスが書き換わっていく。
プログレスバーが恐ろしい速度で伸びては消えていく。
『コンストラクト・フォーマット』
実体の定義されたメソッドが白紙化される。
量子化された0と1が次々に書き込まれて、
プログラムの構造体、クラス階層が、樹形図が瞬く間に構築されてゆく。
『神経接続を確立、同期処理を開始』
今までに全く味わったことのない変な感覚。
体全体が、皮膚が、肉が、血が、骨がどんどん変化してゆく。
『システム・フォーマット、フィニッシュ。システム・ラン
電子体から電子擬装体への移行処理を開始』
体が急速にパーツ化されて、まるでプラモのロボットを組み立てるみたいに再構築される。
『移行終了』
気づけば体が鋼鉄の体になっていた。
聞きなれた心音、感じなれた鼓動の代わりに、パルス信号が体を駆け巡る。
「おい、大丈夫なのか?」
視界にウィンドウが表示されて雅也の顔が映る。
「ああ」
目の前には雅也であろう電子擬装体が立っていた。
機体のカラーリングはなにもされていない。
俺たちは金属面むき出しの鈍色だ。
「少し、動いてみるか」
鋼鉄の体がまるで自分の体のように自由にタイムラグもなくスムーズに動く。
これが・・・電子擬装体。
「はは・・・・・・ははっ、はははっ!」
「すげぇっ! はは、これはすげえよ!」
まるで新しい玩具をもらった子供のようにはしゃいだ。
気分にまかせて動き回った。
だんだん慣れてくると、脚部に車輪があることに気付いた。
これは駆動輪だ。これで高速滑走ができる。
「走ってみるか?」
「ああ、やってみようぜ!」
仮想のグラウンドを自在に駆け巡り、だんだんと気分がヒートアップして来たころに。
『基本システムの全起動を確認。これより火器管制システムを初期化します』
えっ!?
ちょっと待って。
なんでそんなもんがついてるんだよ!?
「なんか勝手にプロセスが起動したぞ!?」
「なんだこれ!?」
慌てている間にも初期化が完了してしまう。
そして視界に処理過程が表示されて、新しいウィンドウが開く。
そこに表示されるものを見る間もなく、さらにダイアログが表示された。
内容は、この国では到底持っていてはいけない殺傷兵器の一覧。
「おいおい、なんだこれ!? 雅也、なんかやばいぞこれ・・・」
「はははっ、毒を食らわば皿までってなぁ。使ってみようぜ!」
ああそうかい。
だったらやってみようか。
タグを選択して、銃器一覧を出す。
さすがにアサルトライフルなんて使えそうにない、ハンドガンでやってみよう。
そうして、それを選択すると、俺の手の中にはフレームが構築され、一瞬でハンドガンが出現した。
「うおっ!」
まじもんか。
スペックは・・・・・・え?
30㎜? それは戦闘機の機関銃の口径なのでは?
「な、なあ。これって・・・」
「本物だな」
それを聞いた途端、緊張が行き過ぎて、緊張の糸が切れた。
バンッ! と銃声が響く。
「うわたっ!? 危ないな! 俺が死んだらどうすんだ!」
「ごめん! でも・・・間違いなく本物だな」
「「・・・・・・」」
お互い絶句した。なんでそんなもんがあるのなら・・・。
「ここってフィードバック制限があるよな?」
仮想空間の設定を呼び出す。
見れば確かに制限があった。
フィードバックに制限がなければ、仮想でケガをすれば現実でその箇所が痛むし、なにかすればリアルな感覚がある。
でも、もし死んだら。
その『死』という情報が、信号が脳に送られてほんとに死ぬ。
それが現在の仮想世界。
制限がなければ現実世界と変わらない、いや、それ以上の死のリスクが存在する。
「弾丸くらっても死にはしないな」
「・・・初、電子擬装体記念に模擬戦でもしてみるか?」
「もちのろん! やってやるぜ!」
お互い了承したところでグラウンドの端まで距離を開ける。
「行くぞ」
「おう!」
さっきのダイアログを呼び出して他の武装を確認する。
ロケットランチャー、グレネード、斬機刀、どれも使えそうにない。
ほかは・・・よしこれでいこう。
とりあえず基本的な格闘パターンを選択してさっきのハンドガンを構える。
雅也は何を使ってくるのか。
「食らえぃ!」
雅也の背面にショルダーウェポンが出現した。
あれは・・・。
「連装砲!?」
ボッ! と大きな音を響かせ砲弾が飛来する。
なんて危険なものを!!
咄嗟に横に跳んで、躱す。
その拍子に指に力が入って引き金を引いてしまった。
飛び出した弾丸は雅也の胸部装甲のど真ん中に命中する。
「うわっ!? お前なんでアクション映画みたいな動きができるんだ!?」
事故だ。事故だけど、そういうことにしておこう。
かっこつけたくはあるんだよ。
「よし、次は俺のターンだ!」
「待て待て待てぇ!! 連装砲は不味いって!!」
◇◇◇
「ははは・・・終わったな」
「・・・おま、これが初めてかよ」
「自分で言うのもおかしいけど、もしかしたら戦いの才能があるかもな」
勝った。俺は勝った。
砲弾の雨あられを避けながら、ハンドガンで攻撃。
隙をついて接近、格闘用のプログラムを呼び出して、蹴り技を入れて・・・。
「しっかし、いてぇな」
「ああ、制限があっても痛みは感じるだな・・・」
「でも、すごかったなぁ」
「ああ」
心地よい疲労を全身に感じながらグラウンドに寝転がる。
と、同時に打撃や銃撃のダメージが一気に存在を増した。
「なあ、もしかしてさ、制限がなかったらどっちか死んでたかな?」
「だろうな・・・。これはVRMMOとかVRFPSとは違うんだからさ」
ああ、嫌なことが浮かんできた。
「仮想空間の戦争。本当にやってんだな・・・・・・」
憧れの電子擬装体。
その魅力は盲目的な虜にされそうなほどに怖く、大きい。
でも今の模擬戦でこれは殺傷兵器だと改めて実感した。
なんせ、当初の開発目的は仮想空間における戦争での使用、なのだから。
「やっぱさ、これは返すべきなんだろうか?」
「だろうなぁ・・・」
俺たちはぐったりしたまま、ログアウトする。
これが、俺の初めての仮想での戦闘だった。
◇◇◇
結局、あの模擬戦で完全に時間を忘れ。
ログアウトしたときにはすでに、綺麗な夕焼けとカラスの鳴き声。
なにしに学園に登校したのやら・・・・・・。
そんなことで、部活もやってない俺たちはそのまま夕暮れの空の下、寮へと帰ってきた。
「なんか、やけに静かじゃないか?」
「ああ・・・」
一切の生活音がしない。
部活とかで他の寮生が帰ってきてないってこともあるけど、それにしても静かすぎる。
「ただいま」
寮の玄関を開けるが返事はない。
そして玄関に革靴が一つだけあった。
桐姉ぇの靴がないってことは、ちゃんとあの後学園に行ったんだろうけど。
「来客かな? それとも他の男子の・・・」
「違うだろ。これは学生が履くような靴じゃない」
「まさか・・・」
俺たちは顔を見合わせた。
互いに頭の中にある考えは、
寮生のハッキング
不自然なほどに男子生徒が少ない
あってはいけないような設備
俺たちのさっきの模擬戦
ならば?
「「警察の人がいる・・・?」」
そんな考えが必然的にはじき出された。
緊張で口の中が乾く、手のひらに冷や汗が滲む、急に悪いことをしたという感情が湧き上がる。
「・・・静かにだぞ」
「・・・ああ」
そっと、音をたてないように靴を脱いで、忍び足で廊下を踏む。
するとある部屋のドアが開いていた。
来客の格好は如何にもなスーツ姿にメガネ。
まるで気配を探るように、瞑想するように、静かに目を閉じていた。
どう見ても寝ているわけではない。
「・・・」
来客の男性の周囲だけが、時間の止まっているように空気が凍り付いているように見える。
声をかけずに覗いていると、
「誰だね?」
目を開いてこっちを振り向いてきた。
「「・・・・・・っ!」」
警察!? ・・・じゃなかった。
「やあ、すまないね。管理人さんがいなかったから、空き部屋に勝手に上がらせてもらったよ」
緊張のない表情で場の空気が溶けたように和やかになる。
俺たちも緊張をとくように息を漏らした。
「先生、なんでここにいるんですか?」
面識はないけど、この人は学園の教員だ。
「いやー、今度、講義をすることになってね」
「ここでですか?」
「いやいや、学園でだよ。よかったら君たちの名前とクラスを聞かせてくれないかな?」
名刺代わりにIDの個人証明データを転送してくる。
それを受け取って俺たちも同じように送る。
「なるほど、影秋君は桐恵君の・・・。
彼女はちゃんと学園に行っているかな?」
「え、ええ。恐らく、そうだと思います」
朝のあれを見ると、とてもじゃないが・・・。
「はは、変わっていないようでなにより」
先生が懐かしげに部屋を見る。
もしかして・・・。
「この部屋って、先生が住んでいたんですか?」
「昔ね。それにしても、全然変わっていないな、この寮のものは初代の人から受け継がれた歴史あるものだからね」
なるほど、それで妙に年季が入っていたり、もうどこに行っても売っていない骨董品があるわけだ。
「あの、初代って、この寮ってそこまで歴史あるものとか?」
「いや、そこまでのものではないよ。まあ、学園のできたころから存在するものではあるがね」
十分に歴史ある建築物と言ってもいい気がするんだが。
「第二世代の電脳処置を受けた若者が集いこの寮で――」
寮の説明が始まった。
まるで講義をする教授のような口調だ。
「そう言えば、先生ってアレの開発に参加していらっしゃるんですよね?」
「ニュースで見たのかい。ナノマシン、アレが完成すれば、人の可能性はもっともっと広がるだろうね。あれが完成すれば、大陸の汚染された地域を浄化したり――」
自分の世界に入った人のように熱く語り始める。
知っている限りは海の向こうの大国、セントラとかいう国が中心になって開発していて、桜都でも取り組んでいるのだとか。
長々と話、そしてすぐに意識が帰ってきて苦笑する。
「ああ、悪いね。よかったら、君たちの話も聞かせてくれないかな?」
「はいっ!」
さっと気を付けの姿勢を正そうとしてポケットの中身に手が当たる。
ぽろっと、例の記憶装置が落ちた。
気づいた瞬間、手を伸ばすが先生のほうが速い。
「なんだね、これは?」
さっきまでの和やかな表情から、職員室に呼び出してお話をするときの表情になる。
表面のマークでなんなのか気取られてしまったか?
「ふむ、中身を確認させてもらうよ」
不味いと頭の中から警告が発せられる。
でも何もできない。
そんな俺の目の前で先生が記憶装置にケーブルをつないで接続した。
「インストールしたのか?」
「はい・・・すみません」
「こんなものをどこで入手したのだね?」
この寮の一室で、とは言わないほうがいいだろう。
言ってしまえば今度こそレイアちゃんに風穴を開けられる・・・程度では済まないだろう。
「拾いました」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに無言でにらみ合う。
視線はそらさない。そのまま睨み合う。
こういうときは視線を外したらダメだ。
「そういうことにしようか」
記憶装置からケーブルを抜いて、俺に返された。
「先生・・・」
「君たち、電子擬装体の使用経験は?」
「ついさっき、初体験を・・・」
「監督は誰かいたのかね?」
「い、いえ。いませんでした」
答えると先生は呆れた感じでため息を漏らした。
「これが、危険なものだということは分かっているのかい?」
返す言葉がない。
さっきそう改めて認識したばかりだ。
俺たちは叱責がくることを覚悟で床を見るしかない。
「はぁ」
怒られる。
そう思った矢先、ぽんと肩を叩かれた。
「ついてきなさい」
別室でのお説教か・・・。
「どこへいくんですか?」
「仮想空間だ」
そう言いながら俺たちにケーブルを渡してきた。
俺たち第三世代は、第一世代のようにワイヤードでなくてもアクセスできる。
だがワイヤードで接続した。
「・・・・・・」
先生はグリッドの張り巡らされた、何もない仮想の空を眺めていた。
「なあ、アキ・・・。これからお説教か?」
「さあな、分からないけど、悪いのは俺たちだ」
話していると先生が俺たちのほうを向いた。
「始めるとしようか」
「何をですか?」
「”あの寮”に住むのであれば、君たちは後輩になるということだ。
電子擬装体のレクチャーをしてやろう」
なんか読めてきたぞ。
「レクチャーっすか?」
「やめろと言ってやめる君たちではないだろう。
だったら最低限のことは誰かが教える必要があるからね」
そうだな、危険だから入るな。そういわれて好奇心旺盛な子供が入らないか。
否、逆だな。余計に入りたくなる。
「それって・・・手ほどきをしてくれると?」
「私も教員だ。それなりに教える自身はある」
「えっと・・・ほんとにいいんですか?」
「ああ、いいとも」
これはうれしい誤算だな。
雅也もさっきまでのどんよりした感じから一転している。
「「よろしくお願いします!」」
「はは、頭は下げなくていいよ。昔も同じようにやっていたからね」
同じ用に? 普通の教員じゃなくて、ネットのことにも詳しいなら信用できる。
「さあ、この仮想が我ら電脳世代の第二の故郷だ!」
先生がそう言った途端、視界に移るものが変わった。
ここはアリーナだ。どうやら会話しながらほかの手続きをしていたらしい。
器用なことだ。
「あの、なんでわざわざワイヤード接続をしたんですか?」
質問をしながら擬装体に移行する。
先生のはサムライのような見た目で腰に長い刀を二本さしている。
「普通のアクセスならば危険なエリアに入ることはまずあり得ない。システム側でアクセスを弾かれるからね。でも、電子擬装体ならばあらゆる危険にさらされる」
「フィードバック制限のない場所・・・それに回線の切断とかですか?」
「そうだ、その結果は知っているだろう?」
「ええ、第一世代なら問答無用で脳死。俺達でも脳死の可能性はある、ですか?」
「ああ。さらに言えば、ワイヤードは必ずコンソールを介して接続するから万が一の時は第三者にログアウトさせてもらいやすい。
いいかい、電子擬装体を使えば、仮想に深入りできてしまう。
常に不測の事態に備えなさい。それを怠れば、誰だって簡単に死んでしまう」
常に備える、か。
「確かにいるもんなぁ、悪乗りして制限なしエリアにアクセスして死んでるやつ」
雅也がそう言うと、この間のニュースが思い出されるなぁ。
それに先輩たちのことも。
「でも危険ならどうして教えてくれるんです?」
「子供が包丁持っていたら危険だろう?
そしてそれを取り上げるのが正解だが、君たちは取り上げずに正しい使い方を教えたほうが、ね」
なるほど・・・俺たちは子供というより、いくら取り上げられても再び手にする悪ガキか。
「あなたたち、そこでなやってるの」
先生がふいに腰の刀に指を添わせる。
「えっ? ってああ!」
レイアちゃんが来た。
それも片手にアンチマテリアルライフルを持って。
「ああ、いや、これは、その、えっと・・・」
「実は、俺たち今、学園の先生に講義受けてまして・・・」
目が冷たい。まるで瞳の奥の真実を的確に見抜いているように。
「あ、あははぁ・・・・・・」
笑ってごまかせ――
「・・・・・・とりあえず、お説教は後でしようか」
――ないよね。
「艤装展開、戦闘記録開始」
「ちょっ、えっ!?」
瞬間、レイアちゃんの周りに翼のような武装とミサイルポッドのみたいなのが出現して、空高くへ飛び上がった。
擬装体でなんで艦船用の武装を出現させられるんだ!?
っていうかそもそも擬装体に移行してもなかった!?
「君たち、下がっていたまえ」
先生が居合の構えになっていた。
そしてたった今気づいた、侵入者がいたことに。