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仮想世界のフォークロア  作者: 黒川零次&同居人
2/15

◇始まりの日

 寒すぎず暑すぎず、柔らかな風が頬をなでる。

 久しぶりに分厚い雲の隙間から顔を覗かせた太陽が、

 あたりの景色を優しく浮かび上がらせていた。


「・・・晴れた清々しい空。舞い散る桜の花びら、か。出来すぎた春の日だなぁ」


 ああ、のんびりした景色だ。

 こういうのを見ていると昨日、我が身に降りかかった災難のことを忘れられるな。


「おいアキ、何呑気な事言ってんだ・・・」


 おお、我が心の友よ。

 同じ災難を共有シェアする親友よ。

 それは俺にだってわかってるさ。

 しかし、それにしてもだ・・・。

 少しくらいは厳しすぎるこの現実から、桃源郷に逃避してもいいだろ?

 なぁ、いいだろう?

 桜の都と呼ばれるこの場にぴったりな桜吹雪の中で逃避してもいいだろう?


「・・・そんな場合じゃないだろ?」


 隣を歩いていた倉岡雅也が、

 ぼんやり空を仰いで天高く昇ろうとしていた俺に話しかけてきた。

 俺達は桜都学園の電子工学科の一年生。

 それももうすぐ終了。

 普通なら春休み目前で超浮かれてゲーセンにでも行っててもいいところなんだけど・・・・・・。

 俺たちには、ぼんやりしてちゃあいけない、超絶にでかすぎる問題があった。


「いきなり『荷物を持ってさっさと出て行け』だもんな」


 俺たちは顔を見合わせ、大きくため息をつく。

 寮長の厳しい顔が今でも目に浮かぶ。


「ったくよー、事前通知なしでいきなり廃寮なんてアリかよ?」

「しかたないさ。住んでる()()どもが不正アクセス(ハッキング)の現行犯で捕まったんだから・・・」


 そう、俺達は本来『思いっきり遊ぶぞ!』となるはずの春休みを目前にして、次の住処探しをしなくちゃいけない破目に陥っているのだ。

 いっそこのままホームレス学生になってもいいんじゃないだろうか?

 手元にはまとめた荷物の入った段ボールもあるし。


「先輩達やりすぎだよ」

「まったくだ。卒業記念にPMCのライブラリに落書きしよーぜ! なんていい度胸にも程がある・・・・・・」


 桜都学園は『ネットワークと人間の融和』を目的に設立され、

 学園内の生徒は、ほぼ第三世代だ。

 それでも社会を全体的に見ればかなり少数派ではある。

 インターネットとを介して直接接続できるのが第一世代。

 常時ネットに接続されているが第二世代。

 入出力装置などの補助機器は基本的に用いることはない。

 そして第三世代の俺たち。

 今現在は誰よりも、仮想空間ネットに適応していると言える。

 第三世代は第二世代よりも、より安定したネットワークアクセスと強固なセキュリティが特徴だ。

 そのおかげもあってなのかハッキングなんかは日常茶飯事で・・・良いのか悪いのか分からないな。

 今回みたいに羽目を外してしまった学生が、時折捕まってしまうのだ。

 そんでもって今回はそれが原因で、学生寮マイルームが潰れてしまったわけだ。

 ちくしょうめ。


 そして俺たちが常にネットに繋がっているというのは、優れた携帯端末があるとか極小型のウェアラブルデバイスをつけているってわけじゃない。

 手術で頭を開いて、頭の中に直接ナノチップを埋め込んでいる。

 というか、ナノマシンを体に打ち込んで、体内でナノマシンのコロニーがチップ状に形成されていると言った方がいいか。

 これによって人は、意識をネットワークに接続し、仮想の世界に入り込めるようになった。

 でも生活のほとんどが仮想ネットでできるようになっても現実がっこうからは逃げられないわけで・・・。


「先輩達は、どうしてるかな?」

「『よくぞ、我々の防壁セキュリティを突破した!』

 とかなんとか褒められて、そのままスカウト・・・ってわけにはいかないかな?」

「アニメやゲームじゃあるまいし・・・そんなのは通じないよ。しかもハッキングしたのは有名なウィザードのいる『白き乙女』のサーバーだぞ」


ウィザード。

この場合は魔法使いじゃなくて、コンピューターのハード、ソフトに精通した人たちのことを指す。


「そうだったな」

「どうせ非武装地帯(DMZ)でお縄になってるよ」

「そういや、お前の親父も軍人だったっけ?」

「・・・傭兵だ。もう二、三年は会っていないけどな」


 俺の親父は傭兵部隊(確か白き乙女とかいうとこの一部隊)を率いる歴戦の勇士らしいが、

 そんなことは人に誇れたもんじゃないと思うんだ。

 所詮は傭兵。金次第でどうとでも動く戦争屋だよ。

 母さんの死に際でさえも家には戻ってこなかったんだ。

 家族の顔を見るよりも、鉛玉と死体を見るのが好きなんだろうさ・・・。


「あ~あぁ、あと一年。あと一年早く入学してたら俺も先輩と一緒に、電子擬装体ヴェセルに乗れたのに!」

「で、豚箱行きにされたかったのか?」

「バカ言え。そんなことになることをするつもりはないさ。俺はただ、電子擬装体に乗ってみたかっただ けだ。ロボットの腕で落書きなんて、夢があるじゃないか」

「落書きはともかく、そうだな・・・・・・そいつは、いいよなぁ」


 俺と雅也には共通点が一つだけある。

 それは電子擬装体シミュラクラ・ヴェセルに乗ってみたいと思っていること。

 鋼鉄の巨人に乗り込んでネットの世界を駆け巡る。

 ・・・・・・なんて、想像するだけでテンションが上がってくる。

 ちなみに仮想の世界でも普通に法律は適用される。

 つまり、パブリックエリアやパブリックドメイン内部で思い切り乗り回そうもんなら即刻警察・・・最悪は軍のお世話になる。

 最近のことで言えば、悪乗りした二人組が電気銃テーザー撃ち込まれて、ビクンビクン無様な醜態をさらしていたのがある。


「欲しいよな、電子擬装体」

「ああ・・・・・・欲しいな」


 いつの時代も少年は、巨大ロボットに憧れてきた。

 ガン○ムとかエ○ァとか鉄人○8号とかあれとかこれとか。

 俺達の世代は幸運にも、ネットの世界でなら、という条件付きで鋼鉄の巨人を操ることができる。

 問題は電子擬装体の価格が学生の身分では見ることすら叶わないほどに高すぎることで・・・・・・。


「いてっ!?」


 いきなり脳天に重い衝撃が走った。

 目を開くと土埃で少し汚れたサッカーボールが弾んでいる。

 衝撃の正体はこいつらしい。

 いったい誰だよ、俺の頭にシュートしたのは。


「ごめーんっ・・・・・・大丈夫?」


 道沿いの運動場から女の子が駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫! 平気、平気!」


 雅也が返事を返す。


「・・・・・・なんで、お前が返事すんだよ?」

「細かいこと気にすんな。ほら、ボールを投げ返してやれよ」


 サッカーボールを拾い上げ、女の子に向かって投げ返してやった。


「ほんとにごめんね」


 彼女は微笑むと、ボールを持って運動場へと駆け戻っていった。


「結構、かわいかったよな。今の女の子」

「・・・」


 俺と雅也は立ち止まり、女の子をぼーっと眺める。


「もうひとつの、少年の憧れだよな」


 サッカーボールを追いかけて女の子の足が地面を跳ねる度に、

 胸の上の二つのボールもバウンドしている。

 足もすらっと健康的・・・。


「惜しいよな・・・。あんなかわゆい女の子が誰にも裸を見せないまま、

 スポーツで時間を使って老いていくなんて・・・」

「はっ?」


 雅也の声に我に返ると、雅也は先程のボールの少女に見とれている。


「なんだ、またいつものか? やめとけよ・・・。あんなかわいい子だったら、彼氏くらい居るだろうに」

「そんなんだから、お前はいつまでたっても彼女の一人もできないんだよ」


 軽く小突かれる。

 お前もいないだろうが。


「一人もって、彼女は二人も作るもんじゃないだろ・・・」


 あれ・・・?

 なんか変な方向に話が言ってないか?


「ん? どした?」

「ああ・・・いや、何でもない・・・」

「そうか。それよりも俺の勘じゃ、あの子は男と付き合ったことすらないだろう!」


 運動場の少女に向けた雅也の目が瞬きしていない。

 恐らく見ている光景を、脳内メモリーに焼き付けているに違いない。

 この変態め。いや、盗撮犯かな?

 もしもーし、お巡りさん、ここに盗撮犯がー。


「お前の勘は全然あてにしてないからな・・・・・・。

 ほら、いつだっけ? どっかの飲み屋の・・・相手が男と気付かずに付き合おうとしてたよな?」

「それはいい加減忘れてくれよ。俺も完全に消去デリートしたい黒歴史なんだからさ」


 かなり気まずい表情でそっぽを向いてしまう。

 軽い、調子が良い、そして()

 俺に彼女を見つけてやると、そう宣言してからすでに一年。

 いまだ、自分の彼女も見つかっていないらしい。

 まずは自分のリアルを充実させてそのおこぼれをくれってんだ。


「しかし、スポーツとは健全だなぁ。なんか大会でもあったっけ?」

「さあ? あまり興味がないからな」

「興味があるのはネットの方だけか? オタクめ。

 ・・・そういや、そろそろだよな。なんつったっけ、今年の大会名?」

「ネット闘技場の新人戦か? 『ノービス・ブレイク』だったっけ?」

「それは去年のだろ」

「えーと・・・『ニュービーズ・インパクト』だ」

「そうそう、それそれ! 楽しみだよなー。今年はどんな試合が見れるか!」

「・・・どうせなら、自分で出場したいところだけどな」

「そりゃそうだけど・・・。電子擬装体はおろか・・・それだけの処理ができるパソコンどころか家さえ無いんだぜ・・・」


 そう言って雅也は青空を仰ぎ見る。


「ところでさ、新しい寮って・・・・・・。この道でいいのか?」

「そのはずなんだけどな・・・」


 俺は答えながら、ネットの知り合いから来たメールを視野に投影してみる。


『不正アクセスで寮が丸々潰れたって?

 これは速報だなぁ、なんだったらうちに来るか?

 ちょうど部屋空いてるみたいだし

 from:霧崎アキト』


「久しぶりのメールがこれだけとは、

 あいかわらずというか・・・」


 これが今朝知り合いから届いたメッセージだ。

 いったいどこで廃寮の話を嗅ぎ付けたのやら。

 しかし、ゲームで知り合ってそのまま腐れ縁で・・・。

 いやいいや。

 あの日の試合は最悪だった。

 いきなり仮想空間が爆破されて危うく死ぬところだったんだから。


「それにしても、アキの姉さんも美人だよなぁ」


 俺が転送してやったメールを見ながら雅也が言う。

 いまそれ関係ないよね。

 さっきの話題いつまで引きずるんだこの野郎は。

 ・・・まさか従妹に手ぇ出そうってことなら、いくらお前でも。

 拳を作ってポキッと鳴らす。

 

「何度言わせる。姉じゃなくて、従姉だ! い・と・こ!」


 色々と複雑な家系に育った俺。

 あの人は俺にとって、一番親しい血縁関係者であり・・・・・・。


「まあ、顔立ちは悪くないな・・・・・・」


 と、自分でも思う。

 残念な人だけど。

 あの人は、子供の頃から綺麗だった。

 あの人と知り合ったのは俺が母親と死に別れ、親戚の家に預けられた頃の話。

 親父が帰ってこなくて・・・、それで俺は、あの人に出会った。

 俺の脳裏には、人形のように綺麗だったあの人の姿が今も焼きついている。


『・・・・・・わたしは、桜都学園の一番いい学科に入ってみせる

 それで、()に頼らずに自分の夢をかなえる

 影秋も一緒に来る?

 だったら一緒に正()の味()を目指そう』


 正義の味方、ね・・・・・・。

 思い出すと、苦笑が漏れる。

 俺も昔は『電子擬装体ロボットに乗った正義の味方』

 なんてものに、盲目的に憧れていたものだ。

 いや、今だって憧れが無いとは言えない。

 影秋、行っきまーす。

 とかね。


 まあ、別段にヒーローになりたいって意味じゃないけどさ。

 なったらなったでよく危ない目にあったりするのはお決まりだ。

 俺はなるとしたら正しいパイロットになりたいのさ。

『正義の味方』ってのは・・・・・・、

 俺的には、親父みたいな家族の死に際にも帰ってこない大人にならないと、

 誓いを込めた言葉なわけだ。


「しかしさすがアキ、この落書きみたいな地図がわかるとは」


 雅也の声が、思考を遮る。


「・・・それなんだが・・・迷った」

「迷った!?」

「すまん・・・」


 雅也の言う通り、このメールにある落書きみたいな汚れみたいな地図ではどこに寮があるか分かるわけがない。

 さっきからネットで検索をかけているんだがさすがにこれでは何もわからない。

 ネットに常時接続している俺と言えどこんな情報からでは・・・。

 画像検索でも一致率0%だぞ。

 ハッキングで送信元の住所を割り出すとかできたらな・・・。


「ちょっと待て! 俺はお前がわかってるもんだと思ってついてきたんだぞ!」


 俺たちは道端にじゃがみこむと、GPSを頼りに検索した周辺地図と落書きのような地図を見比べて議論する。

 ああ、なんてアナログな。今ってもうデジタルの時代だろ?

 ネットの知り合いさんよ、手書きとかじゃなくて普通にマップと連動させたアドレスくれりゃいいのに。


「だから、こっちがこの道だろ? じゃ、この迷路みたいなのは何なんだ?」

「なあ、この豚のしっぽみたいなくるくるしたのは何かの目印か?」

「ダメださっぱりわからん」

「・・・だな」


 俺たちは茫然と顔を見合わせる。


「なんでメールで手書きの地図なんだよ・・・」


 大切なモノは心を込めて手書き。

 誰だってきっとそう言うだろう。

 しかしいかんせん、この場合はさ・・・。

 これじゃ三、四歳くらいの子供が描くアレだ。

 顔だけ強調された落書きみたいなものだ。


「まいったな・・・電話にも出てくれないし」

「・・・あなたたち、迷子?」

「え?」


 振り返ると青い髪の女の子がいた。


「あ・・・その地図・・・」

「え? もしかして君が・・・」

「いや、書いたのはわたしじゃないよ。もしかして如月寮うちにようがあるの?」

「この地図らくがきの通りなら、そうだよ」

「案内してあげる、ついてきて」


 小柄な女の子はさっと俺たちの前に出た。

 透き通る青空のような青い髪がふわっと揺れる。


「ねえ、君。名前は?」

「わたしはレイア。レイア・キサラギ」

「えっ?」


 キサラギだって?

 彼の有名なプログラマと同じ名前だ。


「レイアちゃんって、もしかして最高級プログラマ(ウィザード)?」

魔法使い(ウィザード)? いいや、わたしは違うよ」


 だよね。そんなはずはない。こんな小さな女の子がウィザードだなんて・・・。

 俺はなんでそんなことを思ったんだろうか。



連載中の『アナザーライン-遥か異界で-』の最初の部分と繋がっています。

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