イベント開始
遅くなりました!
「これが異界の扉か……」
「デカイな……」
異界の扉が現れた中央広場に辿り着くと、そこは既に沢山のプレイヤーで溢れかえっていた。
「凄い人数ねぇ」
「私もこれだけ人が一つの場所に集まっているのは初めて見ます」
俺とメラクが異界の扉に圧倒されている中、ヒビキとシズクは集まった人々の数の多さに圧倒されていた。
「開始時刻までもう少しだ。みんな、装備や持ち物の最終点検をしておけよ」
時計を見ると現実時刻は9:58。こっちの世界で後6分後にこの扉が開く。そうすればイベント開始だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺たちは開始時刻までの時間を使って自身の持ち物と装備の点検を行った。その間誰一人として口を開くものは無く、ただ真剣にイベントへ向けての闘志を高めていた。
『お待たせ致しました。イベント開催時刻となりました。ただ今よりイベント用フィールド”ゲヘナ”が解放されます』
待つ事数分。遂にイベントの開始を告げるアナウンスがHHO内に響き渡った。同時にぴったりと閉じていた異界の扉が轟音と共に開く。
全てを飲み込む闇のごとく真っ暗な扉の先はまるで悪魔が口を開いて待ち受けてるような威圧感があった。
「よっしゃあ!やるぜ!」
「準備は万端。私達が一番乗りよ!」
HHO初のイベントだからみんな盛り上がってるな。これは俺たちも負けていられないな。
「よし!行くぞ、メラク、ヒビキ、シズク!」
「おうよ!いつでも行けるぜ!」
「地獄級って言うのが少し不安だけど、やるからには狙うは一位よね!」
「サポートは任せて下さい」
我先にと異界の扉へと駆けて行くプレイヤー達に続き、俺たちのパーティも異界の扉へと駆け出した。
***
ぶおんと言うエリアが変わる音と共に俺たちの視界が切り替わった。無事イベント用のフィールドへと入れたようだ。
「うおっ、凄いなこれは……」
そこは一言で言えば地獄だった。地面は崖のようなゴツゴツとした作りで、遠くに見える場所ではそこだけぽっかり空いており、そこへ落ちたらどうなるのかと不安になるほどに真っ暗で何も見えない。
空を見上げると上空にはそれでどうやって世界を照らしているのかと気になるような真っ黒な太陽が禍々しく輝いており、その周囲を巨大な鳥型モンスターが飛び交っている。一羽一羽がアクセルジェットホークの4分の3程度もある巨大な鳥型モンスターが二桁台で飛んでるとか恐怖しかないわ。
「うわっ、こえぇ〜」
俺がこの風景に驚いていると、一歩遅れて扉へと入ったメラク達が異界の扉から登場した。
「凄いわね……運営このフィールドに力入れすぎでしょ……」
「ドキドキしますね」
三者三様の反応を示すメラク達に苦笑しながら改めてこのフィールドを見渡す。今度は風景ではなく、モンスターの存在を確かめるためにだ。
今のところ見る限りに他のプレイヤーはいない。それもそうだ、適正レベル70〜とか言う鬼畜難易度のフィールドにわざわざ来る物好きが早々いるわけない。
え?俺たち?そうだな俺たちがその物好きの代表だ。
「どうやらこのフィールドを散策しつつ、モンスターを狩るイベントらしいな。取り敢えず進んでみよう」
パッと見回した限りにモンスターの姿は無い。まぁ入った瞬間に襲われるって事態を無くすためだろう。麗子さん達
こういうところには地味に気を使ってくれるから助かる。
俺はみんなが頷くのを確認すると隊列を組んでゆっくりと歩き出した。
***
「「グルルルゥ!」」
「っと、どうやらお出ましのようだな」
歩き始めて数分。初めてのモンスターが現れた。
双頭の凶犬と言った風貌のモンスターは、このフィールドと同じような赤黒い毛並みを逆立て、血走った四つの目でこちらを睨み付けている。
【ゲヘナオルトロス:LV70】
”ゲヘナ”オルトロスと言う事はこのイベント限定のモンスターで間違い無い。
HHO内でオルトロスと言う名前には聞き覚え無いけど、他のゲームではお馴染みの名前だ。このフィールドの名前がゲヘナだと言う事を考えると、名前にゲヘナと付くモンスターが対象の限定モンスターだろう。まぁ、先ずゲヘナと付くモンスター以外がいるのかどうか知らんが。
「ゲヘナオルトロス、レベルは70だってよ」
「レベル70ってマジかよ!?」
「あれ雑魚モブでしょ?余裕でボスモンスターより強そうなんだけど!?」
「私のサポートが何処まで通用するのでしょうか……」
現在俺のレベルが55、メラク達が一律37。
俺はともかくメラク達からしたら雑魚とのレベル差が倍近くある。
「取り敢えず先ずは俺がやってみるわ。相手がどんな動きするか少しでも分かればみんなでも勝てるかもしれないからね」
このゲームの良い所は例えどんなにレベル差があってもアバターを扱うPS次第でどんな相手でも勝てるところだ。それは俺が身を以て実感ている。何せあれだけのレベル差があった状態でも混沌の巫女達を倒せたんだからな。
俺は武器を抜き放ち、ゲヘナオルトロスに向かって斬りかかった。
「っと、やっぱ速いな」
だがその剣先は宙を切る。ゲヘナオルトロスは巨体らしからぬ俊敏さで華麗に回避をしてみせたのだ。
「「グルァ!」」
着地したゲヘナオルトロスは体制を整えると即座に俺へとタゲを定め、その強靭な四本の足で大地を蹴って鋭い牙を剥き襲い掛かって来る。
「なっ、めんなおらぁ!」
一直線に向かって来るゲヘナオルトロスを真正面で迎え撃ち、カウンターの要領で「豪脚」を叩き込む。
「「キャイン!?」」
一歩間違えれば足を持っていかれるような威力だったけど、この手のカウンターはもう慣れっこだ。早々失敗はしない。
「おらぁ!」
見事に決まった「豪脚」により吹き飛んだゲヘナオルトロス。この隙を逃す手は無い。
「とどめっ!」
「縮地」で一気に距離を詰め、その威力を殺さず一回転してかかと落としを当てる。
「『ダブルスラッシュ』『グランドクロス』」
地面に叩き付けられた衝撃で思い通りに動けないだろうゲヘナオルトロスのデッドポイントに渾身のスキルチェインを叩き込む。
「「くぅ〜ん……」」
デッドポイントに直撃を受けたゲヘナオルトロスは小さな呻き声を残して光の粒子へと変わる。同時に俺の脳内にレベルアップを告げる音も響いた。
(うん、レベル差があってもやっぱり雑魚モブには負けないな。ついでレベルも上がったし。これなら戦える)
「よし、行けるな」
「「「いやいやいや!」」」
グッと拳を握りしめて呟くと少し離れた位置で俺の戦いを見ていたメラク達が息の揃ったツッコミを入れてきた。
「何だよ今の動き!」
「ごめん、私の視界で追い付いたのアテナがゲヘナオルトロスを蹴り飛ばしたところまでだったわ」
「おかしいです、なんであんな動きが出来るんですか?」
お、おう?俺そんな変な動きだったか?俺の中じゃあの動きが普通だったから他の人からはどう見えているかなんて考えた事無かった。
「まーなんとかなるっしょ。きちんとデッドポイント狙えば倒せるし」
「そのデッドポイントに攻撃を当てるのが難しいんだけどな……」
せっかくアドバイスしてやったのにメラクの奴弱音吐いてるぞ。まったく、気合が足りんな。
「ん?ほら、次の獲物がご登場だぞ」
そうこうしていると、進路上に赤い眼光が現れた。その数は四。
またゲヘナオルトロスか?と思ったけどどうやら違うらしい。
【ゲヘナバット:LV70】
【ゲヘナシャドウ:LV71】
1メートル近くあるコウモリ型のモンスター一匹と、奥行きの感じられない姿でゆらゆら動く人型のモンスター一匹。こいつらはゲヘナバットとゲヘナシャドウと言うらしい。
「ゲヘナバットとゲヘナシャドウか。まぁ、やるだけやってみろって。俺がゲヘナシャドウの相手するからみんなはゲヘナバットを倒してくれ」
そうとだけ言い残し、俺はゲヘナシャドウへと駆け寄る。
「ちょ、待て待て!いきなり過ぎるだろ!」
「メラク!取り敢えずやるしかないよ!アテナの言う通りやるだけやってみよう!」
「私も頑張ります!」
左に構えた大悪魔の剣をゲヘナシャドウへと振り下ろす。それを迎撃しようとするゲヘナシャドウに対し、逆の手に持った大天使の剣でガラ空きとなった胴を切りつける。
「人型だと動きがわかりやすくて助かる」
渾身の力を込めた一撃はゲヘナシャドウのデッドポイントに吸い込まれて行きーーそれをすり抜けた。
「なに!?」
確実に切ったはずなのに宙を切った剣に目を見開く。その時に出来てしまった隙を突いてゲヘナシャドウの剣が俺の脳天目掛けて振り下ろされた。
「くっ!」
強引に体を捻り、大悪魔の剣と大天使の剣をクロスさせてその一撃を受け止める。
(ぐっ、やっぱレベル71ってのはシャレになんねーな……ただの一撃がこんなにも重い……)
クロスさせた二本の剣を開き、その勢いで相手の剣を弾き飛ばし、自分も後ろに跳ぶ。
「物理攻撃無効のモンスターか?」
ゲヘナシャドウを切った時、手には何の感触も無かった。つまりそれは実態が無いと言う事だ。
ゴースト型のモンスターの中には物理攻撃を受け付けない特異性を持ったモンスターがいる。状況を鑑みるにこのゲヘナシャドウもそれらと同種のモンスターである可能性は非常に高い。
「なら魔法だな」
俺は即座に地面を蹴り、サイドステップの要領で一瞬ゲヘナシャドウの視界から消えた。その隙に魔法を紡ぎ、相手の視界の外から一気に強襲する。
「『カオスブラスト』」
俺の手から放たれた「カオスブラスト」は直線上になる地面を抉り、一直線にゲヘナシャドウへ襲い掛かる。
「オマケだ!『カオスレーザー』」
「カオスブラスト」に飲み込まれたゲヘナシャドウへ、無数に出現した「カオスレーザー」が次々と襲い掛かる。
「カオスブラスト」の直撃を受け「カオスレーザー」で全身を穿たれたゲヘナシャドウは、ゆっくりと膝をついて大地に倒れ込む。そしてやがて光の粒子となって俺の視界から消えて無くなった。
「ふぅ、厄介な奴だった」
俺は抜刀していた二本の剣を鞘に納め、まだ続いているメラク達の戦闘へ興味を移す。
「おー、なんだメラクの奴、あんな事言ってたくせに普通にやり合えてるじゃん」
見ると丁度メラクがゲヘナバットの攻撃を回避しているところだった。
「くそっ!超音波が来るぞ、当たるなよ!」
メラクが叫んだ直後、ゲヘナバットを中心に空間が歪んだ。あれが超音波攻撃なのだろう。
「隙あり!」
超音波を放ち終え、ディレイタイムに入ったゲヘナバットの隙を逃さずヒビキが一息に懐に飛び込んだ。
「『ビーストクロー』!」
クロー系装備の初期技「ビーストクロー」か。力任せに爪を振り抜いて威力を上げるだけの単純な技だけど、その分ディレイタイムが少なくて連用や、他の技との組み合わせがし易いと爪使い達には密かに人気な技だ。
獣人系統の種族は種族ごとの特徴にもよるけど、大抵の場合が素早い連撃と高い俊敏性による回避力を売りとした純近接タイプの種族だ。ヒビキの神狼はそれをあからさまに体現した種族で、高い攻撃力に素早さを併せ持った純粋な獣人だ。その分防御力は低く、恐らくゲヘナバットの攻撃を一発でもまともに受けると一瞬でHPを失うだろう。
「援護します!『パワーエンチャント』『スピードエンチャント』」
ほう、あれは補助魔法か。「天使のベール」の時もそうだけとシズクは完全に補助に特化しているな。そうでもないとレベル37で「天使のベール」までマスター出来ないだろうからな。それかそもそも女神と言う種族の固有スキル的な物があるのかもしれないけどな。
女神は恐らく天使系統の種族になるだろう。天使系統の特徴と言えば、豊富な補助魔法とそれを活かすMP量の多さだ。β時代で天使の種族を引いていた人は補助魔法と同時に攻撃魔法も覚えていて、完璧に魔法使いとして立ち回っていた。シズクは多分だけど、攻撃魔法は最低限しか使えないと思う。その分のMPを全て補助に回しているような節があるのだ。ソロでは多分レベル20くらいの敵にすら負けるかもしれない。だがパーティ戦となると話は別で、一転してこれ以上に無いほどの脅威となる。彼女一人がパーティに加入するだけでそのパーティのレベルは一つ二つ飛び抜ける事になるだろうな。魔法職のためヒビキ同様に防御力は低いだろうが、それもパーティとなると盾役がいるだろうから短所とは言い辛い。まぁ、このパーティでは盾役となるべきメラクの種族が盾として機能する種族なのかは不明だけど。
「俺もやるぜ!くらえ『ソウルイーター』!」
む?あれは聞いた事無い戦技だな。「ソウルイーター」って言うあからさまな名前からして死神の種族限定スキルか?ダメージを与えた敵からHPとMPを奪うなんて、中々に死神しているな。
死神は正直種族の括りがよく分からない。天使系統なのか悪魔系統なのかあやふやなんだ。
天使系統の神と、悪魔系統の死を名に持つ死神はステータスのバランスが非常に良い。天使の魔法特化スキルに悪魔の攻撃特化スキルを同時に覚えられて、その上それを活かす補助スキルも覚える。メラクからステータスを聞いた時には驚いたものだ。流石に天魔や魔天龍のような馬鹿げた能力値では無いのだが、もしその二つが無かったら間違い無く現状最強の種族であっただろう。それほどまでに死神には欠点が無いのだ。
死神が持つ固有スキルは主に相手の力を己の糧とする物が多い。それは先程の「ソウルイーター」から分かるだろう。だが真に驚嘆すべきはそれをまだまだ荒削りながらもきちんと使いこなしているメラクのPSの高さだ。俺としても自分のPSに自信はあるが、それはあくまでリアルでの身体能力の高さがあった故であり、まだ完全にこの世界での肉体を操れているわけではない。だけどメラクは既に殆ど思い通りに動かしている節がある。アバターの動きに違和感が無いのだ。
こいつは昔から何事もそつなくこなす器用な奴だった。流石に運動では負けた事無いけど、それ以外では良く俺が負けていた。勉強然り、専門技術然り、とにかくこいつは何事もこなしていた。メラクの真に恐れるべきは種族でも能力でも無く、死神と言う種族の己を操る器用さだ。
「これはいいな」
あの3人の戦闘は見ていて面白い。一人一人が自分の役割を理解してそれを果たしている。しかもリアルでの友達同士と言う事で息もピッタリ。
「とりゃああああ!!」
気合の声と共にヒビキの攻撃がゲヘナバットの中心を捉える。
シズクの力で威力が底上げされた一撃はゲヘナバットの口内へと突き刺さり、デッドポイントを蹂躙する。
「キィィィ!!」
「トドメ行くぜ!」
悲鳴を上げるゲヘナバットに命を刈り取る死神の鎌が襲い掛かる。
メラクの「ソウルイーター」は先ずゲヘナバットの左翼を切り落とし、返す刃で右翼を切り落とした。そして、最後の一撃とばかりにメラクは力を込めてゲヘナバットの脳天へと大鎌を振り下ろす。
「キィ……」
口内と脳天のデッドポイントに一撃をくらったゲヘナバットはやがて力なく地面に墜落し、姿を光の粒子へと変えていった。メラク達の勝ちだ。




