イベント前準備
『緊急事態発生!始まりの街に異界への扉が開きました!』
あ、今回はこんな感じに始まるのね。
「始まったみたいだな」
「だな、まだ情報の開示だけだから本格的に始まるまでは時間があるけどな」
「異界の扉って言うのが今回のイベントのステージっぽいわね。どんな所なのかしら?」
「楽しみですね」
俺たちは近くの建物の上に移動して新たに現れたらしい異界の扉とやらを探した。
……あ、多分アレだなあの街の中心部にあるあのデカイ扉。さっきまで無かったし。
『異界の扉の先は冥界。そこに住む凶悪なモンスター達がこの街への侵攻を企んでいます!プレイヤーの皆様には冥界に乗り込んでこれらのモンスターの撃退を依頼します!
このイベントは難易度の選択が可能です。難易度はそれぞれ初級、中級、上級、超級、地獄級の5つから選択出来ます。プレイヤーの皆様はご自身に合った難易度を選択してイベントに望んでください。』
その言葉と共に運営からのメッセージが送られてきた。どうやらこれは全プレイヤー共通らしく、隣を見るとメラク、ヒビキ、シズクも同じようなメッセージを受け取っていた。
『本イベントは本日8月5日10:00〜8月8日23:59までの実施となっております。詳細は皆様に送られたメッセージをご確認ください。
それでは皆様、マナーを守り楽しくHHOをプレイしましょう。』
アナウンスはそこで途切れ、辺りは早くもイベントの話題で盛り上がっている。
「メッセージ見るか」
そんなゲーマーとして当然の様子に微笑みながら俺はウィンドウを開いて今さっき来たばかりのメールをクリックする。
メラク達も各々でメールのチェックを始めたようで、彼等の前にも同じようなウィンドウが展開されていた。
「ふむふむ、なるほど」
簡単に纏めるとこうだな。
・開催期間は8月5日の10:00〜8月12日の23:59までの1週間。
・やる事は特別フィールドでのモンスター討伐。
・モンスターを狩るとポイントが加算され、その日毎の獲得ポイントランキングが公開され、最終日に期間中の総合獲得ポイントと順位が公開される。当然ながらこれは難易度が高ければ高いほど加算ポイントは大きい。
・パーティを組んでる場合は通常より多くポイントが貰え、それらがパーティメンバー全体に加算される。ただし戦闘への貢献度に応じて加算ポイントは増減する。
・ランキングには、ソロランキングとパーティランキングがあり、それぞれに報酬が用意されている。
・特別フィールドに現れる敵からのドロップアイテムで限定装備を作れる。
・推奨レベルは初級で1〜10、中級で11〜20、上級で21〜30、超級で31〜40、地獄級で最低70以上。
この6個のポイントが今回のイベントの詳細を纏めた結果だ。
やっぱり最初のイベントだけあってかなり温めの設定になっている。それでも地獄級の難易度だけはおかしいけどな。なんだよ推奨レベル最低70以上って、クリアさせる気無いだろこれ。
と言うかこの地獄級って明らかに麗子さんや那須さんが俺対策に入れて来たとしか思えん。
だってそうだろ?レベル70が最低って事は混沌の神殿の中ボスだったグレートデーモン・ガーディアンとアークエンジェル・ガーディアン並みの強さが最低って事だ。
勿論中ボスとしてのAIを組まれていた奴等と無限に湧くモンスターとでは比べ物にはならないだろうが、それでも雑魚一匹一匹が混沌の神殿に出て来たモンスターより強いって事には変わりない。
「おっ、ここでもう挑む難易度選べるのか。選択後も変更可能だし今決めちゃう?」
「そうだな、パーティ参加オッケーらしいし、アテナの戦力も踏まえるとここは無難に超級辺りか?」
「そうね、流石に地獄級は強すぎるもんね」
「賛成です」
そこで丁度メッセージを読み終えたメラク達が顔を上げながら言った。
「んじゃ、取り敢えず最初にパーティ申請しとくわ。パーティリーダーは誰でもいいけど、申請したの俺だし俺がそのままやっておくわ」
「あいよ、じゃあアテナに任せたわ」
メラクの返事を受けて俺はパーティ申請を三人に送った。すると即座に三人ともパーティに参加し、カーソルもパーティを組んでる事を示す黄緑色に変わった。
「難易度はパーティ組んだら、受ける難易度の決定権はリーダーにあるんだよな」
「そうだな。まぁさっきも言ったが無難に超級だろ」
「おけおけ、じゃあ地獄級にしとくわ」
ポチッと難易度選択から地獄級を押す。
「「「はい?」」」
凄いな、三人の声が見事に重なった。
おいおい、何をそんな惚けた顔をしてるんだ?取り敢えず最初は最高難易度ってゲーマーとして基本だろ?
「大丈夫大丈夫、やってみて無理そうなら直ぐ難易度落とすから、取り敢えずやってみようぜ」
「んなこと言ってお前なぁ……」
笑いながら肩をバシバシ叩いてやるとメラクにジト目をされた。何故だ。
「ま、取り敢えず準備はしておこうぜ。俺の馴染みの露店があるから先ずそこに向かおう」
そうとだけ告げると俺は建物から飛び降りてジュエリーが露店を出している場所に向かう。
「自由ね……」
「ですがそこが早神君のいいところでもありますよ?」
「違いねぇ。アテナになっても瞬矢は瞬矢って事だな」
何かあいつらに生暖かい目で見られてるんだけど、何でだ?
***
「ようジュエリー、良いものあるか?」
「アテナいらっしゃい〜。色々と入ってるけど〜、今日は何を探してるの〜?」
何時もの場所にお目当の少女が露店を開いている。俺のお得意様のジュエリーだ。
「ああ、今日これからイベントが始まるだろ?だからポーション類と他に役立ちそうな物を売って欲しいんだ」
「了解〜、ちょっと待っててね〜」
ジュエリーはウィンドウを操作して何やら持ち物の確認をしているようだ。
「うん、大丈夫〜いいのあるよ〜」
そう言ってジュエリーが取り出したのは以前にも買った初級回復ポーションと初級MPポーション。それと初めて見る石?のような物。
「初級ポーション類は分かるけどその石みたいなのは何?」
「これは〜身代わりの欠片って言って〜持っていると一度だけ死亡を防いでくれるんだ〜。でも、最高で3つまでしかストック出来ないから注意ね〜」
身代わりの欠片か。確かβ時代にもあったな。俺が見ていた動画ではあまり効果を発揮していなかったけど、掲示板にはそれに助けられたって話が幾つか上がっていた。
「へぇ、なら初級ポーション2種類と身代わりの欠片をあるだけ貰っていいか?今回のイベントはパーティで挑む事にしたからそいつらの分も欲しいんだよ」
俺は少し離れたところで別の露店を覗いているメラク達を親指で指しながらジュエリーとの商談を続ける。
「あれ〜?アテナってパーティ組む人いたんだ〜?」
ぐさっ!
「酷いなジュエリー……俺をぼっちみたいに言うなよ……」
「だってだって〜、ボスを討伐した際のアナウンスでアテナがパーティ組んでた事無いでしょ〜?」
ぐさぐさっ!
「あ、あれは違う!確かにあの時はソロだったけど、それは自分の実力を磨くためにだな……」
「つまり一人だったんでしょ〜?だからアテナにパーティ組める人がいて驚いた〜」
ひゅーん……ドシーン!
「俺泣いていい……?」
「あ、ごめんね〜!そう言うわけで言ったわけじゃないの〜!アテナって他の人達をぶっちぎってのトッププレイヤーでしょ〜?だからそんなアテナとパーティを組める人がいるんだな〜って思っただけなの〜!アテナをぼっちだとか、可哀想な人だとかおもったわけじゃないからね〜」
「やめて!俺のライフはもうゼロよ!」
そのような表現が出る時点で内心思っていた証拠だよね?ジュエリーさん貴女ちょっと天然入り過ぎですよ。
「アテナー買い物終わったのかー?」
そこに他の露店を除き終えたメラクがやって来て声を掛けて来た。
ナイスだメラク!心の友よ!
「その人達がアテナのパーティメンバーですか〜?」
「そ、こいつはメラクで、あそこの女の子二人がヒビキとシズク。俺たちはリアルでの友達同士なんだ」
「そうだったんですか〜あ、私ジュエリーと言います〜。しがない商人ですがよろしくお願いします〜」
「メラクだよろしくなジュエリーちゃん」
「ヒビキよ、よろしくね」
「シズクと言います。何かとお世話になると思いますので、よろしくお願い致します」
ジュエリーにメラク達を紹介してやると、ジュエリーもみんなに挨拶を行った。
メラク達の挨拶が終わると俺とジュエリーは先ほどの取り引きの続き行い、無事初級ポーション2種類と身代わりの欠片を購入した。
「ほらこれを持ってろ」
早速購入したポーションと身代わりの欠片を四人で分配した。割と痛い出費だったけど今回のイベントで十分に稼ぎ返せる額だし、このくらいなら必要経費の内だろ。
「いいのか?幾らリア友だからってこんなポンポン奢って」
「あ?何言ってんだ誰が奢るって言ったよ?きちんと代金は返してもらうぞ?ただし身体でな」
「「「か、身体!?///」」」
「いや、メラクまでそんな反応するな気持ち悪いだけだから」
俺は冷静にツッコミを入れた。いやだって色白の肌に真っ黒い髪をした細身のイケメンが自分の体を抱き抱えてうねうねしてるんだぜ?
「変な勘違いをするなよ?身体で返してもらうっていうのはイベントへの貢献度で返せって意味だからな?」
「分かってるわよ、ちょっとふざけただけだから。……まぁ瞬矢なら本当に身体でもいいんだけど」
「すみません、私も少しおふざけをしてみました。……半分は本気でしたけど」
どうやらヒビキもシズクもただの悪ノリだったようだ。良かった良かった、本気で言われてたら俺がただの最低野郎になっているところだった。
二人が最後に何言ったのかは声が小さくて聞こえ無かったけど、まぁどうせ大した事では無いだろう。本当に大事な事ならまた改めて言って来るだろうしね。
「まぁなんだ、つーわけで消耗品の買い足しは終わりだな。ジュエリー、他に何
あるか?もしあったら買って行くぞ?」
「う〜んとね〜……あっ!そう言えば閃光虫が手に入ったから作ってみた閃光玉があった〜。何度か失敗した所為で3個しか無いけどいる〜?」
「お、いいね。今回のイベントは冥界がステージらしいし、もしかしたら役に立つかもしれないな。よし、それも売ってくれ!」
「ん〜……お金はいいよ〜、たくさん買ってくれたからサービスって事で〜。あ、でも冥界のドロップ品を手に入れたら是非ここに下ろしてね〜。取り引きってことで〜」
閃光玉無料は嬉しい。あれって買うと中々値段がするからな。その代わり取り引きとして素材をここに下ろす事になるが、元からそのつもりだったから別に構わないな。
「了解、そんなことでいいなら幾らでも下ろすよ。取り敢えず閃光玉は貰っていいんだよな?」
「うん〜私はアテナが持って来る素材に期待してお金を用意して待ってるね〜」
どうやらジュエリーは今回のイベントは完全に儲けに徹するようだ。まぁ商人としてのプレイスタイルを取ってるジュエリーならそうだろうな。でも多分だけど本気で戦うとジュエリーも相当やるんじゃないかと思う。
・ジュエリー:41:オンライン
フレンドリストから確認出来る情報はフレンドの名前とレベル、それとゲームにインしているか否かだ。
それらの情報を踏まえてジュエリーを見ると、この通りジュエリーのレベルはトッププレイヤーと言っても差し支え無いレベルと言うわけだ。掲示板曰く、俺を覗くと現在最高レベルのプレイヤーはアレスで、そのレベルは43。ジュエリーとたった2つしか変わらない。
「んじゃ、俺たちはもう行くわ。イベントまでこっちの時間で30分強ってとこだしな」
いつかジュエリーとは1対1で闘ってみたいものだが、今は取り敢えず目の前のイベントが優先だ。
俺はジュエリーに礼と挨拶を済ませると、メラク達を伴って先程確認した扉のある街の中心部を目指した。




