28話 これは勘違いするよね
復帰記念の短めです。なんとか失踪しないようにしなくては!
「っと、メールか……」
混沌の神殿を出た俺は始まりの街まで移動してぶらぶらとしていた。さっきまで肩にいたツクヨは眠たそうにしていたので俺の中へと戻してやったので今はいない。
その時ピローン♪と間の抜けた音が俺の脳内に響いた。メールを知らせる音だ。
確認すると差し出しに人の名前はアイギスとなっており、つまり留美がログインして来たと言う事だ。
『兄さん、今戻って来たのだが兄さんの方は大丈夫か?
私はさっきの広場にいるから手が空いたのなら来て欲しい』
「だいたい予想通りの時間だな……『今から向かうから待ってて』っと」
俺はアイギスからのメールにそう簡潔に返信し、待ち合わせの広場に向かって足を進めた。
***
「お待たせアイギス。もうやる事は終わったのか?」
「ああ。兄さんの方こそやる事は終わったのか?」
「別の事になったけど、終わったって言えば終わったかな。丁度さっきな」
「そうか、なら丁度良かったのだな」
俺とアイギスが幾つか言葉を交わしていると、不意に大きなアナウンスが街全体に響いた。
『この度はHeaven&Hell Onlineをお楽しみいただき誠にありがとうございます。Heaven&Hell Onlineの正式サービス開始を祝し、明後日8月5日に正式サービス初のイベントを行います。イベントの内容については皆様へのサプライズの意味合いを込めて当日まで秘匿とさせていただきます。御了承下さい。それでは皆様引き続きHeaven&Hell Onlineをお楽しみください』
辺りにざわめきが生まれる。そしてそれはどんどん拡がって行き、やがて始まりの街全体を震わせる程にまで至った。
「イベントだってよアイギス。楽しみだな!」
「う〜む……私にはよく分からないけど兄さんがそう言うなそうなのだろうな……って兄さん!?何をするんだ!?」
その喧騒の中、俺は楽しみ過ぎておもわず近くにいたアイギスを持ち上げ年甲斐も無くはしゃいでしまった。
「うわわわわっ!やめてくれ兄さん目が回る!うわあああっ!!」
そして思わず天魔翼生成を発動して空にまで飛び上がってしまった。天魔翼生成は今の所俺にしか使えない能力であり、その特徴は最早知れ渡っている。その結果どうなるか。
「あっ!《戦男女》のアテナだ!」
「何ぃっ!?それは本当か!」
「あそこだ!」
「アテナさーん!是非僕とフレンドに!」
「いいえ!アテナ様は私とフレンドになるの!」
答え、辺りは大騒ぎになる。
ーーこれはまずい!
「やっべ、逃げよ」
俺はアイギスを抱えたまま空中で一時停止し、その瞬間爆発的に翼をはためかせ一気に加速して始まりの街の空を駆ける。季節毎の四季も存在するHHOの空は夏真っ盛りの明るさを持っているが、そろそろ時間的に薄暗くなって来る。俺はその僅かな暗さに紛れながら着陸した。空を駆ける俺の姿は酷く目立っただろうが、取り敢えず今は追っ手をまけた事を喜ぼう。
一息ついた俺はそこで漸く脇に抱えていた存在を思い出した。
「うおっ、すまんアイギス!大丈夫か!?」
「うっ、うう……なんとかな……だけど目が回って腰が抜けて暫くまともに立てそうに無い……」
そうだ、俺の妹の留美は絶叫マシーン系が大の苦手だった。
それはこのHHOの世界でアイギスとなっても変わらないらしく、アイギスは目を回してふらふらしている。下手な絶叫マシーンよりよっぽど激しい俺の飛行でそんな彼女引っ張り回したらこうなるのも当然だ。
「や、やばいどうしよう……ああ!取り敢えず一旦ログアウトさせないと……」
俺は面白いくらい慌てながら、しまいにはぐったりとし出したアイギスの手を持ってメニューを操作してログアウトさせた。
「俺も一旦落ちて留美に謝らないと!」
それに続いて俺も自分のメニューを出現させてログアウトした。
***
「留美ィ!大丈夫かっ!?」
ログアウトした俺は速攻でベッドを飛び降り、部屋を飛び出して隣にある留美の部屋へと飛び込んだ。
「ううっ、兄さん……」
すると元気の無い声音で留美の返事が聞こえた。どうやらそれはベッドの上からしたようで、俺は慌てて留美の寝ているベッドに近付き、顔を青ざめさせている留美の手を握って声を掛けた。
「留美っ!どうした、気分が悪いのか!?頭が痛いのか!?何か欲しいものあるか!?」
「み、水……」
「水だなっ!すぐ持ってくる!」
俺は来た時同様に部屋を飛び出し、一階のキッチンまで急いで走って留美のカップと冷蔵庫から天然水を取り出し、また急いで部屋へと戻る。その際留美のカップにポットからカップの一割程までお湯を入れるのを忘れない。体調が優れない時はキンキンに冷えた水より多少温めの水の方が良いのだ。
もしかしたらだが今回のこれが俺の生きてきた17年間で一番慌てた出来事かもしれない。それ程動揺していた気がする。
「ほら、水だ。少し温めにしてあるからゆっくり飲め」
「ありがとう……」
留美は青ざめた顔のまま俺の手からカップを受け取り、少しずつ口に運んで行く。
「ふぅ、少し落ち着いてきた……」
留美はそう言って空になったカップを置いた。それを確認した俺は留美の前にて土下座をしていた。
「すまん!お前が絶叫マシーン系が苦手なの知っているくせに、あんなに引っ張り回してしまった!」
そう言って深々と頭を下げる俺に留美は慌てて顔をあげるように言った。
「い、いいんだ兄さん。寧ろ私は兄さんがあんな知られていて妹として鼻が高いくらいだ」
「でも、兄として妹の苦手な事を味合わせてしまったと言う事に俺が俺を許せない。お詫びと言ってはなんだが、お前の頼みをなんでも一つ聞いてやる。だから何かあったら遠慮なく俺に言ってくれ」
「ほ、本当か!?」
留美の反応は俺の思ってた以上に好反応だった。
「お、おう、何でも言ってくれよ。こんななりだが一応兄だからな。侘びの兼ねもあるが、それ以上に妹を喜ばせられることが何より嬉しい」
留美の反応に思わずどもりながらも、男に二言は無い!とばかりに胸を張って答えた。
「兄さん……」
留美は嬉しいけど何処か恥ずかしそうに頬を染め、照れくさそうに小さくありがとうと呟いた。その時、ガチャリの背後の扉が開いた。それ伴い俺たちには聞きなれた声が、そしてこのタイミングでは最悪にも思える声が聞こえた。
「あ、貴方達……何してるの……?」
そう、俺たちの母親の声が……。
「お、落ちちゅけ母さん!瞬と留美だぞ!そんな事あるわけないだろ!」
「お、お父さんこそ落ち着くのよ!いや、でも瞬君も留美ちゃんも他のお家の兄妹より仲良かったし、いやでもまさか……」
タイミング良く……いや、この場合は悪く扉を開けて入って来たのは俺と留美の父さんと母さんである。
いっつも仕事で帰って来るのが遅い二人が何でこんな時間に……って、そう言えばこの間、この日は珍しく二人揃って早く仕事が上がれるとか言っていたような……。
俺は自分と留美の格好を見下ろし、そして気付いた。
(そ、そう言えばHHOにログインしている時って常に寝たきりの状態になるからって楽な格好をしていたんだったーーー!!)
そんな俺の格好は個人的に一番楽だと感じた、下着に生地が薄めのワイシャツ一枚の姿。そして寝込んでいる留美も似たような際どい格好をしている。スポーツ万能の留美らしい健康的な太腿が丸見えだ。
それだけでも十分アウトなのに、今の俺は寝たままの留美が誤ってベッドに水をこぼさないように留美のベッドに乗っかって留美の手ごと水が入ったカップを支えている。その姿はまるで情事を行う直前のカップルのように見える事だろう。
因みに詳しい絵面はこうだ。先程言った姿の俺がベッドに乗り、その真下にベッドから半身を起こした留美。そして留美がカップを零さないように留美に跨りながら片手で留美の手ごとカップを支え、もう片方の手で留美の背中をさすっている。
ああなるほど、これは完璧に勘違いしますわ、うん。
「ご、誤解しないでくれーーーー!!」
くれーーーー……!!くれーーーー……!くれーーー……。
俺のそんな叫びが夜の街へと響き渡った。
「ううっ、どうしたんだ兄さん……」
留美は気付いていないようだが俺はもう恥ずか死しそう……。




