25話 狂神散る
HHOの体感速度を10倍から3倍に変更しました。流石に10倍は長過ぎでした。それに伴い話の一部を修正致しました。もし見逃しありましたから、是非ご指摘下さいm(_ _)m
剣と大鎌が激突し、甲高い音を上げながら持ち主達を弾き飛ばす。 それによりお互いの距離がまた開く。
混沌の巫女はそんな現状に妖艶に笑う。
「見せてあげる!これが私のとっておきよぉ!『狂神化』!」
混沌の巫女から高めのソプラノのような声ざ紡がれる。その直後彼女から赤黒い瘴気が立ち込め出し、彼女の小さな身体を包み込んで行った。
混沌の巫女の変化に俺は警戒を強め、何が起きても対応出来るように武器を守りの形に持ち替える。
ーーそしてそれが結果的に俺を救う事になった。
グワキィィィン!!
「なっ!?」
唐突に押しかかってくる強大な質量による暴力。守りの形に持ち替えていた武器を通しても尚、落ちる事無い威力が俺の体を防御など無意味だとばかりに弾き飛ばした。
「がはっ!」
無様に壁に叩き付けられる事となった俺は、視界の端でガクンッと減るHPを捉えつつ、直ぐにこの場は危険と判断して壁を蹴り、自ら落ちるようにしてその場を退避した。
ズドォォン!!
その直後俺が叩き付けられていた壁が爆音を立てる。幸いにも壁は破壊不能オブジェクトだったらしく、壊れると言う事は無かったが、あの音を聞けば嫌でも分からされる。あそこにいたら俺のHPは全て消し飛ばされてたいただろう。
「なんだってんだよ!」
俺の悲鳴にも似た声に反応したのか、この場にいる唯一の自分以外人物の声が轟く。
「アハッ、アハハハハッ、アハハハハハハハハハッ!」
「くそっ!意味有る言葉すら発してくれねぇのかよ!」
狂気染みた笑い声とともに振り回される大鎌の攻撃を必死に回避しながら俺は悪態を吐く。
ゴオッ!と大鎌と言う武器から放たれるはずの無い音を立てながら振り下ろされる大鎌の一撃を辛うじてパリィして反撃に転じてみるが、もう片方の大鎌で完璧にガードされ、逆に攻撃を喰らいそうになる。
「っ!」
なんとか紙一重で回避するも、的確に首元へと伸ばされた刃に冷や汗が流れ落ちる感覚に見舞われる。
(狂ってはいても、攻撃の精密差は変わらないってか!)
「アハハハハッ!凄い!これを避けるんだ!でもそうこなくっちゃぁ!」
「チッ、本当に狂ってやがる……状態異常『狂化』か……やっかいだな」
狂化とは自身を暴走状態にさせる代わりに自身のステータスを大幅に強化すると言うモンスター専用の状態異常の事である。
暴走状態となるため通常であれば動きが単調になったり、攻撃が大振りになったりするのだが、この混沌の巫女は暴走状態の体を自身の思い通りに扱っている。……いや、正確には暴走はしているのだが元々高かったステータスを更に強化しているために単調な動きや大振りの攻撃であっても、その全てが雷の如き鋭さを持っているのだ。
「アハハハハッ!ほらほらぁ!どうにかして見せてよぉ!」
狂った笑みでそう叫ぶ混沌の巫女に内心「ふざけるな!」と罵声を浴びせるが、俺がこの状況に対して何も出来ていないと言うのは紛れも無い事実なので、悔しいが今回は奴の挑発に乗ってやる事にした。もしこれが防がれたり、そもそも無意味だったりしたら俺に勝ち目は無い……
「こりゃあ賭けになるかもな……『クロスエッジ』」
混沌の巫女が大鎌を振り下ろして来たタイミングに合わせて刀身に向けて戦技のクロスエッジを繰り出す。
受けた衝撃で目標からズレる大鎌を横目で見送り、大きな賭けに勝った事に安堵する。どうやら超級ATKポーションで大幅に強化した俺のSTRなら上手くやれば狂化状態の混沌の巫女の攻撃すらも力尽くで弾けるだけの力があるらしい。
(よしっ!これならいける!)
「アハハハハッ!凄い凄い!私の大鎌を弾くなんて、貴方が初めてよぉ!」
混沌の巫女は実に愉快そうに声をあげる。
ーーだがその余裕もここまでだ!
「『カオスレーザー』」
貫通能力に特化した混沌魔法第四の魔法。迷い無く飛んで来る魔法に、混沌の巫女も嫌な予感がしたのか、迎撃する体制からすぐに回避行動へと転じた。
カオスレーザーは貫通能力に特化しているために唐突な方向転換にはついて行けない。そのため、混沌の巫女に躱されたカオスレーザーは何も捉える事無く消え失せる。だがそれでいい。混沌の巫女の注意を一瞬でも逸らせればそれでいいのだ。
「『グランドクロス』『ダブルスラッシュ』『セイクリッドクロス』!」
俺は縮地を使い一瞬で混沌の巫女に肉薄し、三連スキルチェインの戦技を発動した!
「アハッ、やるわねぇ!でもまだ足りないわ!『サイクロンスピン』
「いいや、これで十分だ!」
グランドクロスが当たる寸前、俺の攻撃に反応してみせた混沌の巫女は、手に持つ二本の大鎌を器用に回転させ、グランドクロスを迎撃しようとする。だがそれは想定内!俺はグランドクロスを発動させたまま、大きく一歩踏み込み、正確に二本の回転する大鎌にグランドクロスをぶつける。
「っ!?」
その結果、俺の剣が大鎌の回転に対するストッパーの役割を持ち、混沌の巫女にも対抗出来るSTRにものを言わせてガチッと大鎌の回転を止める。そしてその瞬間に発動するダブルスラッシュ。
「まさかっ!?」
「そのまさかだよ!」
グランドクロスにより回転を止められた大鎌は、そこにダブルスラッシュの発動を受け、大きく外に向けて弾かれる。
「これでフィニッシュだ!」
そして最後に無防備となった混沌の巫女に叩き込まれるセイクリッドクロス。
「きゃああああっ!」
混沌の巫女は頭部から股間、腰から逆の腰にかけての十字に斬り裂かれ、地上に落下して行く。
「ダメ押し!」
それ目掛けて縮地で追いかけ、地上に接触する瞬間に剣を垂直に突き立てる。
突き立てた剣は混沌の巫女右手と右足を貫き、彼女を地面に張り付ける。
「おいおい……まだHP残っているのかよ……」
ここまでの必要以上の攻撃を受けたにも関わらす混沌の巫女のHPバーはまだ1割残っている。どうやら混沌の巫女は偶にいるHPを一定以下を切ると何かしらのステータスが上昇するタイプのモンスターであったらしく、あんなに弱かった防御が俺の渾身の一撃を耐えるまでに上昇していたようだ。
「まぁいい、後は止めだ」
ふぅ……と軽く息を吐き混沌の巫女に近付く。だが俺はこの時僅かに気を抜いていた。激戦に次ぐ激戦がこれで漸く終わると言う状況に油断してしまったのだ。そう、俺は知っていたはずだ、手負いの獣こそ一番手強い存在である、と。
「アアアアアッ!」
「……えっ?」
俺は呆然となった。
背中から二つの刃がこんにちはをしている。
顔を落とすと二つの刃の根元が腹へとお邪魔しますをしている。
ここから結び付けられる事は一つ……俺の体は混沌の巫女の大鎌に刺し貫かれた。
「っ!」
自覚した途端、全身に得体の知れない感覚が走る。痛みは無い。何故ならこのゲームには痛覚を遮断するシステムが存在し、設定からそれを解除ーーそれでも一定以下の痛みしか感じないがーーしない限りはどんな攻撃を喰らっても痛みは感じないからだ。……中には敢えてそれを解除してまで痛みを味わいたいと言う特殊な人種も存在するにはするが、生憎俺はそう言うのは趣味では無いのでその設定は弄っていない。
ならこの感覚はなんなのだろうか。
冷たい刃が俺の体内に存在する感覚。そしてそれでも痛みを感じていないと言う事への違和感。一言で表すのなら……そう、”不快”が適切か。
「ぐぅ!」
俺は豪脚で混沌の巫女を思い切り蹴飛ばす。その衝撃で俺に突き刺さっていた二本の大鎌と混沌の巫女を固定していた俺の剣が抜け、混沌の巫女は大きく吹き飛ぶ。だが光の粒子にならないと言う事は、まだギリギリで生きているようだ。
「くそっ!」
油断した!俺は一息天魔ポーションを煽り、HPと腹部と背中の傷を一度に癒し、即座に武器を拾い、ふらふらと立ち上がる混沌の巫女に向けて構える。そして彼女が完璧に立ち上がったのを確認した瞬間、剣を思いっきり投擲した。
「今度こそ終わりだ!」
俺の放った剣は真っ直ぐに混沌の巫女に向かって飛んで行き、そして的確に彼女の胴体を貫いた。
そして遂に混沌の巫女のHPバーが完全に黒くなる。
「ぐふっ、貴方の勝ち、よ……」
混沌の巫女は吐き出すようにそう告げ、最後に断末魔の悲鳴を上げて姿を光の粒子に変えた。それに伴い鳴り響くレベルアップを告げる脳内音声。
連戦に次ぐ連戦の決着が今、ついた。
「はぁ、はぁ、俺の勝ち、か……」
俺は耐え切れず地面に倒れ込む。
「この有様じゃあ勝った気にならねぇな……」
ゴロンと転がって体制をうつ伏せから仰向けへの変える。今の俺には立つ気力等無い。暫くはこの美しい部屋で横にさせて貰おう。
(MPは底を尽き、回復アイテムも最後の天魔ポーションで使い果たした状態で良く勝てたなぁ……)
落ち着いて思い返してみれば相当ギリギリの戦いだった。アイテムは心許ないし、レベルやステータスも相手が圧倒的に上。しかもこちらはこの一時間以内にその条件の敵を2体倒していた。寧ろここまで良く気力が持ったと思う。
「流石にもう動けねぇや……」
時間を見ると混沌の神殿に入ってからもう5時間程経っていた。現実時間では100分程だ。それならまだ当分はアイギスは帰って来ないだろうから、それまでになるべく気力を回復させておくとしよう。
「ん?玉座の奥にあんな通路あったか?」
取り敢えずリラックス出来る体制を取ろうと寝返りをうっていると、不意に奥へと続く通路が俺の視界に入った。
「おいおい……まさか混沌の巫女より強い敵が奥にいるってんじゃないだろうな……」
流石に今の状態では再び混沌の巫女クラスの敵が出て来たら勝つのは難しいだろう。
ーーなら帰るか?
そんな考えが頭を過ったが、直ぐにその頭を振り過った弱気な考えを追い出す。
「ま、ゲーマーたる者、あんな怪しい場所を調べないなんてありえないよな」
俺はよろよろと立ち上がりニヤリと怪しく笑いながら通路に向けて歩き出した。
レベルアップしたばかりだし、最悪、死に戻りを使ったデスルーラで帰れば良いだけだし。




