24話 混沌の巫女
「んーと……この天使像の方にアークエンジェル・ガーディアンが護ってた奴を入れればいいのかな?」
アークエンジェル・ガーディアンを倒す事に成功した俺は階段の先にあった大扉の前に立っていた。
「おっ、綺麗に嵌った!と言う事はもう片方の方にグレートデーモン・ガーディアンが護ってた奴を入れればいいのか!」
俺は手に持つ宝石のようアイテムを天使像と悪魔像に存在する窪みにそれぞれ嵌めた。すると扉がゴゴゴッと重厚な音を立てながらゆっくりと開いて行き、その先に先程の大広間より一回り小さい部屋が存在していた。と言っても大広間より一回り小さいと言うだけで広さはかなりのものがある。
神話に出て来る神殿の如き静謐さと荘厳さを兼ね備えたこの空間は、入った瞬間に空気が変わったような錯覚に陥らされた。例えるならばまるで雰囲気が圧力となって全身に伸し掛かって来るような感覚と言えば良いのだろうか。
100人程度なら余裕で入り切れるような室内に見上げる程高い天井から垂れ下がるシャンデリア。部屋の基調は混沌の神殿の名に相応しい白と黒が絶妙に入り混じった、神々しさと禍々しさが栄える幻想的な色合い。
部屋の最奥には数十段もある低い階段があり、その全てを登り切った場所には天使と悪魔の争いを象った紋章が背もたれに張り付いた巨大な玉座が圧力と言うべきものを放ちながら存在していた。
「おお……」
この豪華な光景には流石の俺も感嘆の息を吐くしかなかった。今まで通って来た道も絵画やら水晶から作り出した像やらと豪華な装飾はあったのだが、この部屋の造りに比べたら足元にも及ば無い。勿論俺の家も特段裕福と言うわけでは無いのでこんな豪華な装飾を見たのは初めてだ。
「麗子さん達、ここに力入れすぎだろ……」
「満足いただけたかしら?」
俺が呟いた瞬間、何処からか女性の声が聞こえて来た。
「なっ!?」
慌ててそちらに目を向けると、先程の玉座の前に一人の美少女が立っていた。年齢は14〜5歳程度だろうか。漆黒と言う表現が合う艶のある髪を無造作に束ねた、まだ幼さが残る顔立ちの少女は呆けた表情の俺を見てニコリと笑った。
彼女はここの管理をしているNPCかなんかだろうか?確かにこんな豪勢な部屋なのにそれを管理する人がいないと言うこは違和感があるからな。ーーと思ったがその考えは直ぐに否定された。それは彼女が持つ二つ武器によってである。
右手に光をも飲み込む死神の如き漆黒の大鎌を持ち、左手に深淵をも照らす神の如き白銀の大鎌を持った少女は、その幼い容姿とは裏腹に何処か大人びた妖艶な雰囲気を醸し出していた。これは明らかにただのNPCじゃないだろう。
「君は?」
俺の問い掛けに少女は薄っすらと微笑み、トンッと跳躍した後、綺麗に俺の目の前に着地した。……あれぇ?玉座からここまで100メートル以上あるんだけどなぁ……
「私はこの神殿の管理者。混沌の巫女と呼ばれているわぁ」
少女は身に纏う禍々しい色合いの神官服を翻しながらそう告げる。その直後ーー
【混沌の巫女:LV78】
少女の頭上にボスを示す3本のHPバーとモンスターの名前を綴ったゲージが表れた。
「っ!?」
俺は直感が訴えるままに体をブリッジのように曲げた。その瞬間、俺の鼻先を漆黒の大鎌が掠めた。
「アハァッ!これを避けるんだ!」
混沌の巫女は続け様に左手に持っていた白銀の大鎌を振るい、まだ体制が整っていない俺目掛けて振り下ろして来た。
「舐めんなよ!」
俺は即座に体制を整えるのを止め、地面に手を付いて体を支えながら豪脚を大鎌の横っ腹に叩き込む。
「きやっ!」
混沌の巫女は衝撃を殺し切れず、武器に振り回される形でたたらを踏む。その隙に俺は体制を整えながら三種類の超級ポーションを取り出し、一気に煽った。
爆発的にステータスが上がった感覚を認識すると、直ぐに武器を抜き放ち、神魔眼を発動させて混沌の巫女の動きに意識を集中させる。
「まさか私の大鎌を蹴りで弾くなんて……うふふっ、君強いわねぇ」
「いきなり不意打ちを仕掛けて来るなんて、やってくれるじゃねぇか。流石に肝が冷えたぜ」
俺は獰猛な笑みを浮かべながらも混沌の巫女を見据えるが、正直出もしない筈の冷や汗が背中を伝う感覚に襲われている。心臓もバクバクだ。
「アハッ!もっともっと行くわよぉ!」
混沌の巫女は自身と同じくらいのサイズの大鎌を片手で軽々と振り回し次々に俺目掛けて振るって来る。
右左右左と振るわれる鎌を二本の剣で弾く。混沌の巫女はその反動をも利用して連続で攻撃を仕掛けて来るが俺もただやられているだけじゃない。反動を利用した一撃を一気にしゃがみ込む事で回避し、標的を見失い空を切った大鎌に僅かに動きを持ってかれた混沌の巫女に戦技の「グランドクロス」と「セイクリッドクロス」をスキルチェインで叩き込む。
「くぅぅっ!」
それにより混沌の巫女の3本のHPバーのうちの1本目が一気に5割程度吹き飛ぶ。
「なんだ、さっきのガーディアンより随分脆いじゃないか」
「私のようなか弱い乙女をあのデカブツ達と同じに見ないでくださる?」
幾分か余裕の戻った調子で皮肉を投げかけるが、混沌の巫女はそれを容易くキャッチし、何事も無かったかのように崩れていた体制を整えた。
「……か弱い乙女ってのは自分と同じくらいの大きさの鎌を振り回したりしないぜ?」
少しジト目でそう言うが、混沌の巫女は微笑むだけで何も言わない。何故か眼光が鋭くなった気がするのは気の所為では無いだろう。
「っと、なんだよ雑談する暇もくれないのか?」
「当たり前よ!」
混沌の巫女が振り下ろす大鎌を剣で弾き、大きく跳躍して距離を取る。
軽口を叩いてはいるが、俺としてもそこまで余裕があるわけでは無いのでとにかく距離を取り、相手の出方を伺う事にした。
「逃がさない!『ヴォーパルスラッシュ』」
「ぬおっ!?」
混沌の巫女は折角取った距離を一気に詰めて来て、戦技と思われる攻撃を放って来た。
俺は首元目掛けて振るわれた大鎌を亀のように首を引っ込める事で回避し、反撃にと剣を振るうが、それはもう片方の手に持つ大鎌に弾かれ刃が混沌の巫女に届く事は無かった。
「『ヴォーパルクロス』」
「『グランドクロス』」
混沌の巫女の二本の大鎌と俺の二本の剣が激突した。辺りを包む爆発的な衝撃。天井から釣り下ろされているシャンデリアが大きく揺れ、それに伴いお互いのHPが僅かに減少する。
「アハッ、私と鍔迫り合いで互角に競り合うなんてやるね!」
「はっ!そりゃそう簡単に女に力負け出来るかよ!」
「えっ?貴女も女の子じゃないの?」
「違うわ!」
俺と混沌の巫女は鍔迫り合いをしながらそんな緊張感の無い会話をしていた。それでもお互い、武器を握る手から力を抜く事は無く、バチバチと火花を散らしながら武器同士が甲高い金属音を立て続ける。
「最早諦めているけど、これでも俺は男だ、よ!」
「えぇー……なんか世の中って理不尽よ、ねぇ!」
俺と混沌の巫女は言葉の終わりと同時にお互いの武器を弾き合って距離を取る。
「と言うか、さっきから思ってたんだがお前AIだよな?なんでここまで高度なやり取りが出来るんだ?『カオスブラスト』」
「それは私に搭載されているAIが特別製の高度な物だからよぉ。『デスサイズ』」
混沌の巫女は俺の放った魔法を戦技で弾きながら一直線に突っ込んで来る。
突っ込んで来る混沌の巫女に対し縮地で逃げるようにその場を飛び退いた俺は、その瞬間に視界を奪うように再びカオスブラストを放ち、目標と視界を一瞬で失った事に動揺し、ガラ空きになった背中目掛けて二回目の縮地で接近し、その背中に刃を突き立てる。
「アアッ!?」
突き立てた刃は混沌の巫女の小さな体躯を容易く貫通し、デッドポイントたる心臓を貫いた。
それは混沌の巫女のHPバーを一気に消し飛ばし、まだ2本半近くあったHPバーを残り1本半まで追い込む。流石小さくともボス級のモンスター。通常のモンスターなら多少のレベル差があってもデッドポイントへの一撃を与えれば死ぬのだが、流石に混沌の巫女はそれだけでは倒せなかった。まぁ元々それに期待はしていないし、かなりのダメージを与えられた事は確かなので文句は無い。
「油断したな混沌の巫女。簡単に背後を取らせたらダメだぜ?」
「うぐぅ!」
俺は貫いたままの剣を斬り払うかのように動かして混沌の巫女の体を斬り裂く。それにより彼女のHPバーが再び減少し、遂に2本目のバーが完全に黒くなる。
「はぁ、はぁ、今の一瞬で私の攻撃を躱し、その上で目眩ましをしてくるなんて……本当に強いわねぇ……」
「お褒めに預かり光栄だ。だが俺もお前相手に余裕なんて無いんでね、悪いけど遠慮なんて出来ないぜ?」
俺は片手で取り出した初級MPポーションと初級回復ポーションを飲み気持ち程度だがHPとMPを回復させる。特にMPは常時発動させている神魔眼の影響で少しずつだが確実に減少して行っている。そこに混沌魔法まで放っているのだ、そりゃあMPが足りなくなるさ。
「残念だけど私もそう簡単には負けられ無いの。だから……本気で行くわよ?」
言うが早いか、混沌の巫女は背中から天魔の翼によく似た色合いをした一対二枚の翼を展開し、空へと飛び上がって行った。よく見るとそれは本物の翼では無く、魔法によって創り出されたものだと想像がついた。
「はぁっ!?飛ぶのかよ!」
それを確認した俺は、すぐさま天魔翼生成で生やした二対四枚の翼をはためかせ混沌の巫女を追って空へと飛び上がる。
「アハッ、やっぱり君も飛べたのね!」
「正直、高さはあるとは言え天井がある所でなんか飛びたくないんだけどな!」
俺は二本の剣をクロスするようにぶつけ合わせ、ギロリと混沌の巫女を睨み付ける。最もそんな威圧に怯む程度の混沌の巫女では無いので特に意味は無いのだが、まぁ気分の問題だ。
「うふふっ、そんなに睨まないでよ。怖いわねぇ」
「はんっ、そうは見えないけどな」
俺と混沌の巫女はジリジリと動きながら互いの隙を探す。
分かっているのだ。この戦いは次に隙を見せた方が圧倒的に不利になる。その為、俺も混沌の巫女も中々攻撃に転じれ無い。
「………」
「………」
無言の睨み合いが数分続く。俺達はまだ動かない。いや、動けないと言うのが正確か。
(くそっ、隙が一切無い。時折入れてるフェイクにも引っ掛からないし……これは長期戦になるかもな)
俺は本気になった混沌の巫女に内心悪態を吐きながら何かこの場の膠着を破壊出来る技は無いかと己のスキルと能力を頭に浮かべながら打開策を探る。
(いや、あるじゃないか!相手に悟られずにこの場の膠着を解ける能力が!)
俺は混沌の巫女にギロリと眼を向ける。俺の様子の変化に気付いたのか、混沌の巫女は警戒する姿勢を取り、何が来てもいいように二本の大鎌を構える。
「っ!?」
だがそんなは無意味!俺の能力は武器じゃ止められ無い!
「『ダブルスラッシュ』『グランドクロス』『セイクリッドクロス』!」
刹那
俺の三連スキルチェインを使った戦技の連撃が混沌の巫女に叩き込まれる。
混沌の巫女は何故か不自由になった体を効率的に動かし、致命的になりそうな部位だけを庇うようにしてガードをした。その甲斐あって減ったHPこそ4割程度であったが、確実なダメージは与えられた。
「な、なにを……」
驚きを隠せない様子の混沌の巫女は、動揺を露わにして俺を睨めつけて来る。
「俺の能力の【天魔の瞳】の効果さ。様子を見るに、掛かった弱体化はスタンか?」
そう、俺が放ったのは天魔の瞳の効果、倍のMPを消費する事で相手を何かしらの状態異常にさせる事が出来る能力だ。
能力を発動する際、俺の眼の中にある六芒星が怪しく輝くのだが、言い換えればそれだけで後は何の予兆も無く、唐突に相手に状態異常を発生させるのだ。混沌の巫女も流石に目に見えない攻撃は回避のしようが無い。
「お前にはもう同じ手は通用しなさそうだが……問題無い。優位なのは俺だ」
「やってくれたわねぇ……」
「ククッ、怖い顔だ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「はえぇっ!?」
俺の獰猛な笑みに対し、苦虫を噛み潰したような顔になる混沌の巫女。それに対して皮肉を投げてやると、何故か動揺したような声と共に一瞬顔を赤くした気がした。……こんな時になんだが、本当に無駄に高度なAIだと思う。
「さて、じゃあそろそろ勝負を付けようか混沌の巫女」
「今のは結構効いたわぁ……でも私も簡単にやられるつもりは無いわよ?私をここまで追い込んだ坊やは、特別におねぇさんがとっておきの技で直々に逝かせてア・ゲ・ル♡」
俺と混沌の巫女は各々の武器を構え直し、どちからともなく相手に向かって突進して行った。




