17話 鍛治の依頼と戦男女
「えーっと……ああ、あったあった。ここだ」
俺とアイギスは今、大通りを少し外れたところにある薄暗い路地にいた。
「目的地はここか、兄さん?見たところ、何かあるようには見えないが……」
アイギスはキョロキョロと周囲の様子を確し、少し訝しげにする。
「ああ、ここにいる人にちょっとな」
「人?こんな所にか?」
アイギスが更に訝しげになるが、そんな様子のアイギスを尻目に、俺は目の前にある民家のような建物の扉を潜った。
カーン、カーン。
中に入ると、外からは聞こえなかった鉄を打つ音が響いていた。
ここはプレイヤーが一定のヘヴルを払うことて一時的に借りる事が可能な貸し工場だ。基本的に職人プレイヤーが自分専用の工場を買うまでの間、一時的に利用する設備となっている。
このゲームでは基本的に建物内部の音は外には聞こえないシステムとなっているので、外から音が聞こえ無いのは普通なのだが、今までこの手のゲームをやってこなったアイギスはそんな些細な事にさえ、大きな反応を見せてくれていた。
建物の内装はシンプルで、入ると四畳半程度の小さな部屋があり、その奥には一際広い空間が広がって見える。恐らくそっちがこの家のメインの部屋なのだろう。
「すいません、ガンテツさんいますか?」
「おう、いらっしゃい!ガンテツは俺だ!」
俺が声を掛けると、ずっと鳴っていた鉄を打つ音が消え、代わりに部屋の奥の方から筋肉モリモリの男性が現れた。頭上を見ると、そこに示された名前は確かにガンテツとなっている。
「初めまして。ジュエリーからの紹介で来ましたアテナです」
「おう、お前がアテナか!ジュエリーから話しは聞いてるぞ!本当に女みたいな容姿だな!1日で2体のボス討伐アナウンスが流れた時は、年甲斐も無く興奮したぜ!それにしてもその装備、変わった装備だな!」
ガンテツさんはぱっと見30代後半で、たくましい顎髭を生やし、肩にβテストから引き継いだと思われる大きな金槌を担いだドワーフの男性で、手足を邪魔しないような革製の装備に身を包んでいる。うん、これぞ鍛治師って感じだ。
「恐縮です。それより頼みたい事があるんですが、よろしいですか?」
「おう!お前程のプレイヤーの頼みなら、喜んで聞くぜ!何でも言ってみな!それと敬語は止めてくれ、尻が痒くなっちまう!」
一々語尾を強めないと話せ無いのかこの人は……。まぁジュエリーのお墨付きなら腕は安心していいだろうけど。
「それじゃあお言葉に甘えて……アイギス!」
「む?」
物珍しそうに部屋を見回していたアイギスは俺の声に反応し、こちらに寄って来た。
「実はガンテツ、あんたにこいつの武器を作って欲しいんだ。素材は勿論俺が調達するから、頼めるか?」
「おう!それならお安い御用だぜ!で?その人は誰だ」
ガンテツは気合十分で答えてはくれたが、どうやら俺の言葉を聞いて漸くアイギスの存在に気付いたようだ。……まぁこの人、ずっと俺の装備に興味津々だったからな……。後ろの方にいたアイギスに気付かなったのも仕方がない……のか?いや、やっぱ、普通は気付くよな。
「こいつは俺の妹で、アイギスって言うんだ。実は今日このゲームを始めたばっかりでな、兄としてささやかなプレゼントをと思ったわけだ」
「ガハハハッ!なんだお前達兄妹なのか!それにしてもアテナは女っぽくて、そのアイギスって子は男前じゃないか!まるで「男女逆転兄妹」だな!」
まさかのここでも出ましたそのワード。御近所さんだけで無くゲームの中でも俺達は男女逆転兄妹なのか……。まぁもう諦めたけどな!
「余計なお世話だ……それより素材は何が必要なんだ?」
「おっと、怒らせちまったか。すまんすまん。んで、作る物の話だが、アイギスがどんな戦闘を好むかによって作る物を考えるから、先ずはアイギスの戦闘スタイルを教えてくれ」
ガンテツはそう言ってアイギスの方を向く。当のアイギスは何が何だか分からないようで、頭に?を浮かべながら首を傾げている。
「アイギス、何か得意な武器とか無いか?」
「あるわけないだろう兄さん。私は今回が始めてのゲームなんだ。そもそも武器とか戦闘スタイルとか言う物自体よく分からん」
アイギスは困ったようにそう告げた。
……確かに留美は今までゲームとか殆どやって無かったからな……。
留美が得意な物……ソフトボールのバット?いやいや、流石にそれは無いな。だってバットを武器として使うわけないし。
「そうなのか……参ったな。流石の俺も戦闘スタイルが分からない奴の武器は作れない」
ガンテツも困ってしまっているのか、語尾が大人しくなっている。
「ふむ……なら一層の事、アイギス専用の武器を作ってしまおうか……」
「おっ!オリジナル武具か!確かにそれなら嬢ちゃんにも合った武器を作れるな!」
「ち、ちょっと待ってくれ!そもそも私は武器なんて握った事無いんだぞ!幾らそのオリジナル武具?って奴を作っても結局使えないから意味無いのでないか?」
俺達の話について行けなくなったアイギスが慌てて割り込んで来るが、俺とガンテツはニヤリと笑いながらアイギスを宥める。
「説明してやるから安心しろ嬢ちゃん。
オリジナル武具ってのはVR-METで装着者の脳波を読み取り、その装着者が最も得意とするだろう物をジャンル別に選別する機能だ」
「今までは医療とかで患者の容態に合わせて、その患者と最も相性の良い薬を見つけたりするのに使われていたんだが、このゲームの開発に伴い、遂にHHOにも導入されたんだ。プレイヤーの最も得意とする武具を選別するって言う仕様でな」
ガンテツの言葉を引き継ぎ説明するが、アイギスはよく分かったような分からないような曖昧な表情でこちらを見続けている。
「まぁ、とにかくVRMMO初心者に取ってはとてもありがたい機能って事だ。と言う事でさっさっと脳波をスキャンするぞ。ちょっと手を借りるな」
「……へ?」
俺はアイギスの手を取り軽く振り下ろす事でメニューウィンドウを出現させる。
「えーっと……確かスキャニングする機能はここら辺だったかな……」
他人のウィンドウは、その人の同意が無いと他者は確認すること出来ないので、自身の記憶を頼りに大体の検討をつけた場所をアイギスの腕を使って操作する。
え?そんな面倒な事するくらいならアイギスに同意してウィンドウを見えるようにして貰えば良いんじゃないかって?
俺もメニューウィンドウを出しながらそうしようと思ったんだが、手を取った瞬間にアイギスが顔を真っ赤にして固まってしまったのだからどうしようも無い。
……やっぱり実の兄とは言えど、男に手を握られるのは嫌だったかな?
俺のような単純に浪漫に生きるタイプの人間は最適武具をスキャンなんてしないで自分自身がこれだっ!って思った武器や防具を使うが、アイギスのようなVRMMO初心者にはこの機能はとても助かる。恐らく今いるプレイヤーの7割程度はこの機能を使って、自身に取って最適な武具を使っているだろうな。まぁオリジナル武具として作らないといけない場合はどうしても金が掛かるので、人によっては最適武具が分かっていても作れないってプレイヤーもいるだろうけど。
「おい、そろそろスキャン終わったんじゃないか?」
「えっ?あっ!お、終わったみたいだぞ!」
「お、おお……どうしたんだ急に大声だして」
スキャンに要する時間は約1分。だがアイギスは5分が過ぎてもぼっーとし続けていたので、仕方無く声を掛けてみたのだが、何故か大声の返事が返って来た。妹よ、まさか情緒不安定では無いよな?そしてガンテツ、お前はお前で何ニヤニヤしてるんだコラ。
「どうだ嬢ちゃん?なんて結果が出た?」
「えっと……薙刀?って出ているな。後、防具って書かれた欄には布って出ている」
「ほう、薙刀か。どうやらアイギスに最適な武器は本当にオリジナル武具のようだな」
ガンテツは俺の視線から逃げるようにしてアイギスに聞いた。その結果、アイギスの最も得意とする武器は薙刀と判明した。
「薙刀か……確かβ時代に何本か作ってやった事があったな……今の俺の鍛治スキルで加工が可能な物で言うと、辛うじてスティンガー・ビートルの素材が使えるが……どうだ?」
「へぇ、もうそこまで鍛治スキルを上げているのか。スティンガー・ビートルなら丁度持ってるからそれを使ってくれ」
条件報酬で獲得したスティンガー・ビートルの上位素材は流石に無理だろうし、ドロップアイテムの方の素材を渡せばいいか。
「おっ!流石【戦男女】アテナだな!仕事がはえーや!」
そりゃあまぁ、スティンガー・ビートルを討伐したのは俺だからな。……ってちょっと待て。
「おい、なんだその【戦男女】って」
「は?なんだお前知らないのか?」
俺が出したスティンガー・ビートルの素材を確認していたガンテツは、心底驚いた!と言うような表情で俺を見る。
えっ?何?知らないの俺だけ?
「すまんが、まったく覚えが無い。出来れば説明して貰えると助かるんだが……」
「おいおい、マジかよ。お前、自分に付けられた二つ名くらい把握しておけよ」
二つ名ですと?
「おい、二つ名ってなんのことだ?」
今度は俺が驚く番だ。
「ああ、昨日の夜、掲示板で「1日にボスを2体も倒したアテナの二つ名を考えるスレ」ってのが立ってな。数時間の討論の末、今朝方漸く【戦男女】ってのに決まったんだ。サービス開始3日目で二つ名が付くなんて流石だな!」
昨日の夜と言うと……なるほど、俺が無音の洞窟でウリエルと共にレベリングしていた時か。あそこにはこちらの時間で5時間程篭っていたし、その後直ぐにログアウトしたから……まぁそりゃあ気付かないわけだ。それにしても二つ名って本人そっちのけで勝手に決められてしまうものなのか……いやまぁ自分で自分の二つ名決めるってのもまた変な話だけどさ。
「マジかよ……有名になるのはありがたい事なんだが、二つ名とか付けられるとそれはそれでなんか恥ずかしいな」
それに戦乙女じゃなくて【戦男女】って明らかになんらかの皮肉が混ざってるぞ。まぁ戦乙女でもそれはそれで嫌だけど。最早開き直っているとは言え、一応俺女じゃなくて男だし。
「詳しくは分からないが、兄さんが凄いと言う事だけは分かった。流石は兄さんだ」
アイギス……お前は本当に素直な奴だな……。
「まぁ、既に決まったことにうだうだ言うのは俺らしくないしな……」
文句は言わないが絶対自分からは名乗らないぞ!!
「ガハハッ!まぁお前さんがそれほど有名って事だよ!じゃあ確かに素材は受け取った。こっちの世界で丸一日くらい経ったらまた来てくれ。一応こちからも連絡するからお互いフレンドになっておくか」
「ああ」
「私の所為で手間取らせてすまない。どうか宜しく頼む」
「ガハハッ!なーに、気にする事は無い!俺に任せとけって!」
俺とアイギスはガンテツとフレンド交換を行い、早速作業に入るって言う彼に別れを告げ、次の目的地に向かう事にした。




