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第二章 左巻き

第二章 左巻き



私たち三人は小学校の頃からの付き合いである。中学、高校と同じ学校に進み、この春には高校三年生になる。

涼子は大きな病院の一人娘で、加奈の母親はその病院で看護婦をしている。そんな関係で、涼子と加奈は赤ん坊のころから一緒にいる。共に歩くことをおぼえ、話すこともおぼえた。それなのに二人はどうしてこんなにも違うのだろうと考えることがある。

私は小学校三年生の秋、生まれ育った和歌山から東京の学校に転校してきた。

その日、教室の中は時期外れの転校生に好奇心で溢れていた。私は必要以上に肩に力をいれて担任教師の後に続いた。

自己紹介が終わったあと、私は決められた席につく。

興味深げにちらちらと視線をおくる生徒が何人かいて、私は先程しゃべった自己紹介の言葉を心の中で繰り返した。おかしいところなんかなかったはずだ。懸命にそう言い聞かせて鞄から教科書を取り出した。いくら落ちつこうと思っても両手は小刻みに震えている。

「関西弁しゃべらヘンのお?」

妙なイントネーションで、隣の男子が私に囁きかけた。どきりとして見ると知らん顔をして前を向いている。笑いをこらえているようだった。

からかわれているんだ。その思いは私の頬を熱くし、教室全体が私をあざ笑っているように思った。私は関西訛りが出ないようにと、二、三日前から言葉を練習していたのだった。

息をつめて俯いていると隣でガタガタッと大きな音が響いた。

「なにすんだよ」

彼の椅子を後ろから蹴りつけたのは、顔だちのはっきりした気の強そうな少女だった。

そっとうかがい見ると目が合った。少女は八重歯を見せて笑いかける。私のおどおどした気持ちをぬぐい去るような、真っ直ぐな視線だった。

教師からもらった座席表で、その少女が間宮加奈だということがわかった。だけど私は、彼女に話しかけるタイミングを失ったまま、転校初日を終えようとしていた。

朝の出来事を除いてはとりたてて困ることはなかった。新しいもの好きの女生徒が私にあれこれと教えてくれたし、隣の男子もそれっきり私に話しかけてこなかった。

帰り道、私は曲がり角をひとつひとつ確かめながら、ゆっくりと歩いていた。

後ろから、騒がしい男子の声が聞こえた。声をひそめているのに、笑い声だけが馬鹿に大袈裟だ。

「あいつだよ、あいつ」

「ちがいマンガナ、そうデッカア」

聞き覚えのある妙なイントネーション。間違いなく朝のあいつだ。

ここで足を速めたりしたら、ますますつけこまれる。私は背中に迫ってくる声を必死ではねつけながらゆっくり歩いた。

男子たちは、私のすぐ後ろにまで来ていた。

「あいつ、頭、左巻きじゃないか?」

「え?ホント?」

「あっ、ホントだホントだ。左巻きだあ」

四人ほどいる。私は振り向く勇気もなかった。

道はまもなく突き当たりで、私の家は左にまがらなくちゃいけない。だけど。

私は歩くのを更に緩めて、後ろの様子に神経を集中した。

どうやら、彼らは左の方に進路を寄せている。

私は意を決して背筋を伸ばし、大股で右側に曲がった。どうか、こっちに来ないで、と心の中で叫んだ。

曲がった瞬間、私は堰を切ったように駆け出していた。鼻の奥がつんと痛くなって涙が溢れてくる。

彼らの声は、私の願い通り次第に遠ざかっていった。

涙を手の甲で拭きながら辺りを見回す。全く知らない景色だ。引き戻そうか。だけど、まだあいつらがいたりしたら。

私はそんなことを考えながら、いくつかの曲がり角を右に左に曲がった。そしてやっとその道の先に大通りが見えた。

大通りにでたのはいいが、自分の家がどっちの方角かさえわからない。

右だとあたりをつけて歩き出すと、通り沿いの本屋の前に二人の少女が立っている。手に雑誌を持ったまま私の方をじっと見ていた。

朝、私を助けてくれたあの子だ。気がつくと私の方に駆け寄ってくる。

「転校してきた子だよね。香川沙羅ちゃん、だったっけ」

そう言って私の顔を覗き込んだ。私は、慌てて涙で腫れている目を手で擦った。

「どうしたの」

「道に迷ってしまったみたい」

「家、どこなの?」

私は黙って首を振った。

「どこ?って聞かれてわかるぐらいなら迷わないよ。加奈は間抜けなんだから」

後ろからゆっくり近寄ってきた少女は、そう言って肩をすくめた。背の高い少女だった。そういえば教室の後ろの方に座っていたような気がする。髪が長く少しウエーブがかかっている。

「あたしが言ったのは、住所とか、そういうことだもん。涼子はいつも、そんな風に言うんだから」

ふくれっ面をして、ねえ、と私に相槌を求める。

「住所言われて、あんた、分かるの?」

「分かるよ、地図見れば」

涼子と呼ばれた少女は、ふうっとため息をついて、

「家の近くに目印になるようなもん、ないの?」

と私に聞いた。

「家の前が、図書館だけど」

私が答えると、なあんだ、というように二人は顔を見合わせた。

「でっかい、ピンクの?」

「そう」

「なんだ、あたしたちもこれから行くところ」

「ほんまに?」

喜びのあまり、つい関西弁がでてしまう。

「ほんま、ほんま」

笑いながらそう言われても、馬鹿にされている気は全くしなかった。

それが、私たち三人の出会いだ。

あの時の短い会話で、私は加奈と涼子の間柄をたちどころに理解することができた。どこか大人びた印象の涼子は、今も変わらない。

ただ、加奈の気の強そうな印象は、中学に入った頃から次第に薄れていくことになる。

あの時の加奈の表情を思い出すと、私たちは随分長い間一緒にいるんだなあと思ってしまう。



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