第2夜:鬼の角
空は青く澄み渡り、夏なのに太陽の暑さも感じなかった。むしろ少し涼しいくらいだった。
校庭には30代半ばの優男と、小学校低学年のおかっぱの少年がいる。
少年は男の後ろに隠れて、はにかみながら私を見ている。
校舎の白い壁が夏の日差しで眩しかった。
おもむろに男はある話を始めた。
昭和初期、ある青年が自殺を計った。青年は田舎の庄屋の一人息子だった。
たまたまそこを通りがかった庄屋の下男が青年を家へ連れて帰った。
医者に見せるも、保って今夜が山だと両親に告げられた。
大事な一人息子であり跡取りでもあるこの青年をみすみす死なす訳にはいかないと、両親や庄屋で働く者達が集まり知恵を出しあった。
その時、神社裏の山からたまに鬼の子が降りてきて、青年とこっそり遊んでいたというのを思い出した者がいた。
もしかしたら、その鬼の子を捕まえて角を煎じて飲ませれば青年は元気になるのではないかと皆が考え始めた。
まだ夕刻前、遊び相手の青年を待ちわびていた子鬼は庄屋の下男たちに無理やり捕まって連れていかれた。
そして、床に伏す青年の横で、いかつい男たちに体を押さえつけられ、猿ぐつわをはめられた幼い鬼の子は、その角を無理やりのこぎりで切り落とされた。子鬼は痛みと恐怖で小便を漏らしって失神した。
男は少年の肩を優しく抱いて並んだ。少年と男は優しい眼差しで見つめ合った。
こちらへ来るよう男は私に促し、少年と対峙させた。
少年の艷やかで黒い髪をかき分けると、そこには大きく丸く、頭蓋骨まで凹んだ地肌が見えた。私の背中に鳥肌が立つ。
男はにこやかに言った。
「だからこの子には角がないんです。」
自殺を計った青年と鬼の子の物語の一部始終。
その後青年は命は取り留めたものの、人の何倍の時間もかけないと年を取らない体質になってしまい、平成の世でもまだ30代半ばくらいにしか年をとっていなかった。
そして大人たちの犠牲になった鬼の子は角を取られ、山にも帰れず、かといって本当の人間にもなれず、子供の姿のまま生き続けるはめになってしまったという話。