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属性チェンジのきっかけ

作者: 水島緑

 夢を見た。

 俺が死ぬ夢。

 あまり覚えてないけど、満足していたみたいだ。

 そんな曖昧な夢。


 太陽の光を完全にシャットアウトする高性能な布団を頭から被り、ひたすら惰眠を貪っていた俺は、どこぞのかーちゃんばりなパワフルさで叩き起こされた。

 まるでコアラのように布団に抱きついて離れない俺を布団ごとベッドから叩き落とすという豪快な目覚まし方法で起こしたのは一つ年上の幼なじみだった。

 その豪快な起こし方に頭どころか体中を痛めた俺は、何故か布団に全身を巻かれた状態からなんとか顔を出した。そんな俺を冷徹な目で見下ろすのは一つ年上で幼なじみのお姉さまだ。

 目の前で黒いストッキングに包まれたおみ足が床にトーキックを繰り返す様はストレスにまみれた生活指導の先生を彷彿とさせる苛立ち方だった。顔を上げれば揺れるスカートが見え、次いでモデルばりの長く細いおみ足が網膜に映り込んだ。

 眼球を破壊せんばかりに炸裂したトーキックは目潰しのようだった。起き抜けの朝っぱらから危険な攻撃を喰らって悶え転がる俺を冷ややかな目で見るお姉さま。

 見るな、と一言。

 明らかに遅いお言葉をくださった麗しのお姉さまは肩を怒らせながらご丁寧にも扉を開けたまま階段を降りていった。

 しかし寒い。

 季節は冬。朝の冷たい風が堂々と俺の部屋に侵食してくるのだ。

 ともかく、お姉さまを怒らせないようにとっとと準備をして階段を降りた。

 俺の健闘虚しく、朝食と一緒に男の子の象徴に痛烈な一撃をもらった。

 雪の積もる道路をがに股で股間を押さえてほぼ咽び泣きながらお姉さまの後を歩く俺に、お姉さまの冷たい目が振り返った。胸の前で組んだ腕を指でとんとんと叩いて苛立たしげに俺を見るお姉さま。ちなみに腕を組んで強調される胸はない。更にいうと度々読心術が発動するから困る。ははっ。

 滝のような涙と鼻水を垂らしながら股間を押さえて歩く俺を横断歩道の向こうからお姉さまが睨みながらだが待ってくれていた。

 嫌われているのか、好かれているのか、こんなときに良く悩む。

 しかし股間が痛い。夢で死んだのはこの痛みなんじゃないかと思えるほど痛い。

 二度目の金的膝蹴りを喰らったせいでお腹まで痛い。皮一枚では防壁にもならないのだ。きっとあの膝蹴りは貫通属性だ。そのおかげで腹が痛い。

 白い息を吐きながら信号が変わるのを待つ。

 ところどころ凍った地面をがに股で歩くのには労力がいる。しかも遅い。そのせいで白線向こうのお姉さまに睨まれてる。俺のせいじゃないやい。

 ようやく信号が変わって、俺と同じく信号待ちをしている人たちが一斉に歩き出す。

 不恰好な股間押さえ歩きのせいでゆっくりとしか歩けない俺に氷点下の眼光で睨みつけるお姉さまがじれったそうに大股で向かってきた。

 横断歩道の真ん中を小さな歩幅で歩く俺の首根っこを引っ掴み、ダッシュを強要するお姉さまにへらへらと愛想笑いを浮かべて控えめに走れないことを伝えると切れ長の目をぐいっと吊り上げて俺を睨みつけた。

 軟弱だとか、鍛え方がぬるいだとか、たった一枚の薄い盾に守られただけの剥き出しの急所になにをいっておられるのか? と右から左に聞き流していた。

 それに手芸部でしょお姉さま。

 白熱するお姉さまの説教に適当に相槌を打ってからふと気がついた。

 ここ横断歩道の真ん中。危なくないか?

 歩道で必死に警告してくれる人たちの声も聞こえないほどに熱くなっているお姉さまはやはり気づいてない。俺もやっと気づいたんだけど。

 運悪くというか、漫画みたいだというか、曲がり角でスリップして制御出来なくなったらしい白いバンが一台、ちょうど俺たちに向かってすっ飛んできた。

 それでも気づかず説教を続けるお姉さまに思わず苦笑が浮かび、それを見たお姉さまが更に目を吊り上げた。だがそれもすぐに驚きに変わった。

 股間を押さえていた手でお姉さまを突き飛ばし、俺自身も遅れて前に飛ぶ。不思議なことに下半身を苛む痛みはなくなっていた。


 夢を見た。

 俺が死ぬ夢。

 夢は所詮夢だったけど。

 俺だけが怪我をしたことには満足だけど、吹っ飛んだと思った下半身がまたしても痛い。

 結果は両足骨折。痛すぎる。

 そうだ。夢、ということで一つ。

 俺が事故で入院してから、あの冷徹なお姉さまは裸足で旅に出てしまったのだ。

 滑らかな包丁捌きで皮を剥いて切った林檎を優しい微笑みを浮かべたまま綺麗な指で掴み、あーんと唇に押し付けるお姉さま。

 俺の入院以来、だだ甘かつ心配性で甘えん坊になったのだ。

 綺麗で柔らかい微笑を見せながら甲斐甲斐しく看病してくれるお姉さまを見ている方がよっぽど夢を見てるみたいだった。

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