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幸せを貰う立場と勘違いしている人達へ

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/01

結婚したら幸せにしてもらえると思っていた。

正確には、そう思っていた人たちを、私は何人も見てきた。


その人たちは、幸せを「受け取るもの」だと信じていた。

誰かが用意してくれて、誰かが維持してくれて、何もしなくても手元に置いておけるものだと。


最初のうちはうまくいく。

相手は優しいし、努力もするし、期待に応えようとする。

でも、ある日から少しずつ歪みが出る。

ありがとうの数が減り、当たり前が増える。

相手の疲れには気づかないまま、「なんで前みたいにしてくれないの」と言い始める。


幸せに“してもらう”側は、壊れたことに最後まで気づかない。

壊れていくのは、いつも“与える側”の心だからだ。


私は思う。

結婚は契約でも保険でもない。

ましてや救済ではない。


この人を少しでも楽にしたいとか、

この人の一日が、昨日より少し穏やかならいいとか、

そういう小さな気持ちを、毎日差し出し続ける覚悟がないと、関係は静かに崩れる。


受け身は楽だ。

でも、楽な場所に長く立っていると、足場は必ず腐る。


幸せは、もらうものじゃない。

二人で同時に、同じ方向へ差し出し続けるものだ。

どちらかが手を出すのをやめた瞬間、それはもう結婚じゃなく、ただの待ちぼうけになる。


私は、待つよりも、渡す側でいたい。

たとえそれで傷つく日が来ても、空っぽの手で「幸せにしてもらえなかった」と嘆くよりは、ずっとましだと思うから。

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