幸せを貰う立場と勘違いしている人達へ
結婚したら幸せにしてもらえると思っていた。
正確には、そう思っていた人たちを、私は何人も見てきた。
その人たちは、幸せを「受け取るもの」だと信じていた。
誰かが用意してくれて、誰かが維持してくれて、何もしなくても手元に置いておけるものだと。
最初のうちはうまくいく。
相手は優しいし、努力もするし、期待に応えようとする。
でも、ある日から少しずつ歪みが出る。
ありがとうの数が減り、当たり前が増える。
相手の疲れには気づかないまま、「なんで前みたいにしてくれないの」と言い始める。
幸せに“してもらう”側は、壊れたことに最後まで気づかない。
壊れていくのは、いつも“与える側”の心だからだ。
私は思う。
結婚は契約でも保険でもない。
ましてや救済ではない。
この人を少しでも楽にしたいとか、
この人の一日が、昨日より少し穏やかならいいとか、
そういう小さな気持ちを、毎日差し出し続ける覚悟がないと、関係は静かに崩れる。
受け身は楽だ。
でも、楽な場所に長く立っていると、足場は必ず腐る。
幸せは、もらうものじゃない。
二人で同時に、同じ方向へ差し出し続けるものだ。
どちらかが手を出すのをやめた瞬間、それはもう結婚じゃなく、ただの待ちぼうけになる。
私は、待つよりも、渡す側でいたい。
たとえそれで傷つく日が来ても、空っぽの手で「幸せにしてもらえなかった」と嘆くよりは、ずっとましだと思うから。




