9話 グランドマイア
午前中のうちに初級ダンジョンを終わらせ、報酬の受け取りまで済ませた。
正直に言うと、ダンジョンを攻略している時間と、ギルドでの手続き時間にほとんど差がなかった。初級とはいえ、あれはさすがに拍子抜けだ。
「じゃあ次、行くか」
軽いノリで受注したのは中級ダンジョン。
事前情報によると全十階層構成で、五階層に中ボス、最下層に大ボスが控えているらしい。
「さすがに今度は歯ごたえあるだろ」
「じゃなきゃ修行の意味ないよね」
結果から言えば──途中までは、相変わらずだった。
善の索敵と罠感知、そこに勇希の威圧が加わることで、雑魚敵は近づく前に散っていく。
戦闘らしい戦闘がほとんど起きないまま、俺たちは五階層の大扉の前に立っていた。
「……ここが、中ボス部屋か」
扉を押し開いた瞬間、空気が変わった。
鼻の奥に絡みつくような、生臭く湿った匂い。喉の奥がじわりと嫌な感覚に侵される。
広間の床一面に、どろりとした瘴気が溜まっていた。
足を踏み入れるたび、ぬちゃり、と不快な音が返ってくる。
中央に鎮座しているのは――グランドマイア。
巨大な泥の塊のような胴体。
脈打つたびに、表面が不規則に波打ち、粘液が床へと垂れ落ちる。
その周囲を、大小さまざまな眷属が蠢きながら取り囲んでいた。
数が多い。
しかも、今にも増えそうな気配がある。
俺は、思わず口に出していた。
「……いかにも仲間呼ぶよ?って顔したドロドロ親分だな」
一拍。
「それマド◯ンド」
衛が即座にツッコミを入れる。
「それ以上いけない」
勇希も、なぜか真顔で止めてくる。
「はいはい。じゃあ公式名称は
『仲間呼ぶよ?って顔したドロドロ親分』で」
軽口を叩きながらも、視線は一切逸らさない。
「集団戦の練習には、ちょうどいいな」
その言葉と同時に、勇希が一歩、前へ出た。
床を踏みしめ、盾を構え、深く息を吸う。
「――こっちだ!」
声に“圧”が乗る。
挑発と同時に、眷属たちの視線が一斉に勇希へ向いた。
ぬめりを引きずる音。
群れが動く。
次の瞬間――
「おらぁっ!!」
衛が地面を蹴った。
炎を纏った剣が唸りを上げ、一直線に突っ込む。
爆ぜる熱。
泥の眷属がまとめて吹き飛び、広間の中央に“道”ができた。
「でかした!」
思わず叫ぶ。
「炎の剣士・攻撃表示!!」
反射的に出たその言葉に、
「また出たよ、その変なあだ名」
「でも、それ出た時って大体――」
二人が一瞬だけ笑う。
――分かっている。
ここからは、俺の役目だ。
スリングショットに“気”を込める。
狙うのは、粘液の奥で不規則に光る“核”。
「……あばよ」
引き絞り、放つ。
「ドロドロ親分!!」
――《オーラショット》。
光が一直線に走り、
ぬめった肉塊を貫き、核を正確に撃ち抜いた。
一瞬の静止。
次の瞬間、
グランドマイアの巨体が音もなく崩れ落ち、眷属たちも糸が切れたように沈黙した。
瘴気が、すうっと薄れていく。
「…………」
誰も、すぐには声を出さなかった。
中ボス戦、終了。体感時間、数秒。
「……これ、中級だよな?」
「たぶん、うん」
気まずい沈黙のまま、俺たちは六階層へと降りた。
そこに広がっていたのは、想像とはまるで違う光景だった。
天井から差し込む自然光。木々が生い茂る小さな森。川のせせらぎ。
「……なんでダンジョンにキャンプ場あるんだ?」
もっともな疑問を口にすると、衛が周囲を見回しながら頷く。
「初級もそうだったけど、中級も通気孔みたいなのが灯りの影に隠れてあちこちにあるな」
さすがだ。
テーマパークに行けば非常口を探し、避難経路確認と施設の構造を観察するタイプの男である。
ちなみに勇希はテーマパークでは食べ歩きして後で味を再現しようとするタイプだし、俺は施工会社の名前を見て「良い仕事してるな」とか言うタイプだから、人のことは言えない。
「腹減ったな」
俺の一言で全員の意見が一致した。
「RTAしてるわけじゃないし、キャンプしていこうぜ」
「異議なし」
衛はさっそく周囲を見渡す。
「さっきデカシャモ見たぞ。罠仕掛けて晩飯にするか」
「僕は採取行ってくるね」
「じゃあ俺は衛に罠教わったら、勇希の採取手伝うわ」
役割分担は自然と決まった。
結果は上々だ。
「デカシャモGET!!」
「マッシュルーム、ドングリ、岩塩の結晶、ハーブ、あと色々!」
持ち合わせの鍋と串を使って、
・デカシャモの豪快串焼き
・森の幸の炒め物
が完成した。
「塩の効き具合、最高だな」
「森の香りがいい」
焚き火の残り熱を利用して、簡易サウナまで作る始末だ。
汗を流して、腹を満たして、テントで横になる。
眠る前、俺は例の哲学書をぱらりとめくった。
――ソクラテス式問答法。
自分に問い続け、自問自答を繰り返し、核心へ近づく手法。
今日の違和感を当てはめてみる。
【なぜ違和感を感じた?】
ダンジョンに通気孔があり、森林キャンプまで用意されている。
【根拠と前提は?】
地下に潜る行為は本来、酸素欠乏という致命的なリスクを伴う。
それを避ける配慮が、あまりにも行き届きすぎている。
【仮説は?】
――ダンジョンとは、冒険者を育てるための訓練施設なのではないか。
人工的すぎる構造。
戦闘と休息のバランス。
「……やっぱり、この世界は」
問いの答えは、まだ出ない。
だが確実に言えることが一つある。
このダンジョンは、ただの洞窟じゃない。
そう確信しながら、俺は目を閉じた。
Y
・初級に続いて中級ダンジョンに挑戦
・索敵・罠感知+勇希の威圧で戦闘を極力省略
・中ボス《グルームマイア》を連携で撃破
・ダンジョン6階層の森林キャンプで休憩・自炊・簡易サウナ
・就寝前にソクラテス式問答で違和感を整理
W
・今の連携だと中級ですら歯ごたえが薄い
・ダンジョン内に通気孔、森林、川があるのは「自然発生」とは考えにくい
・地下での酸素・休憩を前提にした構造=誰かが設計している
・ダンジョンは「危険地帯」ではなく「育成装置」の可能性が高い
T
・中級最下層ボスで本気の戦闘を試す
・ダンジョンの構造や意図を引き続き観察する
・「誰が・何のために」ダンジョンを作ったのか仮説を立てる
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