77話 ロングラブレター
「……ここは……?」
ハーヴィーはうめくような声を出した。
喉の奥がひりつく。
肺に空気が入り、強制的に意識が引き戻された。
「……まだ……生きているのか……」
視界が滲む。
天井なのか、空なのかも分からない光の中で、鼓動だけがやけにうるさかった。
勇希の結束強化回復術。
命を“繋ぎ止める”ための術が、ハーヴィーの身体を現世に引き戻していた。
次の瞬間。
――ゴン。
「……っ!!?」
鈍い衝撃が、頭に走る。
反射的に身体を起こすと、そこには善がいた。
手にしているのは、古びた石板。その角。
殺し合いの余韻が残る空気の中で、あまりにも雑な一撃だった。
「起きたな」
善の声は低く、怒りとも呆れともつかない。
――殺し合いの果てに。
ようやく、“話し合い”の場所に立ったのだと、ハーヴィーは理解する。
「……何の真似だ」
「確認したいことがある」
善は一歩踏み出した。
「『フリーダ』と、『仁』って名前を覚えてるか?」
一瞬の沈黙。
「……誰だ?」
ハーヴィーは眉をひそめる。
「人の名前か……? ジン……?」
その反応に、空気が張り詰める。
天が、静かに前へ出た。
「これを読んで」
差し出されたのは、先ほど善が手にしていた石板。
風の国で手に入れた、古い記録。
「彼女の意思を……汲んであげて」
ハーヴィーが石板を受け取る。
視線が、文字を追い始めた瞬間――
空気が変わった。
それは、時を超えて届いた一通の手紙。
彼がかつて愛した、人間の女性――フリーダが遺した、“ロングラブレター”。
――私は、あなたよりずっと早く寿命が来る。
――だから、きっと私は先にいなくなる。
文字を追う指が、僅かに震える。
――もし、私のことを忘れてしまったら。
――もし、自分が誰だったかも、忘れてしまったら。
ハーヴィーの呼吸が、浅くなる。
――そのときは、あなた自身に、あなたの力を使って。
――「催眠」でも、「洗脳」でもいい。
――思い出して。
石板を持つ手に、力がこもる。
――あなたの力は、人を不幸にするものじゃない。
――私は、そう信じてる。
胸の奥で、何かが軋んだ。
――……そうでしょう? ハーヴィー。
その名を見た瞬間。
胸の奥に、ひびが入る。
――いいえ。
――私だけに教えてくれた、前世の名前で呼ぶね。
【仁】。
文字が、焼き付く。
記憶の底で、何かが――蠢いた。
ハーヴィーは、こめかみに手を当てる。
無意識に、しかし確かな手つきで。
「……そうか」
掠れた声。
「……私は……」
指先に、微かな震え。
「洗脳催眠――」
自分自身に向けて、術式を起動する。
「……『思い出せ』」
それは支配ではない。
逃避でもない。
――自分自身への命令だった。
神ではなく、
支配者でもなく、
ただ一人の男として。
失った愛と、
忘れてしまった“自分”を取り戻すために。
静寂が、聖域を包む。
その沈黙の重さを、誰も壊そうとはしなかった。




