74話 超感覚(ゾーン)
静寂が、裂けた。
「夢幻戦士法」
その詠唱が終わるより早く、世界が“増殖”した。
ハーヴィーの背後から、次々と同じ姿が湧き出す。
音もなく、影のように。
一体、二体――十体。
いや、そんな数では止まらない。
百を超えた。
視界が、神で埋め尽くされる。
どれが本体か、判別する意味すらない。
精神型の気の使い手は希少だ。
クラウディアや、聖騎士団のフライアでさえ、分身は三体が限界だった。
だが、ハーヴィーは違う。
格が違う。
本体は、さらに奥で静止している。
分身の群れの中心、重なり合う結界の中。
――物理バリア。
――魔法バリア。
本来、同時展開できないはずの二重防御を、
“数”という暴力で成立させている。
目的は明白だった。
時間稼ぎ。
この間に、神は“次”を詠唱する。
だが。
こちらも、もう以前の俺たちではない。
ジョブスキル。
魔法。
気による身体強化。
精霊の加護。
そして――
その、更に先。
【精神感応会話】
時間が、歪む。
世界がスローモーションに沈み、
意識だけが、加速した。
仮面ではない。
腕輪から、直接、精霊の力が流れ込む。
感覚が、剥き出しになる。
善
「……《ゾーン》ってやつだな」
空気の流れが、見える。
敵意の向きが、匂いで分かる。
善
「超級ダンジョンあたりからだ。皆、兆しはあった」
鼓動が、やけに遅い。
外界では一秒も経っていないはずだ。
善
「俺のゾーンは《オーバークロック》。
“勝利への嗅覚”。体感時間を引き延ばす」
次に来る攻撃が、直感で“分かる”。
天
「私のゾーンは《エアリアルゼロ》。
完全俯瞰視野。視界外も、全部見えてる」
天の視界が、重なる。
死角が、消える。
衛
「俺は《一刀領域》。
呼吸の波が聞こえる。揺らぎの“間”が、隙だ」
剣戟の“前”が、読める。
勇希
「僕は《シンク・ネクサス》。
ゾーン同士を繋ぐゾーンだ」
胃の奥が、熱い。
“生きる”という本能が、全員を束ねる。
勇希
「皆の運命、僕が繋ぐ」
善
「行こうぜ――『勇者』」
迷いはない。
善
「この戦い、勝つぞ」
【精神感応会話終了】
――一秒未満。
「来るぞ!」
善の声が、戦場に戻る。
「陣形・両翼解放XZ!!」
四人が、背中合わせになる。
善と天。
衛と勇希。
対多数用陣形。
しかも、ゾーンを共有した“最適化状態”。
ハーヴィーの分身たちが、一斉に動く。
「魔法弾!」
「《虚空連撃》!」
魔力弾が、雨のように降り注ぐ。
空気を切り裂く音。
連続する衝撃波。
善
「《空間捕縛陣》!」
不可視の糸が、分身を絡め取る。
動きが、止まる。
天
「《カラーストーム》!」
多色の光が、爆ぜる。
一瞬で、十体以上が消し飛ぶ。
反対側。
衛
「火炎息吹!!」
炎の壁が、戦場を分断する。
焼ける匂い。
空気が、赤く揺らぐ。
勇希
「氷塊弾道槍!!」
氷の質量兵器が、一直線に突き抜ける。
分身が、まとめて砕け散る。
だが、終わらない。
数が多すぎる。
削っても、削っても、湧いてくる。
ハーヴィーの本体は、まだ動かない。
善
「いいか!
分身を削るのは無意味じゃない!」
善の声が、戦場に響く。
善
「倒した分、相手は疲弊する!
この先の“本命”に、力を溜めさせるな!!」
神を、消耗させろ。
時間を、奪え。
分身が消えるたび、
本体の結界が、わずかに揺らぐ。
それを、善は見逃さない。
嗅覚が告げている。
勝利は、まだ遠いが――確かに近づいている。
四人は、息を合わせる。
恐怖はある。
だが、それ以上に――
生きる意志が、強い。
神の軍勢と、勇者たち。
戦いは加熱し、更なる熱狂へ。




