72話 聖騎士団戦を終えて
最初に戻ってきたのは、音だった。
遠くで風が鳴り、草が擦れる。
次に、胸の奥がひくりと痛んだ。
――息が、入る。
シリュウはゆっくりと瞼を持ち上げた。
白く滲んだ視界の中に、逆光の影がいくつも重なっている。
「……うまく、起きられたみたいだな」
聞き慣れた声。
善だった。
喉を鳴らそうとして、微かな息だけが漏れる。
その胸元では、温かい光が脈打つように流れていた。
勇希が、膝をついている。
額には汗。呼吸は荒い。
両手を重ね、一定のリズムで胸部圧迫を続けながら、同時に詠唱を紡いでいた。
「……結束強化回復術」
淡い水色の光が、心臓の鼓動に合わせて広がる。
心臓マッサージと回復魔法を重ねる――この世界では、ほとんど前例のない蘇生法。
だからこそ、賭けだった。
視界の端に、聖騎士団の面々が立っているのが見えた。
「団長……ご無事で、何よりです」
フールーが、深く頭を下げる。
「団長なら、きっと戻ってくると信じてましたよ」
フライアは強がるように笑ったが、その声は少し震えていた。
「……良かった」
トータスの一言は短く、それだけで十分だった。
聖騎士団――
敵だったはずの彼らが、今は安堵と感傷を隠さずに立っている。
善は、その光景を一度だけ見渡し、静かに口を開いた。
「……聖騎士団に、お願いしたいことがある」
一瞬、空気が張り詰める。
ここまで来るのは、薄氷を踏むような賭けだった。
仮死状態に陥れば、隷属紋の支配から一時的に外れる――
確証はない。実証もできない。
それでも、善は選んだ。
殺したくなかった。
目的のために、誰かを犠牲にする道を。
「皆には……“外界”に飛んで、準備をしてほしい」
言葉を選びながら、続ける。
「クラウディアが、精神感応通信を世界規模で配信する。そのための儀式台の設置と、広報が必要だ」
一歩、踏み出す。
「……あなた達にしか、頼めない」
善は、深く頭を下げた。
風が吹き抜ける。
しばしの沈黙。
やがて、シリュウが小さく息を吐いた。
「……まったく、人使いが荒いな」
苦笑。
「ハーヴィーよりも、よほどな」
だが、その目には迷いがなかった。
「――だが、やりがいはある」
ゆっくりと身体を起こし、聖騎士団を見渡す。
「こちらは任せろ。決戦までに、必ず間に合わせる」
「……ありがとう!」
善が息をつくように言った瞬間、足元が揺れた。
限界だった。
身体が前に倒れかけるのを、勇希が咄嗟に受け止める。
「もう、日が沈む」
勇希は、周囲を見回しながら手を二度叩いた。
「今日はここまで。各自、明日に備えよう」
その声には、料理人らしい落ち着きと、勇者としての判断があった。
「ナイス判断だ、勇希」
衛が肩をすくめる。
「このまま神のとこに突撃してたら、全滅だったぜ」
「……そうだね」
天も小さく頷く。
「こんな状態じゃ、勝てるものも勝てない」
善は、空を見上げた。
夕焼けが、静かに地平を染めている。
「……ああ。一回、休もう」
短く息を吐く。
「皆で、ちゃんと休んでから――決戦だ」
誰も異論はなかった。
戦いは終わった。
だが、物語は、まだ終わらない。
夜が訪れ、世界は次の朝を待っている。
善のYWTメモ
Y
・聖騎士団を仮死状態から蘇生させる判断をした
→ 勇希の《トータルヒーリング》による蘇生を成功させた
・仮死状態で隷属紋の支配が外れるという仮説が成立
・聖騎士団に協力要請
→ 外界へ移動してもらいクラウディアの世界配信の準備(儀式台設置・広報)を依頼
・仲間と相談し、決戦前に一度休息を取る判断をした
W
・隷属紋は完全支配ではない
→ 生死の境界で効力が揺らぐ
・聖騎士団は敵ではなく、神に囚われた戦士だった
・「目的のための犠牲」を選ばなくても、道はある
・神との戦いは勢いでは勝てない
→ 準備と連携が必須
T
・全員を休ませる
・聖騎士団に外界準備を任せる
・クラウディアの世界配信を成立させる
・万全の状態で、神ハーヴィーと決戦に臨む




