70話 勇希vsトータス
空気が、凍りついた。
「氷塊弾道槍」
勇希の詠唱と同時に、巨大な氷の塊が生成される。
水分が瞬時に凝結し、砕ける音を立てながら、一本の“弾道槍”へと形を変えた。
放たれたそれは、風を裂き、音を置き去りにしてトータスへ迫る。
「――!! 魔導障壁!!」
トータスの前に、淡く光る結界が展開される。
氷槍は正面から叩きつけられ、衝撃音と共に無数の氷片を撒き散らした。
だが――砕けない。
仮面解放で引き上げられた勇希の魔力。
それすら、隷属紋解放によって強化された障壁の前では届かなかった。
氷の破片が地面に落ち、静寂が戻る。
「やるようになったな、小僧」
トータスの声は低く、しかしどこか穏やかだった。
「……だが、これでおしまいだ」
彼が指を鳴らす。
「《MTAマジック・タイム・アタック》」
瞬間、勇希の視界に赤い数字が浮かび上がった。
胸の内側に貼りつくような感覚。
逃げ場のない“制限”が、はっきりと刻まれる。
――カウントダウン。
「お前の渾身の魔法でも、この障壁は砕けない。時間が来れば……ジ・エンドだ」
かつて。
一方的に打ちのめされ、心を折られた相手。
その成長を認めるような眼差しが、逆に胸を締めつける。
――でも。
勇希は、笑った。
小さく、けれど確かに。
次の瞬間、地面に煙幕玉を叩きつける。
白煙が爆ぜ、視界が遮断された。
「どこへ行こうと無駄だ」
トータスの声が、煙の向こうから響く。
「魔法攻撃なら、障壁がある。悠長にしていれば――」
「……それは、どうかな」
煙の中で、金属音がした。
新武器――ヴィス・パルマ。
盾の下部に仕込まれた柄を、勇希は引き抜く。
重い感触。
次の瞬間、盾は形を変え、ハンマーへと姿を変えた。
防御を、捨てた。
魔力と気を“力”へ変換する形態。
強化型を使えない勇希に残された、ただ一つの選択肢。
背水。
「……馬鹿な。防御を捨てるだと!」
トータスが即座に反応する。
「空圧衝!!」
衝撃波が煙を吹き飛ばす。
だが、勇希はそこにいない。
身を低くし、地を蹴り、紙一重でかわす。
臆病さ故の生存本能、
それは身の守りだけでなく、
危機回避能力に繋がる。
心臓が跳ねる。
息が荒くなる。
「僕はね……もともと臆病なウサギなんだよ」
勇希の声は震えていた。
それでも、止まらない。
「だから……油断しないウサギなら」
一歩。
さらに一歩。
「堅実堅牢なカメを、出し抜ける」
ハンマーが、唸る。
「――ってね!」
全身を使った一撃。
鈍く、重い衝撃が、トータスの盾ごと叩き砕いた。
金属が悲鳴を上げ、結界が割れる音がする。
「な……に……?」
トータスが膝をつく。
「防御バリアと、魔法バリアは同時展開できない。切り替えにもラグがある」
勇希は、静かに告げた。
「魔導機械兵との戦いで、学んだ」
トータスは倒れ、空を仰ぐ。
砕けた盾の破片が、周囲に転がっている。
「……見事だ」
力の抜けた声。
「さあ……とどめを」
勇希は、深く息を吸う。
指先が冷える。
詠唱は、もう終わっていた。
「氷結絶命」
世界が、一瞬だけ静止する。
次の瞬間、絶対零度の奔流が解き放たれ、すべてを覆った。
音が消え、光が凍る。
そして――勝負は、終わった。
勇希は立ち尽くし、震える手を握りしめる。
怖さは、消えていない。
それでも。
臆病なまま、一歩、前に出た。
それが、彼なりの“勇者”だった。




