67話 越えるべき壁
【少し前 ルナリス到着前の馬車】
馬車の中は、車輪の軋む音と革の揺れだけが支配していた。
外の景色は流れているのに、空気だけが重く、張り詰めている。
善は低い声で切り出した。
「――シリュウは、たぶん俺たちに“神を倒してほしい”と思ってる」
一瞬の沈黙。
誰も驚かなかった。
「でも、隷属紋の支配下にある以上、逆らえない。……それに、あれはただの首輪じゃない。会話も拾ってる」
馬車の中に、冷たい現実が落ちる。
「……仕方ねえな」
衛が短く吐き捨てるように言った。
善は続ける。
「だから、もし向こうが“手を抜いて負けよう”としてきたら――煽ってくれ。本気を引きずり出す」
「えー……なんで、そんな回りくどいこと」
天が眉をひそめる。
「この先にいるのは、聖騎士団より“もっと上”だ」
善の視線は揺れなかった。
「越える壁は、高ければ高いほどいい。この壁を越えられなきゃ、神には勝てない」
その言葉に、勇希が静かに息を吸う。
「……乗ったよ、善」
声は落ち着いているのに、内側で燃えるものが伝わってくる。
「僕にとっては、リベンジ戦だ。やるなら――完璧に勝って、全部清算する」
「いいね」
天が口元を吊り上げた。
「私も、燃えてきた」
善は小さく頷く。
「よし。ルナリスで、再戦だ」
【ルナリスの街中 現在時間】
デモの余韻がまだ街に残るルナリスで、彼らは聖騎士団と相対していた。
「前と同じだ。ここは目立つ」
善が言う。
「街の外へ行こう」
「……いいだろう」
シリュウは短く答えた。
あの時と同じように、街を抜け、広野へ向かう。
まるで示し合わせたかのように、立ち位置が決まる。
――前回と、同じマッチアップ。
だが、同じなのは“形”だけだ。
互いに分かっている。
これは単なる再戦ではない。
越えるための戦い。
神へ至るための、踏み台だ。
風が吹き抜け、戦場の空気が、静かに張り詰めていった。
【衛vsフールー】
最初に動いたのは、フールーだった。
間合いを一気に引き、魔導銃を構える。
金属音が短く鳴り、照準が衛を捉えた。
「――弱点は克服できたか!? 力を示せ!!」
次の瞬間。
「魔道銃弾幕!!」
引き金と同時に、空気が裂ける。
無数の魔力弾が一直線に連なり、光の帯となって押し寄せた。
以前と同じ――だが、威力も密度も、段違いだ。
衛は一歩も引かない。
無刃刀を前に構え、深く息を吸う。
肺の奥まで熱が流れ込み、次の瞬間、吐き出された。
「火炎息吹」
炎が壁となって立ち上がる。
爆ぜる音。焦げる匂い。
魔力弾が炎に飲まれ、次々と霧散していく。
弾幕は、届かない。
その光景を見て、フールーは口角を吊り上げた。
「……ほう。その刀……剣であることを捨てたか!!」
嘲りではない。
これは、評価だ。
「ならば――本気を出さざるを得まい」
フールーの身体に刻まれた紋様が、赤黒く脈打つ。
「隷属紋解放」
空気が重くなる。
圧が跳ね上がり、足元の草が伏せられた。
だが――
衛も、すでに準備を終えていた。
無刃刀を下げ、右手を顔へ。
「仮面解放」
炎の仮面が顕現する。
熱が、気が、形を持って噴き上がる。
揺らめく火焔が、衛の輪郭を塗り替えた。
――再戦だ。
だが今度は、守るための火ではない。
越えるための、業火だった。
【天vsフライア】
天が、指を弾くように腕を振った。
「魔法印!」
淡い光の印が、連続して宙を走る。
空気を切る乾いた音。弾幕というより、追い立てるための罠だ。
「……うっとおしいわね!」
フライアは身を翻し、矢を番える。
風を裂く軌道で回避するが――一発が、肩口をかすめた。
その瞬間。
天の瞳が、獲物を捉えた獣の色に変わる。
「――ここだ」
「追尾弾!」
次の瞬間、空が鳴った。
無数の魔力弾が、散り、曲がり、重なり合いながらフライアを包囲する。
逃げ場を削るように、じわじわと迫る圧。
「……っ、く……やるじゃない」
フライアは歯を食いしばり、矢で弾き落とす。
だが、その動きに――わずかな遅れが混じった。
天は、その一瞬を逃さない。
「仮面解放」
大地の気配が、天の身体を包む。
重力が反転したかのように、足が地面を離れた。
「重力道化師」
「……馬鹿な!!」
フライアの叫びと同時に、天は上空から踏み込む。
魔法槍、マギア・グレイブの渾身の一振り。
衝撃。
弓で受け止められ、直撃は免れた――が。
「……っ!? 体が……重い……!?」
足が、引きずられる。
羽ばたこうとしても、空気が鉛のように絡みつく。
天は、余裕のある笑みを浮かべた。
「私の『重力操作』はね、このマギア・グレイブで攻撃した対象を“重く”するの」
一歩、宙で踏み出す。
「今のあなたは――『鳥かごの鳥』よ」
天自身は、ふわりと浮かぶ。
だが、小回りは利かない。
それでもいい。狩りは、すでに終盤だった。
フライアは、口角を上げる。
「……やるじゃない、お嬢ちゃん」
身体に刻まれた紋様が、禍々しく輝く。
「隷属紋解放」
空気が軋む。
力と力が、真正面から衝突する。
――本気の領域へ。
天とフライアの戦いは、ここからさらに深く落ちていった。
【勇希vsトータス】
冷気が、地を這った。
「氷槍!」
勇希の掌から放たれた氷の槍が、唸りを上げて一直線に突き進む。
空気が凍り、音が遅れて割れる。
だが――
トータスの前で、衝撃は鈍く潰れた。
淡い光を纏う防壁。
オーラプロテクトが、氷槍を受け止め、粉砕する。
「やるようになったな、小僧」
砕け散った氷片が、きらきらと宙を舞う。
その向こうで、トータスは静かに頷いた。
「立派な戦士だ」
一拍。
「……だが、ここからが本番だ」
胸元の紋様が、禍々しく脈打つ。
「隷属紋解放」
瞬間、空気の密度が変わった。
圧が、勇希の肺を押し潰そうとする。
足元の水が波打ち、地鳴りのような低音が響く。
勇希は、一歩も退かなかった。
「……だろうね」
右腕を顔にかざす。
「仮面解放」
水と氷の気が、奔流となって勇希を包む。
冷たさではない。
生きるための力が、血の奥から湧き上がる感覚。
恐怖は、消えない。
けれど、逃げない。
水は流れ、岩を穿つ。
氷は形を変え、刃となる。
――勇希のリベンジマッチは、
激流のように、静かに、しかし確実に動き出した。
【善vsシリュウ】
善の足が、宙を蹴った。
《空間布石陣》――
張り巡らされた不可視の足場を踏み、彼は地上三メートルの空間を疾走する。風を裂く音が、連続した残響となって耳を打った。
「大胆に戦い方を変えてきたな!」
シリュウの声には、驚きと、わずかな歓喜が混じっている。
「見違えたぞ!」
「それは……どうもっ!」
善が身を捻り、振り抜いた刃と、シリュウの剣が正面衝突する。
火花。衝撃。骨にまで響く金属音。
新武器――『龍双剣』。
ナックルダガーとは比べものにならない。
気が、刃の芯まで自然に通る。
まるで、ずっと前からこの武器を使っていたかのような錯覚。
(……手に馴染みすぎだろ)
一瞬の思考の隙を、シリュウは逃さない。
「厄介な糸だが……」
札が、宙を舞った。
「焼き払えばいいのだろう!」
爆ぜる炎。
結界を形作っていた糸が、一気に赤く燃え上がり、灰となって散る。
空間が、むき出しになる。
(――やるか)
善は、躊躇なく手を顔にかざした。
「仮面解放」
風が、集束する。
視界が澄み渡り、世界の輪郭が一段、上の次元へ引き上げられる。
風の精霊の仮面が、善の顔を覆った瞬間――
気は、奔流へと変わった。
「……ついに手にしたか」
シリュウが、静かに息を吐く。
「精霊の力……!」
その表情は、安堵に近い。
まるで、待っていたと言わんばかりに。
善の懐で、呪いの本が光る。
心の奥で、何かが弾けた。
「――ふざけんなよ、シリュウ」
「!?」
低い声。
怒りを、抑えもしない声。
「お前、本心と口にしてることが、噛み合ってねえんだよ」
一歩、踏み込む。
「見た目はイケオジでもな……中身は『囚われの姫』だ」
風が、唸る。
「戦士だろ。本気で来い」
張り詰めた沈黙。
次の瞬間、シリュウの気配が、明確に変わった。
圧が、重くなる。
逃げ場のない、本物の殺気。
「……そうだな」
シリュウは、剣を正眼に構える。
「こちらも本気を出さねば、無作法というもの」
胸元の紋が、深く輝く。
「隷属紋解放」
大気が、軋んだ。
善は、仮面の奥で歯を食いしばる。
「――ここからが本番だ」
風が、善の背を押す。
「本気のお前を超えて……神に挑む!!」
導き手と、囚われの騎士。
その衝突は、神へ至るための、最初の雷鳴だった。
善のYWTメモ
Y
・聖騎士団との再戦に向け、全員に「本気を引きずり出す」方針を共有
・シリュウに対し、感情と覚悟を真正面からぶつけた
W
・越えるべき壁は、低い方が楽だが意味はない
・本気でぶつかれば、相手の本心も引きずり出せる
・神に挑むならば、最大の壁、聖騎士団を喰らって進む
T(次にやること)
・シリュウを超える
・神を止める




