65話 再会の食卓と忍び寄る脅威
ソレスティアギルドの厨房は、久しぶりに“生活の匂い”で満たされていた。
大鍋の蓋が開かれた瞬間、ふわりと立ちのぼる湯気。
炊き立ての白米から放たれる、ほのかな甘さを含んだ熱。
じっくり炒めた玉ねぎと香辛料が溶け合ったカレーの香ばしさ。
そして――味噌汁。
具沢山で、出汁の匂いが胸の奥にまで染み込んでくる。
「さあ、皆。おあがりよ」
勇希が少し照れたように言う。
テーブルに並んだのは、皿に盛られた白いご飯、湯気を立てる味噌汁、そして別皿のカレー。
「ご飯だけでも楽しめるように、別々にしました。久々だから……白いご飯そのものも味わってほしくて。カレーは、日本の一般的な家庭の味です」
一瞬の沈黙。
その直後――
「おかわり!」
新の声が、やけに元気に響いた。
「ボクもおかわりください!」
涼介も続く。
二人とも、日本出身。その手が止まらない。
しゃもじが鍋に当たる音。
ご飯が器に盛られるたび、湯気がふわっと上がる。
天はスプーンを持ったまま、しばらく動かなかった。
「……懐かしすぎてさ。何年振りにも感じるよ」
小さく笑いながら、ぽつり。
衛はゆっくりと味噌汁を口に運び、目を伏せる。
「……ああ。もう、食えないかと思ってたよ」
その声は低く、静かだった。
新と涼介が勢いよくおかわりを重ねる一方で、
善、天、衛は、一口一口を確かめるように食べていた。
白いご飯の熱が、舌にじんわりと伝わる。
味噌汁の塩気と出汁が、胃の奥を温める。
カレーは主張しすぎない。それでも、確かに“家”の味だった。
やがて、鍋は空になる。
皿の上にも、何も残っていない。
静かな満足感が、厨房に落ちた。
新が箸を置き、ふうと息を吐く。
「君たちが外界に行ってる間さ。涼介とチーム組んで、上級ダンジョンを何度かクリアしてたんだ」
「名声も上がってさ。ちょっとした有名人だよ」
冗談めかした口調。
けれど、次の言葉で空気が変わる。
「ただ……気になることがあってね。超級ダンジョンの入り口が、閉じてたらしい。君たちが潜った後だ」
一拍。
善が、静かに口を開いた。
「……超級の奥で、精霊王に会った。想いを託されたんだ」
それ以上は語らない。
それで十分だった。
「なるほどね」
新は、ゆっくり頷く。
「君たちは……色んな意味で、遠くに行っちゃったんだな」
その言葉に、誰も否定しなかった。
涼介が、少し言いづらそうに続ける。
「もう一つ、伝えとかなあかんことがある」
一拍。
「ルナリスで、善が『魔王』として指名手配されたらしい」
次の瞬間――
「ぶっ……!」
善が飲んでいたお茶を盛大に吹いた。
「は!? ちょ、待て!」
「ソレスティアまでは、まだ手配回ってへん」
涼介は淡々と言う。
「けど……時間の問題やろな」
衛が腕を組み、低く呟く。
「……聖騎士団だろうな」
「ああ」
涼介が頷く。
「ルナリス議会よりも、ソレスティア王家よりも上の立場や。居場所を炙り出すための手回しやろ」
沈黙。
最後に活動していたのが、ルナリス。
皆、同じことを考えていた。
勇希が、ぽつりと口を開く。
「……ルナリスには、マザー・ローズがいる」
一瞬、言葉に詰まる。
「……心配だな」
その言葉を受けて、天が顔を上げた。
迷いのない目。
「ルナリスに、行ってみよう」
短く、はっきりと。
誰も反対しなかった。
温かい食事の余韻が、まだ身体に残っている。
それでも――彼らは立ち上がる。
ほどなくして、馬車の手配が整う。
炊き立てご飯の熱も、
カレーの香ばしさも、
味噌汁の懐かしい匂いも、
今はもう、胸の奥にしまわれた。
向かう先は、ルナリス。
静かな決意を乗せて、馬車は夜の街を走り出した。
善のメモ
Y
•外界から帰還後、全員で合流
•勇希の手料理を囲んで情報共有
•新・涼介からダンジョンと情勢を確認
•精霊王の件を共有
W
•超級ダンジョン入口が封鎖状態
→ 精霊王と接触した影響の可能性大
•ルナリスで自分が「魔王」として指名手配
•聖騎士団が背後で動いている
•最後の活動拠点がルナリス → 現地が危険
T
•ルナリスへ向かう
•マザー・ローズの安否確認
•聖騎士団の動きを把握
•表と裏、両方の顔を意識して行動




