63話 火の国の旅立ち
【火の国 アルディス/衛】
それから、少しだけ時が流れた。
合流を目前に控えた、静かな夕暮れ。
工房の中には、火の落ちた炉の余熱だけが残っている。
金属と油の匂い。
それに、ほんのわずか、焼けた革の香り。
作業台の前に立つシェリルは、その光を背に受けている。
金髪は一つに束ねられ、首筋から背中のラインがはっきりと見えた。
鍛冶仕事で鍛えられた身体は、無駄がなく、それでいて女性らしい曲線を隠しきれていない。
青い瞳は、今は職人の色を宿し、整然と並んだ武器を一つずつ見渡していた。
善に渡すナックルダガー――
『龍双剣』。
天のために鍛えた魔法槍――
『マギア・グレイブ』。
勇希の盾――
『ヴィス・パルマ』。
クラウディアに渡す装飾品――
『龍のメモリー』
そして、最後に残った一本。
柄と鍔だけの、奇妙な刀。
刃は、どこにも存在しない。
「……衛」
シェリルは、その武器を両手で持ち上げ、ゆっくりと差し出した。
「頼まれてた武器、できたよ」
衛は一歩前に出て、それを受け取る。
軽い。
拍子抜けするほど、軽い。
「でも……」
シェリルは、ほんの少しだけ言葉を選んだ。
「剣なのに、刀身がない。
本当に……それでいいの?」
衛は答えず、無刃刀を鞘から抜いた。
空を切る動作。
何も斬れないはずの所作なのに、なぜか凛とした気配が走る。
そして――
彼は、そのまま一歩近づいた。
身長差は十センチ。
視線を落とせば、シェリルの金髪と青い瞳がすぐそこにある。
次の瞬間。
背後から、そっと腕が回された。
「……っ」
シェリルの身体が、衛の胸に引き寄せられる。
硬い胸板と、確かな体温。
包まれるような感覚が、遅れて実感として届いた。
「いいんだ」
耳元で、衛が静かに言う。
低い声が、背骨を伝う。
「刀身がないからこそ……」
腕に、力がこもる。
だが、それは決して逃げ場を塞ぐようなものではない。
拒める余地を残した、優しい抱擁。
「こうして」
一瞬、言葉が途切れた。
「守る力を手放さずに、
君を抱きしめられる」
工房には、何も音がなかった。
炉の余熱が、かすかに鳴るだけ。
シェリルは視線を伏せ、唇を噛み――
やがて、小さく、吐き捨てるように言った。
「……バカ」
けれど、その声は、微かに震え、熱を帯びていた。
♢
工房の外。
空が、ゆっくりと夜に溶けていく。
炎を纏った男――
火の精霊アルドバーンが、腕を組んで立っていた。
「……情けない顔してるな。熱くなれよ!」
衛が振り向く。
アルドバーンは鼻で笑い、腕輪を放った。
それは空中で止まり、衛の前に浮かぶ。
「力を授ける。
唱えろ」
衛は深く息を吸い、右腕を顔にかざした。
「――仮面解放」
仮面が出現した瞬間、世界の輪郭が変わる。
気が跳ね上がり、熱が血管を駆け抜ける感覚。
「……なあ、アルドバーン」
衛は無刃刀を握り直し、遠くの岩山を見据えた。
「レーザーポイントみたいに、光で導線を作ってから、
一気に燃焼させる技……どう思う?」
アルドバーンの目が、細くなる。
「……ほう」
一拍。
「いい着眼点だな。
火の本質は『熱と光』だ」
口角が、吊り上がる。
「やってみろ!!」
無刃刀が、淡く輝いた。
次の瞬間、細い光の線が走る。
空気を裂き、遥か先の岩に焦点が定まる。
「――イグニション」
着火の合図。
光の導線に沿って、爆ぜるような熱が走った。
ビームの軌跡。
遅れて、岩が赤く染まり、崩れ、燃え尽きる。
しばしの沈黙。
アルドバーンが、豪快に笑った。
「とんでもない技、思いつきやがって……!」
肩を叩く。
「このバカ弟子が!!」
衛は、仮面の奥で小さく笑った。
「……閃光」
その名を、静かに口にする。
夜風が、焦げた匂いを運んでいった。
合流の時は、もう近い。
それぞれが手にした“想い”を携えて――
彼らは、再び同じ場所へ向かう。




