62話 二人なら 飛べる
風が、やさしく渦を巻いた。
精霊の力によって空間が裂け、淡い光の縁を持つワープホールが開く。
その向こうに見えるのは、もう見慣れたはずの街――ソレスティア。
「じゃあお別れね、善。妹をよろしくね」
軽やかな声に、善は小さく息を吐いた。
「ああ。今までありがとう、スカイア。
クラウディアにも、これから世話になると思うし……行ってくるよ」
一歩、光の中へ踏み出す。
次の瞬間、足元に感じたのは石畳の感触だった。
乾いた空気、街の匂い。人のざわめき。
――帰ってきた。
せいぜい数週間。
それなのに、何年も離れていたような錯覚が胸を満たす。
(……天に、会いたい)
そう思った瞬間、足が勝手に前へ出ていた。
歩幅が早まり、気づけば走っている。
「善!」
呼ばれた声に振り向くより早く、横から衝撃が来た。
腕に、体温。
軽くて、でも確かな重み。
天だった。
黒のボブカットが揺れ、インナーカラーが一瞬だけ光を弾く。
近づいた瞬間、柑橘系の香水の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「天……久しぶり」
抱きつかれたまま、そう言うと、天は顔を上げた。
165センチの彼女の頭頂が、善の視線より少し下にある。
以前なら、こんな距離はなかった。
気安く触れ合える関係じゃなかった。
けれど今は――
互いの胸の鼓動が、やけにはっきり伝わる。
「……そこの公園のベンチ、行こ」
そう言って並んで歩き出す。
「天に会えるって思ったらさ、走り出してた。
うまく言えないけど……」
「私も。身体が、勝手に動いてた」
短い会話。
でも、それで十分だった。
公園のベンチに腰を下ろし、善は一度、深く息を吸う。
「……俺のやりたいことが決まった。
誰よりも先に、天に話したかった」
天は、真っ直ぐな目で頷いた。
「これは、今すぐ答えを出してほしい話じゃない。
天が“選びたくなる未来”を、俺が本気で作るって話だ」
言葉を選びながら、善は続ける。
「俺はこの世界で……『興業』をやりたい。
俺たちは強くなった。でも、力や強さを支配に使っても、楽しくない」
脳裏に浮かぶのは、ハーヴィーの悲劇。
「だから、エンタメにする。
バトルリーグを作って、チャンピオンに挑戦者が挑む。
力を“熱狂”に変えたい」
一拍。
「正直、一人だと理屈だけになる。
でも……天。誰よりも自由な君となら、何だってできる」
視線を逸らさずに、言い切る。
「俺は天が好きだ。
人生を懸けて、共作してほしい」
天は少しだけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「善はね、私にとって欠けたものを持ってる。
縦に深く掘って、考え抜く力」
「私は、横に広げるのが得意。
つながりを想像して、世界を見る」
そして、微笑む。
「私たち、『比翼』なんだよ。
一人じゃ飛べない。でも、二人なら、どこまでも」
返事は、最初から決まっていた。
「善。こちらこそよろしくね。
私も……愛してる」
少し離れた場所で、腕を組んだクラウディアがそれを見ていた。
(……ついに、ゴールインね)
「そうだクラウディア!」
天が振り向く。
「今から宿屋でアイデア出しするから、あなたも来て。
力、必要だから」
「ちょっ……!」
手を引かれ、半ば連行される。
「あーれーーーー!」
賑やかな声を背に、善は思う。
――天となら、どこまでもいける。
♢
ギルド宿舎は男女別。
だから今夜は、宿屋での長丁場だ。
深夜。
机に突っ伏したクラウディアは、すっかり寝息を立てている。
「……完全に寝ちゃってるな」
「でも、大収穫だよ」
天は目を輝かせる。
「精神感応通信を儀式台で配信できる。
世界中に、映像を届けられるんだよ」
魔法というより、ほとんど配信コンテンツだ。
少し間を置いて、天が囁く。
「ねえ……善。
アイデア出しだけで、いいの?」
善は一瞬、言葉を探してから、低く答えた。
「……もちろん、満足してない。
……天」
その先は、語られない。
朝。
三人で朝食を囲んだクラウディアは、二人の距離感を見てすべてを察した。
何も言わず、ただ微笑む。
それで十分だった。
善のメモ
Y
・「やりたいこと」と「共に生きる相手」を同時に提示した
・答えを強要せず、選ばれる未来を示した
W
・夢は一人で語ると理屈になる
・信頼できる“自由な他者”がいると、理想は現実になる
T
・強さを、力を“熱狂の仕組み”へ変換する。最愛の相棒と共に




