59話 地の国テラリウム①
【地の国 テラリウム/天】
テラリウムという国は、静かな場所だ。
なだらかな丘陵がどこまでも続き、牛や羊が草を食む放牧地が広がっている。
風は土と草の匂いを運び、遠くでは金属を叩く鈍い音が、地の底から響いてくる。
人は地上で食糧を育て、
ドワーフは地下で鉱石を掘り、加工する。
役割分担がはっきりしていて、効率的で、合理的で――
だからこそ、どこか「色」が足りない国だった。
「天ちゃん……なにか、いいアイデアあるかな……」
実行委員長のモリアナさんが、控えめに声をかけてきた。
両手を胸の前で握りしめて、少し背中を丸めている。
私はこの国の人間じゃない。
外部から招かれたアドバイザー。
だからこそ、言えることがある。
精霊祭は、一人じゃできない。
誰か一人の情熱じゃなくて、
たくさんの人の「ちょっとやってみたい」が重なって、ようやく形になる。
「……うん」
私は一度、広場を見回した。
石造りの建物。
くすんだ土色の壁。
人の往来はあるのに、視界がずっと同じ色で流れていく。
「全体的に、彩りが少ないよね」
言葉にした瞬間、自分の中で何かがはっきりした。
「まずは、市場で手に入る画材やペンキを探そう。
派手じゃなくていいけど、“色が増えた”って分かるくらいでいい」
大道具担当のドワーフ、テッショウさんが、無言で一度だけ頷いた。
短いその動作に、「やる」という意思が詰まっている。
「それから、音楽」
私は続ける。
「楽器は、元の世界と似てるものが多いよね。
楽譜も共通してるし、たぶん問題ない」
頭の中で、音が鳴る。
「午前は、子どもたちが踊れるダンス。
午後はロック。夜はジャズ」
時間帯ごとに、空気を変える。
人の気分が、自然に移ろう流れ。
「キャッチーで、覚えやすくて、
気づいたら口ずさんでるような曲がいい」
音楽ダンス担当のカエデさんが、腕を組んで微笑んだ。
見た目と所作は完全に女性だけど、声を聞くと男だと分かる、不思議な人。
「いいわ、天ちゃん。もう流れができてる」
軽やかに言ってから、真剣な目になる。
「私の方でも、演者と楽器の調整をしてみるわね」
「ありがとう」
胸の奥が、少し軽くなる。
「ダンスは、経験者だけじゃなくて未経験者も募集しよう」
私は手を広げて、輪を描く。
「一番いいのはね、
子どもが真似して、親が覚えて、
それが街全体に広がっていく形」
誰かのためじゃなくて、
「自分が楽しい」から踊る。
その空気が、祭りには必要だ。
「料理も、忘れずに」
屋台料理担当のクロムさんが、待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「色だろ!? かき氷! アイス! チョコバナナ!」
勢いがすごい。
「他にもあれば、全部やるぜ!!」
思わず笑ってしまう。
私は、この国に来て感じたことを、
そのまま言葉にしているだけだった。
でも、不思議と――
皆の目が、少しずつ輝き始めているのが分かった。
「今日はここまでにしましょう」
モリアナさんが、場を締めた。
「明日の打ち合わせで、もっと具体的に形にしていくから」
私は深く頷いた。
うん、大丈夫。
ちゃんと、動き出してる。
♢
その夜。
宿の部屋で、ベッドに腰掛けた瞬間、
精神感応映像通信が立ち上がった。
『地の国は、今打ち合わせと段取りしてるよ』
画面越しに、みんなの顔が揃う。
『ここが決まれば、急ピッチで進めていく感じ』
善が、肩をすくめる。
『アイデア無限に出てくるな。流石「リア充・ザ・ダ・ヴィンチ」』
「っ……!」
久々に聞いたあだ名に、噴き出してしまった。
ああ。
そんなに時間が経ってないはずなのに、
ものすごく懐かしい。
私は善が好きだ。
離れてから余計にそれを実感する。
善のいる場所は風の国。
今立っているこの地面のはるか下、この世界の裏側。
物理的に世界で最も遠い場所に居る。
『やめてよ、急に……』
まだ笑いが残ってる。
衛が、横から口を挟む。
「善のあだ名で、ここまでヒットしてるの天だけだよな」
「ほんとそれ」
私は少し考えてから、勇希を見る。
「ねえ勇希。
彩のある、あったかい屋台料理って、何かある?」
「冷たいのは思いつくんだけど……」
勇希は、少しだけ間を置いてから、にっと笑った。
「あるよ。
『レインボーチーズドッグ』」
一瞬で、イメージが広がった。
「地の国って、酪農が盛んなんでしょ?
材料も揃うし、祭りが終わった後も名物になれると思う」
「……それだ!」
思わず声が弾む。
クラウディアが、楽しそうに手を叩く。
「屋台料理♪ 屋台料理♪」
彼女は、今回も私に同行してくれている。
女の子一人旅は心配、というスタンスを、最後まで崩さない。
頼れる姉御だ。
「流石、世界を救う勇者」
私は笑って言った。
「相談してよかった。
『レインボー勇者ドッグ』で名前売っとく?」
「それだけは勘弁して」
即答だった。
画面の向こうで、みんなが笑う。
通信が切れ、部屋に静けさが戻る。
「善に会いたいなぁ」
考えるよりも先に本音が声に出ていた。
いや、まずは目の前の精霊祭だ。
私は窓の外を見た。
丘陵の向こう、鉱山都市の灯りが、点々と瞬いている。
――もう少しで、色が増える。
音が増えて、
笑い声が増えて、
この国は、きっと違う顔を見せる。
二度目の打ち合わせも順調に進んだ。
胸の奥で、『これだ』という確かな手応えがあった。
精霊祭は、もうすぐだ。




