表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンプレをぶち破れ、エゴイストがクソみたいな神を殴り倒して世界をひっくり返すまで。  作者: 強炭酸
4章 外界編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/80

58話 水の国アクエリアス③

精霊祭の喧騒が、ゆっくりと遠ざかっていく。


さっきまで人々の声と音楽で満ちていた広場には、湿った夜風とジャスミンの香りだけが残る。

水路を流れる水が、月光を受けて淡く揺れている。


勇希は、胸の奥に残る熱を感じながら、深く息を吸った。


——勝負は終わった。

けれど、自分にとっての“本当の勝負”は、まだ終わっていない。


「……アリス」


声をかけると、彼女は振り返った。

祭の余韻が残る表情。勝負師としての鋭さではなく、今はただ一人の女性の顔だ。


「君に、食べてほしい一皿があるんだ」


勇希は、慎重に包みを開いた。

立ち上る湯気。

柔らかな香り。


刺激的でも、派手でもない。

ただ、温かい匂いだった。


「これは……」


アリスの瞳が、わずかに揺れる。


「『野菜のごろごろカレー』?」


皿の上には、大きく切られた根菜と豆、角の残るじゃがいも。

濃すぎない色合い。

どこか懐かしい佇まい。


「食べてみて」


そう促すと、アリスは一口、静かに口に運んだ。


——間。


次の瞬間、彼女の動きが止まる。


「……」


スプーンを握る指が、わずかに震えた。


「……懐かしい」


声が、掠れる。


「お母さんが……作ってくれた味だ……」


その言葉と同時に、目尻から雫が落ちた。

ぽたり、と皿の縁に落ちる。


勇希は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「先代の巫女が、アリスのお母さんだと聞きました」


アリスは、何も言わずに頷いた。


「水の精霊へ捧げる料理として……

代々受け継がれてきた“母の味”こそが、一番ふさわしいと思ったんです」


空気が、静かに満ちる。


そのとき。


『……アリス』


澄んだ声が、空間に響いた。


水の精霊アクエリア。


『身体、借りるね』


「……うん」


アリスが短く答える。


次の瞬間、彼女の雰囲気が変わった。

目の焦点がわずかにずれ、呼吸が水面のように穏やかになる。


——憑依。


水の精霊は、アリスの身体を通して、もう一度カレーを味わった。


ゆっくりと。

確かめるように。


「……なるほど」


声は、アリスのものではない。


「水の本質は『生命』、代々受け継がれる味。

勇希。君の“答え”は、確かに受け取ったよ」


空気が震え、冷たい感触が走る。


勇希の右腕に、淡く光る腕輪が宿った。


「精霊の力を、君に託そう」


「……ありがとうございます」


深く、頭を下げる。


やがて、憑依は解けた。

アクエリアは水の粒子となって空へ溶け、アリスはその場に立ち尽くす。


勇希は、彼女の目を真っ直ぐに見た。


「アリス」


一拍。


「僕は、君のことが好きだ」


アリスの目が、見開かれる。


「でも——」


勇希は続けた。


「僕は勇者として、精霊の力を借りて世界を救う。

そのために、ここを離れる」


喉が鳴る。


「……でも、必ず戻ってくる。

君に会うために。生きて、帰ってくる」


沈黙。


「……ふ、ふーん」


アリスは、視線を逸らした。


「お、お友達からなら……いいけど」


言葉とは裏腹に、耳まで赤い。

ほんの一瞬、期待していた“それ以上”を隠しきれなかった。


『……ちなみに言うと』


横から、アクエリアの声が割り込む。


『最初に“試練を私との勝負にして”って言い出したの、アリスだからね』


「ちょっ……アクエリア!!」


『この子、恋愛の駆け引きは壊滅的だけど、良い子なのよ』


からかうような、でも優しい声。


『だから……アリスをよろしくね、勇希』


勇希は、小さく笑った。


「はい」



それから数日後。


水の国――アクエリアス郊外。

人目を避けた湖畔で、秘密の特訓が行われていた。


水の精霊アクエリアが、静かに告げる。


「唱えて」


勇希は一度、深く息を吸い――

右腕を顔の前にかざした。


仮面解放ペルソナ・フレア


淡い水色の光が弾け、仮面が装着される。

同時に、体内を巡る気と魔力が、段階を飛ばして跳ね上がった。


アクエリアは頷き、手を掲げる。


召喚術サモーニング


水面が盛り上がり、巨大な水龍が姿を現す。

次の瞬間、圧縮された水のブレスが一直線に放たれた。


氷結防壁(アイスウォール)!」


勇希は即座に応じ、前方に分厚い氷壁を展開する。

激突音。水が砕け、霧となって散る。


――その間に。


勇希は詠唱を、最後まで紡ぎ切っていた。


氷塊弾道槍アイシクル・バリスタ


空気が凍りつく。

次の瞬間、巨大な氷のミサイルが形成され、水龍へと射出された。


直撃。


砕け散る氷片とともに、水龍はその役目を終え、霧となって消失する。


アクエリアは満足そうに微笑んだ。


「勇希。あなたも適性から言えば、この術を使えるわ」


一拍。


「今度は、あなたが召喚してみなさい」


遠くから、それを見つめる影。


「……すごい」


アリスだった。


「本当に……勇者なんだ」


『覗きは良くないわよ』


アクエリアの声に、アリスは飛び上がる。


「うわっ!」


「アリス」


勇希が振り返る。


「市場の買い出し、付き合ってよ。

仲間に……米とカレー、食べさせる約束してるんだ」


一瞬の沈黙のあと、アリスは破顔した。


「……仕方ないなぁ」


肩をすくめる。


「ぼくは顔が効くんだからね」


二人は並んで歩き出す。


その背を、アクエリアがやれやれとした表情で見送っていた。


水の国アクエリアスの空は、今日も澄んでいる。


別れはまだ先。

約束は、確かに結ばれた。


そして——

この物語は、静かに次の章へと流れ始めていた。

 

勇希流・異世界料理メモ

① アリスのグリーンカレー

•香り設計が最優先

→ 炒め段階から香草・青唐辛子・スパイスの立ち上がりが強い

•味の軸は

→ 爽やかな辛味+酸味+ナンプラー由来の発酵塩味

•見た目

→ 鮮やかな緑で「初見のインパクト」が非常に高い

•想定ターゲット

→ 不特定多数・観光客・流行に敏感な層

•強み

→ 話題性・再現性・売れる料理

•弱み

→ 個人の記憶や感情に深く刺すタイプではない


② 勇希のシーフードカレー

•基本構成

→ 玉ねぎを限界まで炒め、甘みと苦味の境界を作る

•隠し味

→ 塩辛(魚介×発酵)

•味の設計

→ 単体では完成しない

→ 「米由来の酒」と合わせて初めて完成する味

•塩分

→ やや高め(酒を呼ぶ設計)

•想定ターゲット

→ 審査員“個人”

•強み

→ 観察力・理解力・相手特化

•弱み

→ 大衆向けではない、再現性が低い


③ 野菜のごろごろカレー

•見た目

→ 大きめに切られた根菜、豆、じゃがいも

→ 派手さはないが、安心感がある

•味の方向性

→ 刺激を抑え、甘みと旨味を重ねる

•技術的特徴

→ 特別な技法は少ない

•本質

→ 再現ではなく“継承”

•想定ターゲット

→ 水の精霊、そしてアリス本人

•役割

→ 五穀豊穣の祈り

→ 母から娘へ、命から命へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ