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テンプレをぶち破れ、エゴイストがクソみたいな神を殴り倒して世界をひっくり返すまで。  作者: 強炭酸
4章 外界編

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55話 火の国アルディス③


拳闘大会が終わった翌日、鍛冶場の奥はいつもより静かだった。

炉の火は落とされ、鉄を打つ音もない。代わりに、残り香のように熱だけが空間に滞留している。


「……シェリル」


呼びかけると、彼女は作業台の前で振り返った。

汗も煤もない、素の顔。だが、どこか疲れ切ったというより、肩の力が抜けたような表情だった。


「なに?」


衛は一歩近づき、腰の袋から包みを取り出す。

厚手の布をほどくと、淡く脈打つような光を放つ鉱石がごとり、と姿を現した。


龍宝玉の原石――

神の箱庭で、エンシェント・ドラゴンを討った証だ。


「拳闘大会の賞金で、借金は全部返せた。……でも、それとは別に」


彼は一瞬、言葉を探すように視線を落とし、それから真っ直ぐ彼女を見た。


「その金額分の“仕事”を依頼したい」


シェリルの目が、ゆっくりと見開かれる。


「……これ」


龍宝玉を見つめる視線が、揺れた。

鍛冶師としての欲。素材への敬意。

そして――それを託されたことへの、重み。


「このサイズなら、充分に四人分の武器に割り当てられると思う。

 俺たちにとって、命を預ける武器だ。……だからこそ、シェリルに頼みたい」


しばらく、沈黙が落ちる。

炉の残熱が、かすかに空気を揺らす。


ぽたり、と。

床に、小さな水滴が落ちた。


気づいたときには、シェリルの頬を涙が伝っていた。


「……断る理由、なんて……ないよ」


声が震える。

それでも彼女は、泣きながら笑った。


「助けてくれただけじゃない。

 私の仕事を、誇りを、ちゃんと“仕事”として見てくれた。

 本当に……ありがとう」


胸の奥が、静かに熱を持つ。

拳を握るのとは違う、じんわりとした感覚。


しばらくして、シェリルは意を決したように顔を上げた。


「ねえ、衛」


「ん?」


「火の国の精霊祭、後夜祭はね……火を囲んで、みんなで踊るの。

 一緒に……行かない?」


問いかけは控えめだったが、逃げ道はなかった。


「もちろん行くさ」


即答だった。


その瞬間、頭の奥に声が響く。


『衛、あなたならできる。だから行きなさい』


クラウディアの声だ。


『この試練で、自分をさらけ出したんだろ。

 だったら抑えるな。本当に欲しいものを掴め』


アルドバーンの、燃えるような激励。


――背中を押される必要なんて、もうなかった。



後夜祭の夜。

火の国の広場は、昼間の熱とは違う、柔らかな炎に包まれていた。


篝火が円を描き、人々がその周りで踊る。

炎は赤だけでなく、橙、金、時折蒼を帯び、夜空を照らす。


そこに現れたシェリルを見た瞬間、言葉が消えた。


赤いドレス。

普段はまとめている金髪を、夜会巻きにして露わになったうなじ。

鍛冶場では見せない、女性としての輪郭。


「……綺麗だ、シェリル」


飾り気のない一言。

それでも、彼女は一瞬言葉を失い、視線を逸らした。


「……もう」


そう言いながらも、耳まで赤い。


「俺の手を取って」


差し出した手に、迷いはなかった。


ダンスの経験なんてほとんどない。

小学校のキャンプファイアー以来だ。

それでも、事前にクラウディアに叩き込まれた基本だけは覚えている。


ぎこちなく、だが確かに。

二人は火の輪の中で、同じリズムを刻んだ。


やがて、夜空に大きな音が響く。


花火だ。


赤、金、白。

炎とは違う光が、夜を裂く。


肩を並べ、同じ景色を見る。

同じ高さで、同じ瞬間を共有する。


「……シェリル」


「なに?」


「あなたのことが好きです。

 一人の女性として」


間。

花火の音が、遠くで弾ける。


シェリルの顔が、光に照らされて赤く染まる。


「……私もよ、衛」


その声は小さかったが、確かだった。



翌朝。


鍛冶屋の奥の部屋から、二人は並んで出てきた。

互いに目が合い、思わず視線を逸らす。


気まずさではない。

昨日までとは、確実に違う距離感。


シェリルが、くすっと笑う。


「……顔、真っ赤」


「……そっちもだ」


他愛もないやり取り。

だが、指先が触れる距離に、もう迷いはなかった。


火の国の朝は、静かに始まっていた。

新しい関係と、新しい覚悟を胸に。


昨日までとは、確かに――違う朝だった。


衛の一句

鉄を打ち

拳で勝って

愛を知る

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