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テンプレをぶち破れ、エゴイストがクソみたいな神を殴り倒して世界をひっくり返すまで。  作者: 強炭酸
4章 外界編

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53話 火の国アルディス①

【火の国 アルディス/衛】


 火の国アルディスの朝は、音と匂いで始まる。

 まだ太陽が低いうちから、石畳を叩く足音、鍋を叩く金属音、炭が弾ける乾いた音が重なり合い、街そのものが息をしているようだった。

 熱を含んだ空気が肌にまとわりつき、肺に吸い込むたび、微かに鉄と油の匂いが混じる。


「おはようございます」


 ギルド宿舎の扉を開けると、受付の職員が顔を上げた。


「おう、護。早いね。鍛冶屋の助手だっけか」


「はい」


「君、腕が立つらしいな。精霊祭前の拳闘大会、出てみないか? 今年は賞金三百万アルドだぞ」


 一瞬、息を呑む。

 三百万――凄い額だ。まとまったお金というのは、少し前まで高校生をしていた身には実感が付いてこない。


「……それは、凄いですね。あ、すみません、時間が」


 それ以上考える前に、頭を下げて外へ出た。



「衛、おはよう」


 鍛冶場の前で、シェリルが手を振った。

 いつものツナギ姿、頭にはタオル。煤と汗にまみれた職人の装いだが、近づくたびに胸がざわつく。


「おはようございます、シェリルさん」


「もう、シェリルでいいって言ったでしょ。歳、変わらないんだし」


「……じゃあ、シェリル。よろしくな」


 その一言を言うだけで、喉が渇く。

 彼女は気づいていないのか、にっと笑って炉の前へ戻った。



 午前の作業が一段落し、水を飲んでいると、頭の奥に声が響いた。


 午前中の仕事を終え、休憩に入ったころ、頭の中に声が響いた。


『鍛冶屋の助手を始めて数日――なかなか様になってきたな! もっと熱くなれよ!』


 火の精霊、アルドバーンだ。

 声だけで、体感温度が二度は上がる。


『意中の女を落とせと言っただろう! 心を燃やせ!!』


「……だからって、具体策が欲しいんですけど」


 返す間もなく、別の声が割り込む。


『衛、印象は悪くないと思うわよ。強いて言うなら、雑談ね。目的は情報じゃなくて“話すこと”なの。天気の話でもいい、今日街で見つけた発見でもいい。一つずつ会話を増やしましょう。」


 クラウディアの冷静な助言。

 確かに、自分は必要なことしか話せない。


「……今度、俺から話振ってみるか」



 仕事終わり。

 片付けをしていると、鍛冶場の入口付近が騒がしくなった。


「……困ります。期限はまだ先でしょ」


 シェリルの声だった。


 振り向いた瞬間、空気が変わる。

 革のコートを着た男が二人。視線が、明らかに“値踏み”だった。


「先代からの融資が滞ってましてねぇ。利子込みで三百万アルド」


 男の目が、シェリルの胸元から腰、脚へと這う。

 不快な視線。唾を飲み込む音すら聞こえそうだった。


「前金があれば延ばせるんですが……無理なら、身売り先をご紹介しますよ。娼館なんてどうです?」


 男が手を伸ばした瞬間――


 衛は、考えるより先に動いていた。


 その手首を掴む。


「……ウチの店長に触らないでください」


 静かな声。

 だが、内側では剣を抜いたときと同じ緊張が走っていた。


「なんだ君は。ビジネスの話だぞ」


「金の話なら、拳闘大会があります。優勝賞金、三百万。きっちり払えますよね」


 男は一瞬、目を細め、それから嗤った。


「ハハッ。あそこに出るのは“気”の使い手ばかりだぞ。まあいい、そこまで待ってやる」


 去り際、耳元で囁く。


「……ダメなら、そのときは、分かってるよな」



「……ごめんね、巻き込んで」


 シェリルが不安そうに俯く。


「俺も、ここで働いてます。守るのは当然です」


 それだけ言うと、彼女は少しだけ目を見開き、黙って頷いた。

 怖かったからなのか、鼓動の高鳴りはまだ止まない。衛からしばらく目が離せなかった。



 翌日から、地獄のような特訓が始まった。


 鍛冶場の裏手。

 炎が揺らめき、そこから“男”が現れる。


 実体化した火の精霊は全身を炎に包んだ存在。

 輪郭は人型だが、燃え盛る火が表情を隠し、目だけが鋭く光る。


 ――アルドバーン。


『拳闘大会の基本ルールを叩き込む。気の使用あり、グローブ着用。一ラウンド三分、予選は三ラウンド、決勝は六だ』


 炎が揺れるたび、熱波が押し寄せる。


『構えろ。顎を守れ。半身、左が前だ。左で探れ、ジャブだ』


 拳が飛ぶ。


『続けて右! ワン・ツー!!』


「……剣道と似てます。間合いの読み合いだ」


『良い。だが甘い!』


 炎の拳が迫る。

 反射的に弾く。


『パリィだ。受け流せ!』


「打ち落とし……!」


 拳と拳がぶつかり、火花が散る。


『上を見せて、胴を打て! ボディだ!!』


 呼吸が乱れ、汗が滝のように流れる。


『燃やせ。守るだけの戦いは終わりだ。欲望を認めろ』


 衛は歯を食いしばった。


 ――守りたい。

 ――勝ちたい。

 ――彼女を、奪わせない。


 それは剣を振るう理由とは違う、“熱”だった。


 遠くで、クラウディアの声が響く。


『……戦闘面では、この脳筋精霊、本当に優秀ね』



 拳闘大会は、もうすぐだ。


 衛は拳を握りしめる。


 剣でも、拳でもない。

 今度は――心を燃やす戦い。


 その炎は、もう消えない。


 

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